日記 | root | home
03/12/16-31
<次 | 前>

大晦日

起きて、昨夜の残りの冷えたピザとか食って、なんとなーくGC「ガチャフォース」をはじめてみて気がついたら夜に。1日遊んでしまっていた。すごくおもしろいっていうかんじではない。なかなかおもしろい。ちまちましている。たまーにガキっとエンタテインメント歯車が合致してドライブする瞬間がある。
なんかアクションゲームっぽいかんじだった。というかオラタンっぽいフォースっぽい連ジというか。CAPCOM社の製品なので連ジ派生と認識しておくのがよいのか。その流れでいえば、大きいお友達用に枯れたシステムでエvsティ、小さいお友達向けに実験とか試行錯誤とか版権モノには盛り込み辛いアイディアとかをガシガシフィーチャーしたガチャフォースというかんじなのかな。タイトルの魅力でいったら(ガンオタだったら)エvsティかもしれないけど、ゲーム単体ならたぶんガチャフォースのほうがおもしろいんじゃないかなこれ。単純でスピーディーでサクサク遊べてやめどきがみつからないかんじだ。コレクト要素があってユニット個別に成長要素があってデッキ編集的なおもしろさというかこれはポケモンみたいなあれだし、悪くないゲームに仕上がってるなあ。確かにこれは対戦たのしいに決まってるな。トレードもできればやりたい。

-

大晦日といえばなにか記念的なかんじのする日なのにふつうに消費してしまっていいものかと思ったが、めんどくさいからこれでいいかと納得。しかしこの納得の仕方にはどうもノイズが混じってるかんじがするなあというか、ちょっとおかしいなあと思ったところでどうやらおれの体調があまりよくないことに気付いた。風邪気味っぽいかんじ。頭痛。寒気。

せっかく大晦日なんだからなにかいつもと違ったことをしようと風呂に入った。おれは風呂というかお湯に浸かる行為全般が大嫌いで大嫌いでしょうがないので、普段はシャワーしか浴びない。温泉に行っても湯船には入らないでシャワー。けど今日はなんとなく風呂。そして疲れた。ぐったり。この疲労感がいやだからおれは風呂が嫌いなんだなあと改めて思った。
でも湯船につかってるとき、ふと手を伸ばして窓を開けてみたら、お空に月が浮かんでるところがちょうど見えて、なんかちょっといい気分になったのでまあよかった。年に1回くらいは風呂に入ってやるのも悪くはない。風邪っぽくなければ。体力をますます失ってしまった。頭痛。寒気。ううむ、やっぱりやめといたほうが?

これから年越しのカレーを食いに行って、帰りがけに適当な神社を見つくろって初詣してくる予定。
風邪っぽいのが難点だけど、まあいいかべつにこれで風邪ひいて正月休みをウンウン唸りながら過ごすのも悪いもんじゃない。

23:10 2003/12/31

年末年始を迎えるにあたって

年末年始を家に引きこもって過ごすための準備はほぼ完了した。

ゲームはたくさんある。DVDもばっちり揃えてある。というか正直いって正月休み中に全部消化するのは無理。逆にどれから手をつけたらいいかわかんなくてどれひとつ終わんなさそう。現在進行中のもの以外でも目につく手が届く範囲でざっと以下のようなものが積んである。

画像 画像 画像 画像 画像 画像 画像 画像

仮に1ヶ月ひきこもったとしても退屈とは無縁の生活を送れると断言しうる。
とか書いてみたが実際のところ、おれの家には引越しから半年弱たった今でも調理に関する機材が備え付けられていないので、つまり、コンロがなく、冷蔵庫がなく、電子レンジはあるもののコンセントをつないだりとかしておらず、湯沸しポットとかもないので、なんのかんので腹が減ったりしたら外に買い物に行かないといけない構造のまま。食糧輸入大国日本の縮図。空腹には勝てないのでひきこもれるのは最大3日くらいだな。べつに無理してひきこもるつもりではないから、いいけど。

-

あと現在並行中のゲームが多くなってきてそろそろ収拾がついてないので一応羅列。

ゲームに関していえば、クリアしたらそれで終わりではなくて、クリアしたあとまたはじめから遊ぶからこそゲームがおもしろいということなので、そういう意味では「まだクリアしていないゲーム」の数を列挙すれば複合状況を把握できるなどということはなく、遊ぶ可能性は「現在所有しているゲーム」すべてが保有しているわけなので、上記のように羅列してもあまり意味がないんだよな。結局ダラ外ばかりやってるかもしれないし、F-ZERO GXばかり遊んでるかもしれない。HALOをまた最初からやり直すのも楽しいだろうし、というか頻繁にフリーセルとかFracasとかZOOOとかやってるし。ううむ。

ゲームに限らずDVDとかも1回見たらそれで終わりにならないからこそ金出してソフトを私有するわけなので、というかこのへんの話は続けていくとオタ特性の話になっていくのでこのへんでやめ。今度気が向いたらまとめる。

4:46 2003/12/31

日々

28日〜29日にかけて、池袋で忘年OFF会。
KさんとSさんとNさん。SさんとNさんとはIM経由で話したことはあったけど、本物に会うのは今回はじめてだった。

画像

Kさんにはコミケ毎にお世話になっており、今回もおごってもらった。ごちそうさまです。
相当遅刻してしまったのであまり多くを話せなかったけど、それから(二晩続けてになるが)新宿いってグルグル歩き回ったりとかして楽しかった。それからSさんを家に呼んでダラダラ過ごしたあと寝て、朝になったので仕事。仕事終わったあとはTと駅前で待ち合わせてカレー食って一緒に家でDVD見たりゲームしたり漫画読んだり気がついたら寝ていたりして遊び。

飲み会・飲み会・飲み会・遊びと、いよいよ年の瀬も迫ってくるかんじだなあ。

-

この年末に目にした or 耳にした、印象的な自アン+界隈の台詞。

19:22 2003/12/30

日々

27〜28日にかけて、新宿で忘年OFF会。
こっちの予定を入れてしまったので、結局Mさんと湯どうふを食う計画は流れてしまった。
というかSさんから沖縄土産の酒を受け取るのも忘れた。しまった今思い出した。

画像 画像 画像

夕方、新宿にあつまって1次会、そのままふつうに2次会の流れになって夜半を回り、この時間だとどうせ電車もないからとなぜかオリエンテーリング的なことをやり、ミスもありつつ目的達成、近所のファミレスで2.5次会、それからHさんの家にあそびに行って朝まで過ごし、結局日曜朝のオタ番組ローテーションを全部消化してから、朝飯食って散会。朝飯っていうか、だいたい昼飯。

OFF会自体とてもおもしろかったし、Hさん宅での時間もとても楽しかった。
何度もやるようなものではないかんじだけども、またいずれの機会にでも参加してみたいなと思った。

-

Hさん宅で見た日曜オタ番組関連の感想を適当に列記。
順番適当(どの順番で放映されていたか覚えてない)、番組名適当(よく知らない)。間違っている可能性もある。
すべての番組について、予備知識は(ネットのオタ系TV番組感想サイトなどから仕入れた情報が)まあそれなりにはあるものの、実際に自分でまともに見たのはこれがはじめて。

おれはなにしろ普段からTVをまったく見ないので(←ゲームとかソフト鑑賞にしか使わないので生まれてこのかた自分で自分のTVにアンテナをつなげたことがない)、地上波放送のアニメや特撮などをリアルタイムで見る機会など滅多になく、とても新鮮だった。そうかーふつうのオタはこういう日曜を過ごしているのだなあ、自分もそうなりたいとはべつに思わないけどこれも悪いもんじゃないなというか。実況とかアニメ感想日記とか盛り上げている空気感にちょっと触れた思いだ。おれの場合根本的にあまりその時点で他人となにかを共有したいと思ってないようなので、共感とまではいかなそうだけど。なんとなくわかる程度に。

5:03 2003/12/29

意味の在り処、価値の保障

http://www.astroarts.co.jp/news/2000/05/01earth_mass/index-j.shtml

↑の記事によれば、00年時点での地球の総質量は 5.972x1021t だという。
この数字それ自体はさして問題ではないが、しかしおれにとってこの数字はとても意義深い。醜いものも美しいものも、ひとが捉える言葉も価値も、有形のものも無形のものも、地球のうえで産まれて生きる限りにおいて、すべてこの 5.972x1021t という具体的な数字のうえにのっかっており、またはのっかっているわけではないが、保障されている、ということだからだ。根っこを辿った最後の最奥、絶対の保障。その保障は定義できないしする必要がない(←よそから定義しようがしまいが関係なく、なくなったり突然変異したりせずそこにあり続けるからこそ、それはなんらかの保障になりうる)。けれども観測することは自由だ。自分たちがのっかっているもの、自分たちが生み出したものや産んでしまったものたちを繋ぎとめ受け止めているモノを、それぞれの視点やそれぞれの基準で宣言してみることには意味があると思う。そういう例のひとつが 5.972x1021t なのだと思う。自分が信じるものを保障するもの、に対する信頼の、表現の仕方のひとつ。
べつに地球の総質量が本当にこの数字であるかどうかは、だから問題じゃない。

絶対が絶対でなくなるときのことを心配する必要はない。なにがどうなろうとおれは地球より早く死ぬ。
おれは死体になっても地球によってその死体を保障されるだろう。地球がバラバラになったり、なにかのはずみで宇宙に打ち上げられたりするまで。この絶望的なまでの安心感というか、そういった類のものが、あれかなースペースノイドなひととかからすれば度し難いのかもしれないなと思っている。団塊ジュニアの不動感(←「我々は、みじめであっても、誇らしくとも、将来にわたって数十年間世代区分において多数派であり続けるだろう」)にあぐらをかいている傲慢さと、それは似ているかもしれない。
そういうのは、ものは言いようというか、言葉あそびとかでいくらでも作れる錯覚みたいなものなんだけど。

-

忘年会。

画像

年末といえば毎年なにかとゴタゴタしてるけど今年も例に漏れずいろいろあってたいへんだ。
正月あたりは家でのんびりパトレイバーの劇場版の、1とか2とかを見て、あのあたりの地層の90年代とか特車二課などについて思いを馳せてみるか。

3:23 2003/12/27

日々

上條淳士「TO-Y」のロゴが「イローン」に見える問題。

自アンでなつかしい単語をみつけた記念に写真撮影。そうだそのとおりだ。何度でも撮るよ。なにしろ「これってイローンに見えるよね」と見せてみて賛同を得るためだけにおれは現在まで「TO-Y」の1巻だけを後生大事に持っているのだから。

画像

イローンにきまってる、どう見てもイローンじゃねえか。そう思うだろ、そうに決まった。
たしか高校の頃あたりから主張し続けているが、いまのところ賛同者は10人に満たない。けど結構居ると思うんだよなーあの漫画の真名は「イローン」だと信じていたひと。単にイローン同志が接点を持てるメディアがなかったから各人が孤立していただけで。

-

暴君ハバネロたん3Dがおもしろかった。
世の中なんでも萌えキャラ化すりゃいいってもんじゃないとは思いながら、とはいえ萌えキャラ化すればどうにかなる程度のことならどんどん萌えキャラを投入して去勢解体していったほうが世の中案外すっきりするのかもしれんなーみたいなこととか考えつつ。べつにまあハバネロたんはそういう筋合いとは関係ないけども。

-

唐突におれ内ウェールズ熱が高まったのでウェールズ関連リンク。

2:30 2003/12/26

「魔戒」のにおい

中文LOTR関連。

で、まあ、「魔戒」ってタイトル訳はどうよみたいな話で、まあ的確だとは思うんだけど、いまいちちょっとよくない気がするというか角っこが引っ掛かるタイトルなんだよなこれ。なんつーかその、「魔戒」だとタイトル自体にバッドニュアンスが含まれているような気がして。たとえばそのー、原題「古祭」だったものを訳題「古代神の恐怖」みたいなかんじにしちゃうみたいな方向なのカーみたいな部分でちょっと。

「LORD OF THE RINGS」て原題は、全然いい意味も悪い意味も含まれてないと思うんだよな。単に作者の規定する事実というか、いかようにも解釈可能で中性的なタイトル。この物語をどう読んでなにを受け取るかは読者の勝手で、これがいい話であるかわるい話であるかは書いてる側からは特にコメントしませんよみたいな、わりと投げっぱなしというかイデオロギーの匂いのしない部分がとても好きで、その点で邦題の「指輪物語」も好きだ。けど、「魔戒」だと、本を手にとってタイトルを見た時点で、ある程度読者の身構えを作らせてしまうというか、一方向からの読み方を促進してしまうんじゃないかというか、実際にはそうならなくとも、なんかちょっとやだみたいな気分があるというか、なんというか。ううむ。
べつにあれだどうせおれ中文読めないんだし勝手なこと言ってるけども。

あー、最近だと「Equilibrium」が「リベリオン」になるようなのと似た問題なのかなこれ。

1:38 2003/12/26

日々

昨日。
肉をたくさん食ってケーキをたくさん食って満腹クリスマス・イヴ。

-

XBOX「LOTR tRotK」をちまちま遊んでいるが、TTTより難度が上がってるかんじでなかなか進めない、けどたのしいねこれだよやっぱりゴールデンアックスはこうでなくっちゃ(←?)。というか難度高めに感じるのはまあ前作あっての今作だからというのもあるけどももう一点、おれが前作を国内GC版で遊んで今作をアジアXBOX版で遊んでいるからという可能性もあるんだよな、日本版だと難度が低めに再調整されてるけどアジア版だとたぶん元のまま出荷ってかんじだろうし。

それにしても、TTTからシステム的な進化こそあんまりないかんじだけども映像とかゲーム内状況の規模がすごくスケールアップしてるかんじでびっくり。べつにXBOX専用ソフトと考えればふつうなスケールとも言えるかんじだけどもこれあれだよPS2とかGCでもまったく同じ内容をほとんど同等のクオリティでやってるわけよ一応(スペック差を考えればXBOXで遊ぶのが一番解像度高いし発色もいいし処理落ちもないだろうと思ってるけどそのへんは置いといて)。シーンによっては「ほんとにPS2でも動くのかー?」というくらいオークとかがワラワラ走り回ったりしていてちんちんしぼむというか、まあ一画面中だけなら信じられないこともない量としてもそういうシーンが途切れなく次々と展開していくあたりがすごい。こんな分量ふつうにやってたらメモリに収まるわけないんだし、これが前作からさらに進化したという予測&ストリーミング読み込み技術の恩恵か。
でもまあ、その技術の凄さはそれとして、シーンに必要なデータの読み込みの順番がギチギチに組まれている関係上、3Dデモ演出とかですでに見た部分などもスキップできないっていうアクションゲームとしては致命的ともいえる欠点があるんだよなっつーか(ムービー部分とかはべつに関係ないのでふつうにキャンセルできる)。かっくいいから何度でも見ろってことでまあいいんだけど、やりこみゲーとして捉えるには足枷になるよな。

-

最近激動しているわりにはこれといったおもしろいことを見つけることができずにいる自アン+界隈なんだけど、普段滅多に見ない自アン+チャットのログなどを読んでみたらちょっとおもしろい状況の痕跡をみつけることができた。

クリスマス前の自アン+チャットに一文字連続投稿するひとが出たようで、その最中〜終了にかけてのネバーギブアップ奥菜氏の発言。

自アン+チャットログ より引用
<ここから引用>
(註:一文字連続投稿発生)
-
(註:ややあってネバーギブアップ奥菜氏登場)
-
クリスマス前はこのような発狂者があらわれるという。ネバーギブアップ奥菜です
(03 12 21(Sun) 06:02 pm) + ネバーギブアップ奥菜
-
(註:なおも続く一文字連続投稿)
-
また童貞苦でだーつが発狂してるのかい?
(03 12 21(Sun) 06:04 pm) + ネバーギブアップ奥菜
-
(註:だいたい満足したのか一文字連続投稿終了)
-
童貞死んだ?
(03 12 21(Sun) 06:11 pm) + ネバーギブアップ奥菜
<引用ここまで>
21:34 2003/12/25 採録

これもあれだなーbyBEST女氏の一連の箱みたいなもので、snog時代にはなかった自アン+ならではな種類の笑いなのかもしれないなと思った。各署名氏のキャラの立ちかた立たせかたなど見てもほかの匿名掲示板等などとまた微妙に違ったかんじでおもしろい(というかつまらないのもあるんだけどもその比率とか分布状況などにそれなりのユニークさがあるかんじ)。

21:39 2003/12/25

日々

先週末から昨日の祝日までのメモ。

-

XBOX「LOTR tRotK」から学ぶかんたん中国語講座。
中国語といっても広東語とかそのへんだたぶんむつかしい漢字使ってないし。

画像

まず「THE LORD OF THE RINGS」は「魔戒」と書くらしい。
で、「THE RETURN OF THE KING」は「王者再臨」。

画像

このへんはわかりやすくてよい。
キャラクタ名は以下。

表音語の名前は表音で当てるのが妥当、みたいなかんじでつけてんだろうけどもわりと表意としてもおもしろい解釈になってるかんじでよい(中国語の意味とかは知らないけども日本語として読んだ場合にでも)。ガンダルフが甘道夫ってのはなんか納得なような逆なようなとか思いつつ、アラゴルンが馳夫さんな日本の場合と「夫」でつながってるなあ関係ないけどとか思ったりした。

5:52 2003/12/24

Movie / THE LORD OF THE RINGS - THE TWO TOWERS

画像

11月中旬くらいから忙しくて買ったものや見たもののメモ作業が滞っている。
これも先々週末くらいにDVDボックスを買って、プロジェクタ&強まった音環境のあるMさん家で見たのだった。

-

特に感想を記述しておく必要のないおなかいっぱい映像のかたまりなので(映画版からさらに追加パートが収録され、本編3時間43分になっている)、いまさらあれがよかったこれがよかったということはもう書かないでおくが、改めてよく見てみると原作→映像化の過程でふんだんに盛り込まれたその萌えポイントの多さに驚く。迫力とかスケール感とかはもちろんのこと、こういった部分での細かい愛の注ぎ方が、多くの極まったLOTRオタからも「まあ言いたいことは山ほどあるけど、そのへんは置いといて楽しんであげるよ」と好意的に評価されている理由のひとつと言えるだろう。

枝葉の感想のうちのさらにキャラクタまわりの部分だけメモ。
適当に指走って書いているので無茶苦茶なことを書いている可能性あり。いきなり全然関係ないほかの作品に関する感想などが挿入されてるけどこれ実際見ながら書いたものなのでそんなかんじで。ちょっと感想メモとしてがオタ寄りすぎになってしまったか。

とかなんとか。

なお、LOTR萌え観についてはこのへんの図などがわかりやすい。

3:01 2003/12/24

日々

Hitmaker&Treasure「鉄腕アトム」とAlice soft「大番長」を買ってきて、遊んでいる。

画像

-

鉄腕アトム。
進行優先によりレベル「かんたん」で開始。未解決部分もありつつ一応雄大なエンディングを迎えたところ。「○○編」でいうと、たぶん2つ目が終わったんじゃないかなあというあたり。イベントテストから大雑把にわかっている未見イベント数を見るかぎり、一応もうこれ以上大筋が変わるような展開はないんじゃないかなというかんじ。

キャラクタマトリクスはすべて埋めたが、まだ解決していないイベントがいくつか残っているみたい。終盤で出てきた悪党関係に「!」印が残ってるのでそこいらへんの絡み。あーあと和登さんが対シャラクキラーになる気がするんだけど(っつーか絆創膏貼るイベントとかないのかな)、というかシャラクも未解決といえば未解決なのであのあたりもあと一悶着あるか?

以下雑感。

-

大番長。まだあまり進めていない。
「県内編」の途中。全国編まで進めてからが本番の可能性が高い気がするというか、そうでなければ困る。

まだ判断するには時期尚早だし、ゲーム本編とはあまり(いやほとんど)関係ないところなのであれだけども、ちょっと残念な印象が。

1。これはまったく大番長ともAlice softとも関係ない話なんだけど、買いに行ったときに初回特典がついてきたのがマイナス印象。これは回避可能な問題なのだから、おれの買い方の甘さが原因とも言えるし、おれがもっと店を選んだり時期を待ったりすべきだったというだけ。なんだけども。
おれは初回特典という文化が大嫌いで、というか初回特典というのは、単に売り場-流通間の事情や都合で存在しているユーザにとってみれば縁もゆかりもなく無駄で不要な捨てるしかない余計なウェイトをレジで受け取らなければならないどうしようもねえ上納金みたいな制度だと思ってるので(←認識としてはSPAMメールと大差ない)、というかおれがなにか発売日に即欲しいものがあったときにでもその商品を絶対に予約しない理由は「予約すると予約特典がついてうぜえから」なのであって、要するにおれは大番長を予約せずにふつうに買いにいってこれで予約特典とかそういううざったいゴミのような代物とは無縁の買い物ができるはずー、と思っていたら初回特典がついてきやがった、という点ですごくどんよりとした気持ちになった。キャラクタ柄のカード麻雀。
態度を保留したまま結局家まで持って帰ってきてしまった。まあそういう(特典)モノとしては悪くない部類だとは思う。ちゃんと遊ぶために使えるわけだし。それでもこの本質的な手持ち無沙汰感はどうやったって収まらないのよねーと微妙な顔をしてしまう。やはり捨てるか誰かにあげるかすべき。で、Tに聞いたらもらってくれるというので譲渡。

いまどきは高度情報化社会なので、ただでくれるもの全部もらってたら個人に溜まる情報荷が高くなりすぎて無自覚な誘導を加速してしまう。誘導されること自体は構わないが、そこになるべく自覚的でありたい。サービスを取捨選択できないようになったとき、ひとは社会に対して被害者としてしか接点を持てなくなる。そんなのは御免だ。

2.なんか絵まわり全般の素材のクオリティが不統一というか全体的にクオリティ低い気が。
肝心要のキャラクタグラフィックとかは文句ないんだけども、ボタンとかマップとかの素材の出来が正直安っぽいかんじでちょっと残念なかんじ。「大悪司」は、そこいらへんでクオリティが一定というか全体的によくまとまっていて違和感なく上質で、おれの場合そのあたりに対する好感度がかなり高かったんだけど、大番長はかなり雑な印象を受けてしまった。うーむ。開発規模がでかくなりすぎてコントロールできなくなってるのかなあ。
まあ寒色系で直線バッサリ切っただけー、みたいデザインだからそう感じやすいというのもあるし、また仮に「校内編」「県内編」がチュートリアル程度に過ぎないからてきとーに作ってますとかいう話だったら「全国編」に行くまでは判断できないところもあるけども、しかし…。
とりあえず判断保留。全国編待ち。

3。ボイス有りなのが困るその1。
これもまあおれのせいというか、ふつうにおれの事前調査不足と浅慮以外の何物でもないのだが、てっきり大番長はボイスなしのゲームだろうと思っていたので、いざインストールして起動してあそびはじめてみたらボイスが鳴って、非常に困った。ううむ、どうしよう。
固有のイベントとか戦闘とかで発声するぶんにはまあいまどきだしそんなもんだろうと思うんだけども、問題は「エロシーンのボイス」なのだ。男キャラはボイスなしだけども女キャラの台詞にはすべてボイスが当ててある。おれほとんどエロゲーとか遊ばないひとなので、大番長は「おれの部屋の空気にはじめてエロ台詞の振動を送ってしまったゲーム」ということになってしまった。ううむ、どうしたものか。隣の世帯のひととか一応窓近いし、万一音漏れとかしてたらアレだから公序良俗に遠慮してヘッドフォンで遊ぶべきなんだろうか。おれ身につけるものがあるとうざったいから腕時計とかも絶対つけないのに、部屋ん中でリラックスしたいときにヘッドフォンとかつけるのめんどくさくてやなんだけどなあ(←普段は大音量でFM音源聴きたいときくらいしか使わない)。

4。2に関連して、及びボイス有りなのが困るその2、及びそのほか全般的な印象。
前作(べつに続編ではないのだから「前作」っていうのは違うだろうけど)「大悪司」のすごくよかった点は、遊んでいてあぶなげがまったくないところだった。コンテンツとして魅力になる可能性がある要素というのは数々あるけども、開発上不安要素になりそうな要素というものがまったくないというか、結果として「ほとんど完全に制御できているタイトル」として仕上がっていた点がすごいというかびっくりというか、おそれいった。
明快にまとまったひとつのシステム上で十二分に展開する状況、粒の揃ったデザインでまとめられたインターフェース、簡潔明瞭だけども記号的な開き直りはないマップ、自由度とイベント密度の(リッチ気味に寄せた)ほどよいバランス、そういった完成度や設計の根底に流れる思想を反映したかのように明快に徹底された性格のキャラクタ、「できることは全部やる」「できないことはできません」「失敗する可能性のあることには手を出さない」「失敗する可能性のないヤバいことはおおっぴらにやります」みたいにはっきり区別されているように感じられ、なんというかどこから切っても「満を持してます!」みたいな雰囲気があった。老練で隙がなく、それでいて柔軟でパワーのあるタイトル。
それを受けての「大番長」は、…ちょっと「若い」タイトルかもしれない。大悪司から受け継いだ一本の筋道はきちんとあるかんじだけど、そのほかにいろいろ混じってる印象を受ける。それは時代の流れとか企画的な要件とかいろいろ必要と進取の結果だろうけども、しかし現在進行形で動いているタイトルなりの不安定さは拭えない。
いま適当におもいつくまま書き出してみると、

  1. ウィンドウまわりのデザイン
    →素材数の増大によってはクオリティコントロールがむずかしくなってくる
  2. ボイス
    →制作進行上の負荷が飛躍的に増大するうえ、タイトルのイメージやクオリティに重大な影響を与えるため、コントロールがむずかしい
  3. System4.x系にパワーアップしたことによる戦闘時の半透明エフェクト(?)
    →使いこなしというか、戦闘時のアニメーション演出に若干不馴れな印象を与えているような気がする。
  4. OPアニメーション
    →ただでさえ柄がちがううえに(おそらく)外注仕事になるから進行上負荷が増えるしリスクも高くなり、当然タイトルのイメージやクオリティの管理やコントロールもむずかしい

1についてはともかく、2や4はふつうに考えればプラスの面といえるだろうし、3についても今後のタイトルについてより習熟した仕事がみられることはまあ疑いないと考えればいい。んだけど、大番長買って今度また3年くらいAlice softのゲームを買わない予定のひと(おれ)などにとっては、ちょっと「しまったーもうちょっと待つべきだったかも」みたいな部分もあったりする。
3年に1度買うゲームとなれば、そこにはある程度の完全さを求めたいものだからだ。ボイスとかアニメが入ってるのには「んーひょっとしたらアニメ展開とか版権商売とか見越した戦略とかがあったりするの?」みたいなてきとーな勘繰りとかしてるんだけど、なんつーかそういった展開がもしあったとしてもおれは結局そっちの波にまでは金を支払うつもりがないので、いろいろ混ぜてごちゃごちゃになるよりはゲームパッケージが一本きれいにまとまったほうがうれしいんだよなと。

いやそこまで書くほど不満じゃないんだけどな。なんかズレた話になってしまった。

10:19 2003/12/22

日々

風邪でダウン。すごい熱。発熱のせいか骨折部位がすごく痛くて丸一日動けなかった。

師走の忙しさというのは、12月はなにかと大物の行事ごとが立て込むので日々の些事を捌くのがめんどくさくなって、結果として日ごろやらないような大事はビシバシ消化するんだけど、でも日々やってるような些事は後回しにしてどんどんキューが溜まっていくから、「(大事は)たくさんやってるつもりなのに(些事が)全然片付いてない(かつそれに取り掛かるつもりもない)」ので余計に忙しい気分になる、というようなものかもしれないなと思った。
ということで、師走をあわてずに過ごすために、明日の大事に備える姿勢より今日の些事をきちんと順番どおりに全部片付けるという姿勢を優先させたほうがいいかも。瑣末なことほど、累積させたときの取り掛かりと後始末のめんどくさ感がものすごくなるので、溜めればあせるのは道理。

-

OFF会、殊にいはゆる「突発OFF」は、参加している全員が自己中心的なスタンスで参加している(ことを前提とする場である)ところにおもしろさがある。

全員が「自分にとってきもちのいいように」行動する。主催者にしてからがそう。会が終わった時点で「自分自身が」おもしろかったなあと感じることができなければ、参加する意義がなかったということになる、と、OFF会参加者はごく自然に感じているというか、そういう仕組みの場なのでそういうふうに誘導される自分の思考を楽しんでいる雰囲気がある。
こういった場は、オタ社会ではありそうでなかなかない。根本的に殺伐とできないところがオタの関係性の長所で短所というか、殺伐さえも解体してしまう性質があるのでそれが無理みたいな。煽り合っても荒らしまくっても「場」に対する信頼(←あまり適切な用語じゃないかも)みたいなものが常にあるというか、そういった理解というか納得みたいな仕方を自動的にしてしまう。なぜなら感情を移入したり自己を投射したりとか、一面で外部と内部をはっきりわけながらもほかの面では切り分けることがオタは苦手だし、得意だから。

オタ以外の社会ではどうかといえば、たぶんそういう場は(すくなくともオタ社会よりは)あると思う。学生イベントとかたぶんそんなかんじ。行ったことないからよく知らないけども出会い系のイベントとかも似た雰囲気がありそう(二昔前でいえば「ねるとん」ってやつですクワー)。自分が楽しむために自分にとっての特別ななにかをみつけられるかどうか、それをするための努力、それを楽しんで、結果的にうまくいったらハッピーでできなかったら残念また今度、というようなはっきりとした場。「誰に向けてやってんのかよくわからない曖昧な努力(「場」に対するサービス)」の個々人の負担が小さく、しかし明快な個々の努力によって熱量の総体は大きく、そして快楽享受の個人差が大きい。
オタからみれば一見自閉的であるようにも感じられ、しかしオタ社会よりよっぽど個人を尊重するシステムにも思える。…というか、あー、このへんオタ←→非オタっていう分け方だと話が雑になって苦しいかんじはする。田舎←→都会の話に脱線してるような。農耕←→狩猟でもあるような。狩猟民族文化の浸透度とか、国内に人口密度とか情報密度とかなんとかで偏差があって、結果的にいろんな角度から分析可能な問題かもしれず。

まあともあれ、主催者やほかの参加者たちの自己中心的なふるまいと、自分の自己中心的なふるまいの利害関係が一致する限りOFF会は楽しく、利害関係を読み間違ってしまった場合そのOFF会は楽しいものではなくなる。
おれの場合、人間関係で立ち入ったところまで突っ込んで楽しさや楽しくなさを享受するところまでまだ神経が細密化していないので、「そういう場」に参加していろんな立ち位置やそこに立脚しているのであろう各人の振る舞いを眺めているだけでけっこう楽しかったりもする(それこそ「文学フリマ」に、特に文学に造詣があるわけでもないのに立ち寄ってみてそこで行われている雑談を聞き流すだけで満足してしまえる程度にしか人間関係問題に対する感受解像度がない)、が、そうでない、それなりに一人称視点での快楽をきちんと消化している立場で何度もOFF会を経験しているひとの心情っていうようなものは、どんなものなんだろうかなーと、そこいらへんの話をいずれ誰かに聞いてみたい気分がある。

というようなことを考えつつ、先日行われたという「blog of the Yeah!」パーティー紹介記事などを読んだ、ということをメモ。webで投票したひとにはイベントの参加募集メールが送られてきていて、おれも投票したので(←自アン民なのでアンケート系のCGIのボタンを押すのに抵抗がない)メール届いてたんだけど、行かなかった。
あれだなーその参加募集メール文面にある、なんかこの「楽しみたい主催者」的オーラの、学生さんっぽい裏表のなさというか、そういった肉食民族ちっくなポジティブさがまぶしすぎてやべーなみたいな部分がすごくおもしろかったというか。オタの発想から出てくる文章じゃないよなみたいな。

そういう部分で考えてたらふと、そういえば日本で個人webサイトっていうと、勃興からこれまでの流れで管理者が「なにかしらのオタク」っていうような部分でキャラクタを演出しておかないと存在意義が主張しづらいみたいな空気があって、それに対して「べつになんのオタクでもないおれが個人ページをやるんだよ」みたいな部分での、一種のカオを与えるというような側面が、いろんなポータルとかコミュニティにはあって、最近出てきたBLOGツールとかもそこいらへんの受け皿として働いてる部分があるのかもなーと思った。
「平家に非ずんば人にあらず、オタに非ざれば…きみはなぜそんなことしてるの?」、みたいな部分で意義と動機を補助するツール。オタとして安心してる立場からはそう見えるなあみたいな話でまあ。
自アンのテンプレで「なぜオタは○○ですか?」っていうのがあるけどもあれとかすごく象徴的。オタはいろんな「なぜ?」に対して多く「○○だから」を持ちあわせるというか、答えをあらかじめ用意しておくのが好きだ(から「なぜオタ」箱は多くのバリエーションを産んだし、たくさんの項や票が作られた)が、オタじゃない場合そういった「なぜ」に対する答えが多岐にわたらず、または「…いやそんなこと言われても」になってしまうというか。そのあたりで「「なぜ?」っていうような質問をあらかじめ封じる仕組みというか看板みたいなもの」の効果があるんじゃないかなみたいな。あーしかしこういう対策的な発想はオタのものだからちがうかなあ。

-

おれはPSXと接点がない。

まずPS2とも接点があまりない。
あまりないだけで、多少はあるから、PS3がリリースされる頃にPS2を買おうかなという気分はある。けどもその程度では買ってもしょうがない。現在まですべて遊びたいソフトだけ自分で買って、ハードは借り物で済ませている。PS2は、あまり私有するに足る魅力のあるハードには感じられない(逆にスペック自体が魅力的なハードの場合、ソフト持ってないのに買うことがある)。

ハードディスクレコーダとの接点がないのが致命的。
おれの場合TV番組を録画する云々以前にそもそもTVを見ないので、まったく意味がない。ハードディスクレコーダ商売はニッチ家電業界中では今年かなり熱い市場だったというし、そこいらへんに突入できないオタ生活を決定してしまったのはちょっと残念だなあと思いつつ結局軌道修正とかしないので、このあたりの流れは傍観するよりほかなかった。
ので当事者的な知識とか全然なくて、PSXという機械がなにができてなにができないのかとかほとんど知らないまま。なんとなーく「HDDレコーダ界において、プロバイダ界でいうところのYahoo!BB的存在を目指しているハード?」みたいな印象で見ている(失礼な見方かもしれないけどまあ)。すごくってもへぼくっても関係ない性能だしなあ。

あ、ていうかあれかな、PSXはPS2世代の機械であることだし(ロゴもあくまでPS2準拠で、新世代でも別系統でもない)、HDDレコーダ機能はPS2デバッグマシンとかにフィードバックされたりするのかな。もしくはPS3世代の開発機とかにはHDDレコーダ機能標準装備ですぜ!みたいな伏線になったりするのか。やんねえかべつに要らないし安いビデオデッキ買ってきて別途繋いだほうが安上がりだし。あーでもPSXて「PS2のプレイ画面を録画する機能はない」んだったっけ。機能的に塞いであるだけっぽい印象もあるけど「同じCPUを同時に使うのでそれは無理」って話なのかもしれないしなよくわからん。じゃあPS3世代ならいいのか、たくさんあるうちのCellをいっこだけレコーダ分に回せばいいわけだし(?)。

6:52 2003/12/19

日々

画像

そろそろ2003年が2004年になってきた。

-

先日Mさん家に遊びにいったとき食ったお菓子。「銀座のスナック」と「場末のスナック」。

画像 画像

イラストが絶妙にしょぼくれたコンビニの雰囲気に合っていたのでジャケ買いしてしまった。あーこういうド直球の必死さって和やかだなーみたいな。おれはこのデザインがおもしろかったので、この仕事が、デザイナのひとの会心の作であってくれればいいと思う。
感想としては、ジャケは「場末」のほうがおもしろかった(なんか明石屋さんま氏が女装したような顔っていうか)が、味は「銀座」のほうが飽きないかんじだったような気が。

-

Sさんが買ったと聞いて、そういえばーと反射的に買ってしまったことに本屋を出たあと気付いたみたいなかんじで買った、「AKIRA フルカラー版」1&2。値段覚えてないんだけど(おれは基本的に買うものの値段を見ないひと)確かたけーよこれ一冊3000円くらいしたような。

画像

フルカラー化っていう部分よりは「たまに眺めるにはいい漫画なんだからまた置いとくか」みたいな気分で買ったんだけども、中身見て気付いた、あーこれあれじゃないですかむかーし出てた英語版(絵を左右反転して台詞英語で左開きになってる)、を、さらに日本語訳したバージョンってことですか。けっこうあちこちで原作と台詞が違う、たぶん。
うーん、これはこれで懐かしい発見もなくはないからいいんだけど、どっちかっていうとふつうに読めるのは右開きのオリジナル版のほうだから、3巻以降も買うつもりならオリジナル版を改めて買いなおしたほうがいいかもなーとちょっと悩み。

-

べつにそんなにタスクも積まれてないはずだから忙しくないはずなんだけど、なーんか妙に忙しい。師走だなあ。

23:42 2003/12/17

日々

言動一致という言葉があるけども、言と動が一致するというのは、たとえば言がこれくらいだから動をこれくらいにとか、動がこんなかんじだから言をこれくらいにしてとか、そういうふうな調整によっては至れない状態なのではないかと思っている。

言が言として過不足なく、または動が動として必要十分であれば、自動的に言動は一致する、というようなものではないか。ようするに双方を秤にかけるのではなくて、それらはひとつのやりかたやありかたから同時に生まれていく問題であり答えであって、結果として見えている言や動を正してもその場その場の意味でしかないというか。ナチュラルなふるまいが言動を一致させるはず。

ただし、自分にとってのナチュラルな言動一致が社会に対して受け容れられる種類のものであるかどうかはまったく別の問題で、そこんところではうまく折り合いをつけていったほうが長生きできそう。
そんでもって、そうした対社会を意識した修正のことを言動一致のための修正と錯誤しがちなのが罠的に厄介。

-

URLメモ。

-

文脈とか無視して、アニメ版「赤ずきんチャチャ」の放映が、消費者側の経路共有(萌えとかハァハァとかなんとか)が整備されてしまう前でよかったのかよくなかったのか考えていると微妙な気分に。元をただせばよかったに決まっているし、あるいはよかったもよくなかったもないとしか決められない。やはりif話は堅実に考証を積み重ねる場合においてのみおもしろいといえそう。

3:09 2003/12/17