おれの携帯電話は電子メールなどの余計な機能がない優れた古臭い愛らしいボロい端末なのだが、デジタルツーカーとかJフォンなんとかとかJフォンあれこれとかボーダフォンとかコロコロ会社名が変わるのが難点(なんか多分4,5回変わった)。
あと電子メールが使えないかわりにスカイメールという規格の短文が送受信できるんだけども、今年あたまくらいからこれにSPAMが届くようになってうざったい。どういうふうにうざったいのかというとこれらのSPAMはただでさえうざったいお呼びでないあほまるだし送信者の親の顔見るのもめんどくさいよーな出会い系宣伝で、しかもその内容がモバイルというか携帯でweb見れる端末前提なのな。なんかアドレスとかが書いてあるの。おれの端末だとweb見れないっつーのに。
こういう内容的にも機能的にも無用なものにトラフィックを使うなっつーのー、と思いながらしかし、SPAMの問題というのは「望んでいるひとが望んでいるときに」宣伝することの難しさから「望もうと望むまいと常時」宣伝し続けるという方式が選択されているという問題でもあるのだから、このどうしようもなさはまさしくSPAMの問題の一面だと思った。
電車の中の場合、一般的に
の二者でどっちが迷惑かというとたぶん「携帯端末で電話してるひと」だと思う(個人的な話をすれば、おれは周囲への興味があまりないので、電車の中で隣に電話してるひとが居てもあんま気にならないんだけどもまあ、電話とか関係なく声量の大きいひとがしゃべってるのは「興味のない周囲へ意識を向けさせられてる」かんじでめんどくさいなあとは思う)。
けどもこれが電車でなくて「車を運転しているひと」だった場合、「運転しながらメール打ってるひと」の迷惑度は「運転しながら電話してるひと」よりはるかに高いんだなあと今日わかった。というか今日街中でそういうひとの車に接近遭遇してびっくりした。あぶないよそれはさすがに。
そろそろと機種変更を考えなければたぶんバッテリが寿命にさしかかっているような気もしつつ、でも次に携帯電話買うとしたらたぶんいろいろ余計な機能がついてていやだなあと思う。メールとかまじいらない。今使ってるやつ買ったときも「電子メール機能がないやつください」といって買った。とにかくいや。広汎なネットワークと繋がってるのがいや。まあ多少偏狭ならいい。スカイメール程度なら我慢できる。
いや違うな、便利な機能自体がいらないわけじゃなくて、便利なはずの機能がけっこう不便だからそれならそれは便利じゃなくて不便だから要らないという話で、便利だったらべつにいいのだ。1足すために2引いてるようなもの。そうじゃなくてプラスの面だけのやつがほしいんです。
実際あれはなんとかならんのかと思う。どうせ携帯同士だとメールで長文打つのはコストかかるし、インスタントメッセンジャ(IM)的に使う場合がほとんどだ。ならインスタントメッセンジャでいいじゃんむしろIM的ななにかにしろよと思うが、結局メッセージをポチポチボタン押して入力する部分が一緒だから解決にならない。なので「ショートボイスメッセンジャー」的ななにかが搭載されたら、たぶんそれをおれは使いたい。ようするに「すごく便利になったインタラクティブ留守番電話サービス」みたいなやつ。メッセージ単位でURLとか画像とかを添付できるような。
携帯にメッセージを吹き込んでからそれを送信。それを受信。吹き込み返して返信。時間差で進む日常会話。そんなかんじ。
おれの場合、目覚まし時計を寝たまま止めてしまう習慣が身についてしまったのが難点。ほとんど毎日セットしているのに、ここ最近目覚し時計を止めた記憶がない。おれの耳にアラームの周波数帯をキャンセルする能力がついてしまったのかと、目覚まし時計を交換してみたが効果なし。いはゆる「目覚ましアラーム瞬断スキル」は習慣化で上達するものではなく、感性の磨耗によって「結果としてそれができている状態と同等になる」ことによって顕在化してくる問題といえそう。要は衰えによって陥っている状態だから、レベルの引き上げによっては本質的に解決されない。まず衰えているものを回復させるべき。
ひさしぶりにやってみたらやっぱりこの投げっぱなし感が優れているwebゲーム「地球防衛バット」。
これくらいシンプルにいかないとだめだなーやっぱ。あとBGMが細江慎治氏@スーパースイープというのも。
G.N.Aで紹介されていた「電気の恋人 ~I am Programmer's Song」からoldschoolオタソング調なパルスを受信して和やかな気分になった。あーこれこれ。この歌を作ったひとは、まにきゅあ団とかあのへんのひとたちと近いところを見ているのだろうか。
ところで、おれはこの曲には拒否反応がなくて(←すごく好き好きってわけでもないけど鳴っててもしばらくはstopボタンを押さないかんじ)、でも一昔前に流行った「任意ラジオ」とかあのへんはまったくダメ(まじで5秒も聴き続けられない)で、ここいらへんにある差ってなんだろうな。ネットラジオ方面で活躍しているひとなら、わりとこのあたりのリスナーの感性に対する調整の利かせかた(だいたいどのへんまでに耐えられるリスナーを相手にするかを決める)とかを明示的なノウハウとして扱えているのかもしれないっつーか、いやそういうのは現場のひとにも半端にしかわかってないかもな(自分の音の範囲は把握していても、たぶんそれを絞ったり緩めたりして「ユーザ層をコントロールする」とかいう境地にはいってない気が)。
あまえるな孺子(こぞう)!
サンタクロースの居る場所など我々は産業革命の時点で通過した!工場制大量生産の現代を、組織化された物流のシステムが覆っている!もはや地上には我々しか居ない!人類が絶望の淵にあるというなら、それを救うのは人類でなければならんのだ!
例の田中太郎(偽名)氏の日記はエロゲアンでも観測されていたらしい。
ふうむ、そのほかにも(あんまりたくさんじゃないけど)ちらほらとあの日記へ言及している日記を見つけて、そのコメントを読むのがまたおもしろい。この日記に反応してしまうというのは、それはこの「ひみつ日記」の物語に対して登場人物として参加していくということと同義になってしまいかねない危険があり、それを知りつつブレーキ利かずに突っ込んでしまったー的なあれとかがちらほらほら。なんというかそのやっぱりまた例示だけども、この作品に対してスレッガー・ロウやカイ・シデンや鈴原トウジや相田ケンスケのような立場で参加するのは、ある種のひとたちにとってはすごく容易で、かつそれを罠と知りつつ避けて通れない不器用さを持った愛すべきオタが居るというかんじか。
うちにあるアナログ時計は、12時間以上寝たいときに目覚ましセットできない仕様になっているのが難点。日付・AM/PMを含めてセットできればいいんだけどな。そうすれば、目覚まし設定を解除し忘れたまま外出してしまって、留守中の決まった時間にギャンギャン鳴り出して付近住民のひとが迷惑するとかいった事故の危険もなくなるわけだし。
今さっきふと、こないだ渋谷行ったとき駅の構内アナウンスで「千葉県からお越しの山本大介様、千葉県からお越しの山本大介様〜」とか言ってたのを思い出した。そうかーアマゾンライダーはいま千葉県在住か。元アマゾン役のひとの本物のほうは、最後に耳にした情報では確か九州とかそのへん在住だったんだけど。
アマゾンっていえば、ちょうどこれ見てた頃「バナナの皮を4回でむくのは人間、3回でむくやつは猿」みたいな判定あそびが流行ってたような。でも全般的に3回でむくやつのほうが多かったような。猿の軍団。なにするものーぞー。で、アマゾンは第1話でバナナをモシャモシャ食うんだけど、彼が何回でむいてたかを今思い出せないでいる。
つうかそのまま皮ごと食ってたような…。
空耳ネタのFlash「茄子嫌だゴニャ」がちょっとおもしろかった。中盤からダレるかんじはするけど最初の勢いはいい。
やばい、今週もカレーしか食ってない。このままではいけないと思い、気分を変えていつも頼んでるガーリックナンのかわりにサフランライスにしてみた。結局カレー。ううむ。
自アン。
「なぜオタは膣外に射精してと書いて」箱(→箱コメントの「そとにだして、と読ませますか?」と続く)の展開がおもしろかった。
現時点では「【箱内】変な読み方集」項しかない。こういう項なら「月面宙返(ムーンサルト)り」を投票するしかない、と思って項を開けてみたら既にあった。さすがだ。
もういっこ自アン、箱題からいって同一箱作か便乗糞箱と思われる。
「何故オタは「中で出さないでっ!」と言うと120%中出ししますか?」箱の「100%を超えた20%は何?」項など見ながら、そういえば、
など、後世に名が残るアニメはその作中でのユニークな数値表現が記憶されているなあと思ってみたんだけど、その流れでいったらヤマト・ガンダムの次はマクロスが来るが、マクロスでは特に思い当たらなかった。だめか。
…あーいや、マクロスはあれだけどもエヴァンゲリオンで思い当たった。
400%はすごいな。なんかいきなり突出している。シャア専用ヤマト(120%x3=360%)でもあと40%及ばない。
でもなんで400?往年だったら死海文書とか愛読してるエヴァオタのひとにでも聞いてみれば考えられる可能性を軽く200個くらい教えてもらえたんだろうけども今は2003年だからべつにいいかわからなくても。
というかまあこのへんはあれだろうなたぶん「時代劇の決め台詞」→「ヒーローものの決まり文句」あたりの文化から「特定のユニークな台詞を日常会話のアイテム化する」的なオタ風習が出来上がって、そういう仕組みの中で生まれたものの例のひとつに過ぎなくて、今度は逆に制作者側で「(決め台詞とかとは微妙に違った)アイテム化しやすい台詞を混ぜることで作品を売りやすくする」みたいなノウハウが出来上がって、でもオタはそのへんの匂いに敏感なので結局切り取られるのは意図的なそれではなくほとんどが天然のアホ台詞だったりとかして、それから何周かして、現状はそれが「古典化したので逆に新しい場合も局地的にある」みたいなかんじだろうか。
「疑似餌とわかったうえで意図的に釣られてみたいオタ」向けの特殊な技術みたいな。似たようなのだと昔あった天地無用シリーズの「とりあえず温泉ルール」とかおねがいティーチャーの「最優先事項よ」みたいなんとか。
あー、もうひとつ、ちょっと、最優先事項で思い出した。
アニメ作品て、通常時→非常時の移行の中間段階がほとんどないというか、危機に対する意識が極端というか、なんというか、そういうのありがちだよな。平和〜、というところからいきなりサイレンがワンワン鳴って「第一種非常事態宣言発令」とか「総員第一級戦闘体制」とかなんとか、全リミッター速攻解除というかなんというか、中間がない。いきなり最高レベル。DEFCONだって5〜1まであるところを、アニメだったら大抵「5」と「1」しかないかんじ。おれとかの場合は、もうちょっとこう、段階を踏んでくれたほうがムズムズするんじゃないかと思うんだけど。
これってなんなんだろうなーと以前から思っていた。もともとアニメ自体がディフォルメを基調とする文化だからそうなのか、作品が大抵1本26分とかだから展開を急にする傾向があるからなのか、それとも、戦後日本が実際に非常事態を経験したことがないから「DEFCONが徐々に下がっていくかんじ」を把握する土壌がなくて、そこいらへんでわりと浅薄になるべくしてなったのか。
あと関係ないけど、
脈絡なくメモ。後日追記修正予定。
日本語ページから車ゲー関連の情報を探していると、たまに「リアルよりリアリティ」というような発言を目にするんだけども、あれはどういった文脈から出る発言かなと以前からちょっと気にかかっていた。
たぶん発言者にとって、その発言は、本当に言いたいことを的確に表現しているわけではないんじゃないだろうかというか、何と表現していいかわからない感覚を口に出したいときに「リアルよりリアリティ」ということばが脳内をよぎって、まあそれでだいたい合ってるかんじだからとりあえずそれを使って(≒それによりかかって≒自分の感覚をそのことばにのっけて)みた、というかんじの発言なんじゃないかなというか。
「リアルよりリアリティ」、そう言っているからといって、おそらく、それこそを欲している、それがないからダメ、という発言ではないんじゃないかなと思う。
運転ゲーは過去「レースゲー」と呼ばれていたが(「ニューラリーX」とか「シティコネクション」とかあのへんの話はひとまず置く)、32bit機以降主に家庭用ジャンルで「ドライブゲー」という言い方もでてきた。かといって「レースゲー」がなくなったわけではなく、分化したというか多様化したというか重複しつつ細密化したというか、位置が揺らいでいるかんじではない。
では「レースゲーしかない状態」から「ドライブゲーもある状態」への変化とは具体的になにか。
「レースゲーしかない状態」というのは、逆にいえば「レースにしないとゲームにならない状態」のことだった。
つまり車体制御が単純で、コース状態にあまり変化がなく、入力系がデジタルの場合、「どういうふうに走れば「いいプレイ」になるか」の評価を、かなり早い時点で見切ることができてしまった。攻略ラインを一本に絞ることが容易で、そのライン上に乗って走ること、ミスをしないことがゲームの目的になった。
走ることそのもの、その過程に十分なゲーム性を付加することが難しかったので、他車と競うこと、レースをして1位を取るというテーマを掲げることが前提になった。
「ドライブゲーもある状態」の時代になると、それがゲームとして成立するために「絶対にレースでなければならない」わけではなくなった。ゲーム機の進化に伴い、プレイヤ毎にそのプレイ内容がかなり多岐化・多様化したからだ。
ブレーキタイミング、過重移動、方向制御など、入力系がアナログになったことも手伝って、「毎回同じラインを同じタイミングで走行する」ことがむずかしくなったし(ほとんど同じラインを走っていても、ちょっとしたパラメータの差異によってその状態の意味するところが大きく変化しうる)、また「どのラインをどういうふうに抜けることが最速なのか」が簡単にはわからなくなったので、たとえばごく単純なオーバルコースであっても、そこには無数のラインの可能性が生まれた。
9bit confusionのひとが異常なしだったとのことで、ひとごとながらちょっと安心。
別件のひとごととしては、田中太郎(仮名)氏の日記が興味深い。
ここはずぶの素人が
いきなりエロゲーのメインライターに抜擢されて
右往左往しながら
エロゲー業界の暗部に驚愕していく
底辺の人間の物語です。
職業人としての心意気とかそういった方面からいえば、この日記に書かれている内容は褒められたものではないかんじだけども、それを無責任に傍観するのはおもしろい、が、このおもしろがりかたは我ながら下品。つまるところこの日記は「0078年の一年戦争のアムロ=レイ」「2015年の人類補完計画の碇シンジ」「2003年のエロゲー業界の田中太郎(偽名)氏」という観点において興味深いのだ。田中太郎(偽名)氏と碇シンジとアムロ=レイでは誰が最も過酷な状況に居るのか比較できるようなものではないが、少なくとも田中氏のケースが最も現実に近いのは間違いない(叩きつけられるなにかはあまりないだろうが、染みてくるなにかは最も大きいだろうと予想できる)。
「完結」まで日記が続くのかどうかもわからないし、というか明日いきなり日記自体なくなってたりとか、またはいろいろすったもんだしてグダグダになる可能性だってあるよなと思いつつ、田中太郎(偽名)氏の今後はそれなりに気になる。
一応おれはネット上のだいだいの日記について、
などの場合もありうると想定して読んでいるが、この日記はどうなのかな、はてなダイアリーは利用規約上「自分の日記」以外のことを書けるようにはあんまりなっていないような気もするけどまあ。「私は日記でその日創作した文章を書くのが趣味なのです」とか言ってしまえば世間様に申し訳の立つ範囲でならそれなりに好き勝手やれそうな気も。
昨日、今日と、WTM第5シリーズをわしっと10個掴んできた。一昨日と合わせて30個目。
ポルシェティーガー(プロトタイプ)が多めに出ており残念なかんじ。いやこれはあんまし欲しくないんですよ。メリケンのハーフトラックは何個か出たけどドイツのハーフトラックはまだ1個だけ。
ジュンク堂ってたまにへんな女学生が居るよな。友人に朗々と謳うようにマリみてのプロットを説明してたりとかする。これが男だったらそんなものは単に痛いだけなんだけどそういうひとの場合わりとまあなんかそれはそれで一応サマにはなっているような気がするので不思議。明らかに訓練されていない生身の音楽性のようなものが辛うじて感じられるから成立しているのだろうか。
傍から見ると異様なんだけどそれを言い出したらもともと女学生なんていうものはだいたいどれも異様だ。一見異様に見えるわりによくよく見れば大抵普通なオタとは逆。
「ギャロゲー」て「ギャルゲー」の誤字かと思ってたんだけど、さっき気付いた、「ギャルゲー+エロゲー」か。
この週末。
第5シリーズ、はじまる。
いつのまにかWTMの第5シリーズが発売されていたのだった。
今日セブンイレブンに行ったとき発見したのでとりあえずワシっと10個ほど掴んでくる。
シークレットでたー。ヴィットマンティーガーのスペシャルマーキングでした。
今回のシリーズだとおれ的なアタリは独米のハーフトラックだな。これ好きなんよ形がなんとなく。
いい映像。快眠。
「鳥の視点で鳥を撮る」とゆー技法を開発したのでそれだけで映画一本分撮りまくりました!というだけの映像、といえばそうなんだけどとにかくなにもかも美しい。α汁が出まくるので見てると寝る寝る。ダラ外の攻略LD(ミニドラマのゲーセンのシーンでOGR氏が登場する「た・と・え・ば、UFOだよ」のあれ)なみの快眠率。うーむ、これいいな。
DVDをSさんから借りたんだけど自分で買ってもいいかもしれない。
m@stervision氏による作品の詳細。
リベリオン。意味的には原題のほうがかっくいいんだけどなぜだかついた邦題がリベリオン。
「アクションものはヒーローのヒロイックさを前面に出さなければ売れない」みたいな判断とかがあったのかな。MさんにDVD借りてこないだ見たまま感想メモってなくて、そろそろ忘れそうでやばいので今から書く。
おもしろくて好きで、大変よいが、やはり小品感は拭えない。が、それがまたよくてオタ心をくすぐる。
この映画のよさも残念さもなにもかも「低予算」という一言に収束していくかんじ(べつにバッドニュアンスではなく)。完全に安いわけではないけどもまあアクション映画としては大作になれないレベルの予算なんだろうなというかんじで、提示した世界に対してかなり多くのことを枠内に描くことができないと判断され、そこでふつうのひとなら金がないなりに下手にがんばって玉砕するところをこの映画のスタッフはオタだったのでオタちっくな「低予算でも選択と制限と雰囲気感に落とし込むことでそれを気にさせない」方向でまとめる巧妙さがあったのだろう。「オタっぽい仕事」というかそうじゃなくて「大人の仕事」というやつなのかもしれないけども。
悪い意味ではなく、この映画はほとんど屋内劇だ。
ロングのシーンとかほとんどない。広ーい空間とか出てこない(一応それに近いカットはありはするんだけど、いまひとつ迫力というかスケールが足りないというか、たぶんわざと開放感を描くようには撮ってない)。組めるセットの問題もあるだろうけどそれよりなによりこの作品世界に対してこの「世界の狭さ」というか閉塞感は納得できる感覚なのでそれでよし、だが、やっぱりちょっと窮屈な気分になってしまうのはまた事実。白黒映画をずっと見ていると同じ時間だけカラー映画を見ているより疲れる、という種類の疲労とはちょっと違うけども、たまに広いところに出て息抜きさせてあげないとトンネルの中ばかりではやっぱりほら。
悪い意味ではなく、この映画のカメラ演出は非常にシンボリックだ。
まるで「よくできた」アニメ(たとえば「劇場版美少女戦士セーラームンR」「少女革命ウテナ」等の幾原作品)のように一画面内にわかりやすい象徴的要素が配置され、シーンごとカットごとに状況にさまざまな意味や解釈を与える。もっとわかりやすく言うとリベリオンは「凝ったカットが多い映画」だ。「アップが多い映画」でもある。世界の狭さにも通じるけど、もっと細かくカメラ位置の制約やセットのディテールの問題などからもそうなっているんだろうと思われる。で、まあ、それってアニオタ的には見慣れた手法のひとつだしそういうのはそういうのでわりと好きだからいいんだけど、でもまあやっぱり全編この調子だとこれまたやっぱり疲れるよなというのも。
なんというか、なんも考えなく単にこう見せると綺麗だから撮りましたみたいなカットとかがもうちょっと幅を利かせてたほうが、肩の力を抜くタイミングが計れて気楽に見れるんじゃないかなというか。
多少職人的な芸に寄ったかんじはあるけどもやはり一流の仕事だこれは。マイナーならマイナーなりの戦い方勝ち方を知っている。ウチとこの業界が連綿と培ってきたノウハウは、メジャーな作品しかおもしろくできないような未熟なものじゃねえんだよこのやろうみたいなあれ。
オタ街道を突っ走って好きなひとしかついてこれないような狭い境地まではいってしまわず、わりとちゃんとふつうのひとの視線を受け容れるバランス感覚もある。オタがオタの眼で細かく見ればつっこみどころとかあるんだけど、それはむしろ狭い完全さよりも粗いわかりやすさを優先させる丁寧な努力。お国は違うが「ブラッディマロリー」とかとも近い感覚がありそう(あれもあからさまにパロディというかオタカルチャーリスペクトな映画だったけど、しかし「はっきりそれとわかるパクリ」などというような下品な部分がなく、アホまるだしだけどこれはこれとして一流と感じることのできる映画だった)。
ストーリーやシーンの解釈等は省略。
細かい演技表現がガイジン映画にしては冴えている。情感と「指で触れる」の絡みかたとかそういう表現もおいしかった(ちょっと「盲獣」おもいだしたよ江戸川乱歩の)。計算された色の設計も、設計されすぎていていやみな気分もあったがまあ統一されていて美しい。
最後のカットのあの主人公の表情とか、うまいなーと思った。あの表情をもってこの映画は「残念なA級」を放棄して「美しいB級」として完成したような気がする。グッドエンド/バッドエンドどちらとも解釈できる。なぜだかどこだかマッドマックスを連想した(どっちかっていうと遊星からの物体X系のオチともいえるのかもしれないけどあれとはさすがにクラスが違うかんじだし)、なにか制作者のひとの映画に懸ける気分のようなものが、おれには近しく感じられたのかもしれない。そうだな、なんとなくオーストラリア的な感性が根っこにあるような映画に思える。
いろいろあった気がするけど忘れるのでメモ。
すでに買ったもの。
まだ買っていないもの。
PS2「モジブリボン」を使って、自アンでおなじみ「なぜオタ箱」の箱題ラップをつくってみた。
曲はノリのよさげなステージ2「したく石」を使用。
最初は日本国憲法前文でも入力して練習しようかと思ったが、のっけから「日本国」を「にっぽんこく」と読むか「にほんこく」と読むかで悩んだのでやめ。どうせならいきなり本番だぜゲームなんだし。かませいっぱつ人生はプゲラファック!

NAZEOTA_Anytime-Anywhere.mp3 / 2.92MB
古今東西 オタまみれ
はしゃいで 煽って 顔真っ赤
ボンクラサイトに 昨日も 今日も
集った俺たち はしゃぎすぎ
今日のなぜオタ
なぜオタは待ちの恋愛ですか?
なぜオタは架空キャラを嫁にしたがりますか?
なぜオタは合コンでダンマリですか?
なぜオタの注文は来ませんか?
なぜオタは自分自身を軽量化しませんか?
なぜオタはなぜオタは開封を帰宅まで待てませんか?
なぜオタは班分けで一人余りますか?
なぜオタは毎晩一億匹を無駄死にさせますか?
なぜオタは深く静かに潜航しますか?
なぜオタがいに傷付けあいますか?
なぜオタはキーボードを強く叩きますか?
なぜオタは有名人の知り合いが多いですか?
なぜオタはコミケスタッフになると強気ですか?
なぜオタは話を聞くとき腕組みですか?
なぜオタは「お兄ちゃん」と聞くと振り返りますか?
なぜオタは昨日と同じ服を着ていますか?
なぜオタは常にマジレスですか?
なぜオタは業界アナリスト気取りですか?
なぜオタは食べたパンの枚数を覚えていますか?
なぜオタは蹂躙されて黙っていますか?
なぜオタは金木犀の香りと共に登場しますか?
なぜオタは存在自体が癒し系ですか?
なぜオタはフラグを見逃しますか?
なぜオタの想いは次元の壁を超えますか?
ボンクラサイトに 昨日も 今日も
集った俺たち 実は全員スクリプト
オタ箱はご遠慮ください
ヘッダとフッタをつけて、数あるなぜオタ箱の中からてきとーーーーに抽出した箱題を羅列。
リリックもくそもない詞になってしまったのでラップというかラップじゃないというか。
ライムもスキルもこれから身につけるのさきっとたぶん。
「なぜオタは狩りもせず壁画に萌えますか?」とか是非入れたかったんだけど(まあ正確にいえばこれは箱題じゃなくて「もし原始時代に自アンがあったら…」箱中の項題のひとつ(だったと思う)なのだが)、いまいち発声したときのインパクトが弱かったので削除。
次は自由にやってみるかなあ。おれのあたまで考えてもライムっていうか駄洒落になりそうだけども。いや和風だからそれでいいのか。猫が寝込んだー。
ああ、早口言葉とかもいいかな。隣の柿はよく客食う柿だとか。
scene.research.stationで紹介されていた「こ〜こはど〜この箱庭じゃ?」がおもしろかった。
そういえばむかーし自アンで「五反田の発車メロディは良い」みたいな票があったなーと思いつつ検索したら俺ニュースのアーカイブ経由で発見。
自分の部屋の中なのに、なんかホームに立ってる気分になってしまった。
このアドレスメモっとけば世界中どこからでも山手線のホームに立てるよ。
自アン語「うえ〜ん、しこしこ」は2002年の (4月19日(金)19時08分32秒) に生まれたようです。たまたまログ保存していた。snog自アンは確か標準時から数秒ズレていたようなきがするので、完全な記録ではないかもしれない。
あと、「ウエーン、シコシコ」でも「うぇーん、シコシコ」でもなく「うえ〜ん、しこしこ」でした。間違って覚えていたおれも。
風邪ひいて寝込んでるとき、インターネット地図的なあれで、「現在風邪をひいてるひとの日記のページ」の分布状況がわかるサービスとかあったらちょっとうれしいかもしれないと思った。感染経路とまったく関係ない経路図というか。知ってどうするってことでもないけど。というか風邪ひいて寝込んでたら日記更新されないだろうから見てもしょうがないんだけど。
モジブリボン遊んでて、そういえば、はてなダイアリ方面の人々はモジブリボンどんなかんじなのかねーと思って調べてみたら、
現時点ではてなダイアリ辞書に「モジブリボン」の項目はなかった。おや。
はてなユーザはモジブリボンを遊ばないひとか(というかわざわざ辞書登録を利用するようなアクティブなユーザの中にはすくなくとも居ないか)。なんか数人くらいがすごくはまってるとかそういう予想をしていたのでちょっと意外。そのほか関連してそうな単語の登録状況などをみても、「単にまだ発売から日が浅いので誰も登録してないだけ」では、ないようなかんじか?ゲーオタ的な文脈の(開発スタッフの流れでタイトルを追う)引き方だけで判定を出すのは早計ってものだけども一応。
ならばと、
から引いてみても情報なし。うーむ。
おかしいなあ、「六本木ヒルズ」とか「青山ブックセンター」とかが登録されている辞書からなら、「モジブリボン」に対してもなんかそのおれとかとは違った方面からのアプローチをしている日記へのリンクがあるかなと思ってたんだけど(すごい偏見)。
一発目(パラッパ)のインパクトをそのときに評価して、その派生で七音社も登録されたけど、でもだからといってその後を追っかけたりとかはしないというかんじなのか。いはゆるところのオタっぽさのない生き方暮らし方みたいな。ことばあそび好きそうなユーザは多そうな印象ではあるんだけどなあ。文字通りに「ことばであそびをする」とまではいかないのかな。つーかやっぱしゲームは所詮傍流に過ぎないか。
なんとなく感じている「はてなダイアリ辞書っぽさ」と容易に合致してしまうかんじの調査結果ではある(容易すぎてあやしい)。今後評価される可能性のあるものを掘りに行ってきて「こんなんあったぜー」とバンバンやっちゃうやりかたより、評価されたムードを解釈して「これっていいよね」とやんわり共有しあうかんじの。新しさに対する感性は持ってるけど先端のさきっぽまで行くつもりとかはなくて、1/4〜2/3歩くらいを先取りすることを楽しむというか。毎日を上手に消費していくことをかっこよしとするモデルとか(?)。たまたま方向性が近いかもしれないってだけで、いきなりこの線を直結してしまうのはあれだけどもまあ。
共有辞書の性格上、(解釈を排し誤解を産みようのない事実の羅列のみになっていく流れと同様に、「この単語登録しようかな」の判断でも)漠然とそういう雰囲気を持っていかないと論争や喧嘩が誘発される可能性があるのかもしれないので(さきっぽに近づくほど価値付けや意味付けのばらけ具合が広がっていく)演繹帰納双方から避けられて現在に至るみたいな可能性もあるか。あんまおっかけてないから実情のことはわからないけども。
風邪で寝込んでいたのでPGR2全然やってなかったので、さっき見てみたら、あー、ランキングが500位台まで落ちていた。ぬおー、持ち直したいが、きつい。
最下位(=Liveランキング参加者総数)は35,005人。ぬー、おれはPGR2なんてものはXBOXのキラータイトルのひとつだろと思ってるのでPGR2ランキング参加者総数最低10万人くらいは居てもよさそうなもんだと思ってるんだけどな、世界のひとはあんまそう思ってないのかなあ。ていうかやっぱXBOXユーザの中でLiveに接続できるひとが思ったより少ないのか。高速回線とクレジットカードさえ持ってれば手続きアホみたいに簡単なんだけど(本体にLANケーブルぶっさして画面の指示見ながら必要事項を入力するだけ)、クレジットカードと高速回線っていう時点でかなり選民思想なのかやはり。
「モジブリボン」、一応クリアできるものは全部クリアしたはず。テンプレは一旦編集画面に入ってなにもしないでそのまま保存してプレイ(テンプレがテンプレとして出来がいいので編集しないで遊んでおきたいっていうか)。一周したら出てくる外伝とかもひととおり。ストーリーは、さすがはいとうせいこう氏という大感動のオチ。
現在十段。で、エディットに夢中。なかなかむずかしいわい。リリックてやつがぜんぜんおもいつかないよやはりここいらへんで文才っていうものが。独特の入力系にも一応慣れて、これはこれでこの入力感もゲーム体験のひとつだから平易な方法を検討しなくてもいいかなと思いつつ、ガスガス作詞するならやっぱしUSBキーボードはあったほうがいいかなとかちょっと悩み。
こうしたゲーを遊んだあとの、独特のパラダイムシフトも楽しい。
あのあれ、JSR遊んだあとに散歩してると電線とか手すりとか全部グラインドできるような気がするとか、ジャンピングフラッシュ遊んだあと散歩してるとなんとなーく3階くらいの高さまでならジャンプして届きそうな気がするとかそういう。モジブリボンの場合はこうだ、「モジブリボンはどんな文字でもゲームにしちゃう」→「モジブリボン以外のあらゆる文字がラップに見える」。
あとPS2でモジブリボンネットに接続すれば開発者のひとの新巻がDLできたりプレイヤの作った巻をDLできたりする(もちろん自分が作った巻節をULすることもできるし、メールで特定個人と交換することも可能)ようなので、つなげるとさらにしあわせだなあとか思いながら、しかし、いや違う。おれはモジブリボンネットに接続しないモジブリボンプレイヤになるのだ。
どんな文字でもゲームにしちゃうという根源的なスペックがあれば、モジブリボン規格のファイルを交換できるというモジブリボンネットのプラス面などはいらない。ようするにモジブリボンはスタンドアロンであっても日本語を介して自動的に世界とつながっている。このうえさらにPS2を介した接続が必要などということはない。
まあ単に金がもったいないとか手間がめんどくさいとかいう判断なんだけど言い方変えればそういうこと。
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20031009/moji.htmをメモ。
モジブリボンのスクリーンショットとかイベントの写真とかなんとかいろいろ載ってる。
ゲームといえば、ABA氏新作「PARSEC47」が先日公開された。速いSTGは苦手だけども遅いSTGが得意かっていうとそうでもないんだし、第一この上がりっぱなりの難度曲線に速攻置いていかれる残酷さはまさしく現実の壁そのもので実にすがすがしい。
ゲームといえば、ゲアンの「ゲーム日記箱」の「ゆめりあ」項がたいへんおもしろいのでおすすめ。ぼんくらゲーム日記かくあるべし。
今日街を歩いていたら、ロシア語(?)でくっちゃべりながら記念写真撮りまくってる女子二人組を発見。で、そういえばt.A.T.uが現在訪日中だったなあと思い出した。コンサートチケットが売れてないというニュースを見てちょっと行きたい気分になってたんだけど、結局行かなかったなあ。コンサートは今日と明日だ。
Heaven Force Hurricaneで取り上げていた「ZOO KEEPER」というshockwaveゲーがたいへんよかったのでGBA「ZOOO」を買ってきた。
適当にどうぶつを縦横3つ揃えてひたすら消すだけのかんたんゲー。
一見パネポンルールかとおもったがあれほど複雑でなく、それぞれのどうぶつは十字方向1マスまでしか移動させられない。ランダムゆえに運にも左右されやすく、また当然予想されるハマリ(クリア不能状態)には状況をリセットするフィーチャーで対処している。いろんな意味で「じっくり調整」というよりは「さくっと見切った」かんじのゲーム。
わりと天井の低い自由度でサクサク遊ぶこの感覚は、ワンダースワン(WS)「GUNPEY」と似た方向かもしれない(あれほどの出来ではないかんじだけど)。プレイアビリティが十分な環境ではこの天井の低さはひっかかりになるんだけど、必ずしプレイアビリティがよいとはいえない環境では、これくらいの割り切りのほうが効果的な場合がある(GUNPEYにはWS版だけじゃなくてPS版とかもあるんだけどPS版やってるとなんとなーく眠くて、WSの不自由な環境のほうが妙におもしろく遊べるとか、そんなかんじで)。たとえば携帯ゲーム機や、webゲームなど。
「ZOO KEEPER」と「ZOOO」は、ひとつのルール(ゲーム)をその2つの分野に落とし込んでかなりうまくいっている例と言えるんじゃないかなと思う。
あーでもGBA版買ってきてひとつ残念なことがあった。
GBA版だとweb版には居るあの横暴園長が居ないんですよ。死んだときボロカスに言われるのもweb版でしめた味のひとつだったので。あのセンスいいよな。調子乗ってるときの任天堂ゲーとかそういった風情がある。むー。まあGBA版で死んだときは脳内で「よゆうでクビ!」とか言われたことにしておきます。
http://www.pixelgirlpresents.com/desktops.htmlをメモ。よさげ壁紙たくさん。
本日だか昨日だか最近だかに公開されたという「バーチャファイター」公式サイト。
セガの名前で作られるこういったターゲットのゲームて、一様にアニメ「カニパン」(←あんま覚えてるひと少ないかもしれないけど「カウボーイビバップ」が地上波放送されたときの後番だったような気が)の匂いがする気がするんだけど一緒のひとなのかな?セガガガといい。
暴君ハバネロを食った。特にどうという感想なし。
あーそういえばマリみての最新刊とか読んでみないとな。
あと最近自アン+で、「ByBEST女」氏の箱コメントがふつうにおもしろいかんじになってきたので困った。最初はなんか空回りしてるネタだなあと思ってたんだけど、だんだんキャラがつかめてきたのかギアが合ってきたのか。兄キュ氏の後継との呼び声まである。
たとえばこんなかんじ。
で、私がネカマだと何か問題あるわけ?
つーか実生活で女に触れたことのないテメェ等にリアルとフェイクの区別がつくわけねーじゃん!
嘲笑と煙草の煙が混じり合った息を貴様のオタッ面にプハーだよ!ぎゃははー笑えるー!でも笑えるのと同じぐらい泣けるー!
全年齢版なのにこんなに泣ける要素満載のオマエラの人生は一部マニアの間で伝説となるらしいぜ?
だいたい、そんなに必死で童貞守ってんのは何でだ?あれか?童貞守ると念能力が強まるのか?制約と誓約か?ゲラゲラ!お腹イターイ!産まれるー!
そんなことしなくても貴様の顔は特質系だよバーカ!!
じゃあ、アンケートは自アンにネカマが居たら困ること、でお願いするわね!ボケ!
byBEST女
というかだんだんこの文章をおもしろがれるのは、日々ByBEST女氏の箱コメントを読み流してきた自アン民だけのような気がしてきた。ふつうのひとにとってはおもしろくもなんともない(というかまず意味がわからない)不快な文章かもしれない。自アンネタは(まあ似たようなコミュニティならだいたいそうだろうけども)もともとそうした傾向が強いし。ちょっと冷静になった。
それはそれとしても、初期からの箱コメントログをまとめて読んでみたいなあ。
別のところで話題に上がっていた「byエロホール八分咲」という署名も、署名自体がすごく気になる。ストーリー性を感じさせるもののそのストーリーがまったく推測できないという、ただそれだけのインパクトなんだけど。でも1回見たあとは見かけないので、べつに継続して活動するようなあれではなかったのかな。というかあの署名が続くとどんどんネタ的に苦しくなっていくかんじがするからそれはそれで正解な気も。
もうひとつ、自アン+で知った「ぱえりあ」というweb漫画がおもしろかった。
モジブリボンのエディット関係。
であそび中。ストーリーはあと2ステージ。海底3万マイルステージで1回詰まったんだけど、そのあと死ににくいプレイ方法がわかって、なかなかいいかんじになってきた。あとは遊んでて右親指が痛くならないくらいに、力抜いてプレイできるようになれば掴めたかんじかな。
それはそれとしてしかしやっぱりPS2パッドは握りづらい。ゲームおもしろいのにつらいですよ。というかおれ的にどうやっても「固定したことにならない」構造になっていて持つのが大変。白熱してくるとズリっと手の中でズレて支持がはずれてしまう。けっきょく「なんにもボタン押してない状態」で最もバランスの取れるようなデザインになってるんじゃないのかな。このコントローラはおれがボタンを押すのを拒んでるよ。
ボタン押してる状態でこそ安定するような設計じゃないとゲームコントローラとはいえない気が。