最近買ったもの関係のまとめのドラフト。
森薫&村上リコ「エマ ヴィクトリアンガイド」。
おれはエマは単行本をひとから借りて読むひとであり、副読本的な存在だけ自分で買うというのはいかがなものかと思いながら、でもそれはそれとしておれはたとえば「河童が覗いたヨーロッパ」とかああいったかんじのものが好きなひとでもあるのでなんとなく買ってみたのだった。
この本をパラパラと眺めるという行為は、おれの中で、ベトナム戦争当時の米軍とかオーストラリア軍とかの密林戦マニュアル本とかをパラパラと眺めている感覚に非常に近い。あれは高校時代のことだった。戦時ベトナムとヴィクトリア朝イギリスじゃ随分違うかんじはするけど、階級とか役割分担とか、なんでそういう仕組みになってるのかの解説や考察など、本の構造自体が似ているからかな。
PS2「モジブリボン」。
モジブリとモジコの右アナログスティック一本だけ使った素敵冒険。ゲームに集中していると音楽に乗れないのはパラッパラッパーと一緒だ(まあ勘をつかめていないだけかもしれない。そのへん考えるとのっけから乗れる「Rez」の出来は異常なのだなあとつくづく思う)、が、しかし、たのしい!まっすぐでかっこいいパラッパのよさをそのままに、あれとは違った素直さでワクワクさせてくれるゲームだ。
初回プレイは己の感性に従い、かっこいいシャウトは「もょもと」、おまじないことばは「亀甲縛り(きっこうしばり)」に設定。2回目からは「プゲラファック」とか入れてみる予定。PGR2が忙しいので、まだ10面くらいまでしか進めてない。どちらかというとクリアは前提で、エディットとかしまくりだしてからがゲーム開始なのかなあ。
水墨画風シェーダ(?)は、どちらかといえばレイフォースのホーミングレーザーの描画方式を発展させたかんじに見える(パターンをいっぱい持っててそれを組み合わせる方式であるかのように)。もちろんつなぎや変形とかなめらかだけど。
あと、モジブリの顔のパーツが「.txt」でできていることに気付くまでにしばらくかかった。
┏┫●皿●┣凸 (.t x t )
桜場コハル「今日の5の2」。
やっぱり買っちまってるよプゲラファック!サンキューベリファッキンマッチ!
おれがこの漫画を買うべきじゃないのはわかっていることだったのに。514円(税別)払って、繊維とインクと石とその他諸々の集合体であるところの本1冊をふしあわせにしてしまった。彼(彼女)の性能を真に発揮する機会は、おれがこれを所有している限りない。因業にひきずられているなあ。だけどまあ、だいたいそろそろこの「保留の買いもの」の周期は去ったかんじなので、またしばらくは安定した対本関係をやりなおせそうなかんじ。
PGR2、どうにかこうにかLiveランキングで累計200位台をキープ。
たぶん朝には300位台に落ちてるんだろうなあ。ほっといたらズルズルと落ちていくのであーランク戻すかと思いつつ触ってしまう。おれがMMORPGに魅力を感じない人間でよかった。セッション単位で殺伐と遊ぶだけだからどうにかなっている。これでもし切れ目がなかったら、廃人の部屋へとつながっている扉に鍵が掛かっていないということになる。
来週からは「Liveは1日1時間!」の規則を設ける予定。遊ぶとき目覚まし時計とか置いて。
先日Iさんとひさびさに話したんだけど、そのとき見せてもらった「Secret Waltz」というムービーがちょっと興味深かった。
技法や演出自体それほど洗練されたものではないし、目新しくもないんだけど、「あーこういうの好きなんすねー」というかんじが非常によく伝わってくる、というかたぶん作業してる途中においてはあんまり好きとかそういうんじゃなくてひたすら指動かしてましたみたいなそんなかんじかもしれないっていうか、そのへんのあれは実際にどうであっても問題なく、手癖だけで好きなこときもちいいこと適当にあつめてでっちあげましたよこの野郎的な。唯一本という風のものではないので、毛色としては上映会向けか。Gさんとかこういうの好きそう。
もうひとつポイントがあって、このムービー、作法自体は静止画系のものなんだけどソースが主に動画なんだよね。動画系のひとで静止画系のノウハウを取り入れてる例は見たことがあったけど、静止画系のひとがこう本格的に(まともな尺で)動画を取り入れてる例ってあんまり見たことがなかったのでそのへんが珍しげだった。
世間は動いてるし、流れは進んでないけど、ひとはいろいろ混じったりがんばってりしてるんだなあと思った。
うーむ。
このスケールで対比したらおれのサイズどのくらいになるんだろうなー、とかおもいながら眺めていると、ちょっと宇宙的な気分になれる。というか木星の大赤斑なんてあれだけで地球2個ぶんくらいあるんだよな。日本列島いくつぶんだ。東京ドームでは?まあ1pixelより小さいのは間違いない。
火星のほうはテクスチャの詳細度がいい具合なのでヘジモニアとかホームワールドとかそういった気分。
今日なんとなく調べてみたらコナミの代表電話番号の下4桁は0573だということがわかった。うひょ。
じゃあナムコは0765か?と思って調べてみたが、わからず。
じゃあセガは5364かな…(←厨房読みで「SEGA」)。
煙草吸ってたらふと三条友実先生が栄華を誇っていた時代あたりの、泡沫ひょうきんエロ劇画がむしょうに読みたくなった。けど缶ジュース一本ぶんくらいまでしか金を払うつもりがない。うー、こういうとき出版社とかがバラ売りのPDF直販とかやってくれてるとうれしいんだけど。
ぼーっとなにがどうということもなく考えていたら、ふとなんでまた人類が生きているのかわからなくなって困ったが、こういう袋小路に行き着く考え方は根本から誤りなのでやめた。
理由を言語化できないだけなら、おれのあたまの解像度の問題だ。もともと理由がないなら、そこに理由を求めるのは現実的でない(=理由という幻想に頼った生き方がヘボいというだけのこと)。そのどちらなのかおれが判断するのは原理的に不可能。
自転車を新調。
骨折してから1/4年ほど乗っていなかった計算か。ひさびさに乗る自転車はきもちがいい。やっぱり暮らしというものはこうあるべきだ。とはいえまだちょっと腕が痛い。慎重に乗らなければ。はやく回復して遠出をしたいなあ。
とにかく最近考えたり思ったりしていることが散漫にまとまらず日記するに至らない境界線上で踊っているかんじで困る。ゲームが忙しいから日記する時間がないというのもあるが、体調や体力や精神力が低調なのも問題だ。妄想のためのテンションを維持することができない。それでいながら、いつにも増していろんなことが浮かんで消える。たくさんわかったような気になって、どんどん忘れていく。いかん。これはいけない。結局おれは言語でしか自分の考えたことを自覚することができないんだから、「意識を担当するおれ」の立場でいえば言語化できないことを、おれがわかったというのは誤りだ。勘違いというか、誤解のうえに理解や経験をのっけてしまう危険のある状態。自覚していながら犯してしまう犯罪。青年恥多く中年罪多し。ろくでもない。言語化しなければ溢れて祟り神になる。ダークフォースの重力井戸など御免だ。
順番に片付けていこう。
そういえばふともう最近ネットで「(゚д゚)ウマー」をあまりみかけなくなったなと思った。
オタは時間に干渉する。
あたりまえの尺度で流れていく時間に干渉し、事象の消費を場合によって大幅に遅らせる能力を持っている。ひとつの作品について延々と思い語る。ひとつのゲームを延々と何度でも遊ぶ。第1次大戦当時の欧州を、まるでそこに住んでいたかのように話し、20年前のアニメを、昨日放映されたアニメと同列に語る。時間と空間を解体して、概念上で並べてみせる。ゆえにオタの視線の先には永遠がある。永遠の世界に消費はない。
しかしオタはまた人間でもある。
「昔はよかった」「最近の漫画はつまらない」。人類が何度となく繰り返した台詞をオタもまた口にする。オタは老化する。オタといえども容易に過去を消費してしまう。オタ能力は意識上にのみ機能し、無意識下やそれ以外の領域にまでは干渉しえないからだ(つまりオタは「それ」を意識し続けている間だけ、「その時間」の進行を極端に遅らせることのできる人間といえる)。それはオタの限界であり、またそれは人類のそうした性質だろう。不老でも不死でもなく、交配して数を増やし多様化し個体の生死を繰り返して続く種だ。ゆえにオタは永遠を知りつつ自身を永続させることができない。
体調がヤンキー化。ようするに風邪をひいている。現在進行中。
薬と風邪が戦っていて、よくなってるのか悪くなってるのかわからない。
風邪がおれの前頭葉のあたりにたむろしてシンナーとかガス缶とか吸ってるかんじ。それとくしゃみはなみず。やめろ歯が溶けて真っ黒になる前に。頭が痛い。夜中コンビニに小銭握ってビニール袋補充しにいったりとかしている風邪のイメージ。べつにどんな暮らしをしても風邪の勝手だし知ったことではないが、おれの脳内でそれをやるなあたまいてえんだおれは。
風邪の原因のひとつははっきりしていて、いまだにおれがサンダル履きで生活しているからだ。どうにも秋口から現在までにかけて、サンダルから靴に履き替えるタイミングを見出せないままズルズルきてしまった。このまま見出せないなら春までサンダルかもしれない。そんなことではいけないので、今日こそはと思いつつ、しかし朝家を出る瞬間にはコロっと忘れていて、しばらく歩いて「あー」と思ってしかしもうめんどくさいから「まあ明日でいいか」とまた保留してしまうかもしれない。なにをやっている。
PGR2はLiveのトータルランキングで現在600位台。数日寝ないで遊ぶとかすれば、かなり上位に食い込めるかんじだ。英語だか何語だかわからないガイジン厨房の罵倒語などを延々と浴びながら走っているとむしょうに楽しい。ホスト役もできるようになっておかないとよさげなセッションが見当たらなかったときにアレだけど、でもまあその前にシングルプレイもそれなりに埋めてコース(や車)も出しておかないとあれだしな。時間配分が悩ましい。
おれの場合は、このゲームはわりと中クラス程度の車でそこそこ狭いコースをちまちま回るのが一番たのしいんじゃないかなあと思ってるので、ガイジンのハイクラス嗜好にはいまいちついていけないことがあるですたい。
URLメモ関係。
「きょうのごのに」という名前の漫画の具合がネット受けしやすいかんじであれだよーという話をちょくちょく耳にしつつ、へーまああれっすか「苺ましまろ」の親戚筋とかそういうかんじの漫画なのかなーと思っていたんだけども、しかしおれ自身はちっとも「きょうのごのに」という漫画についての記述に巡り合わなかったので、今日まで結局その「きょうのごのに」という漫画の作者のひとの名前や出版社はおろか、たとえば「きょう」が漢字なのかひらがななのか、「ごのに」がひらがななのか漢字なのかアラビア数字なのかもわかっていなかったんだけど、さっき判明した。これだ。桜場コハル「今日の5の2」。ネットにある情報と「世間話上でのネットの話題」を並行しているときにありがちな会話ネタのスリップストリーム現象。
で、まあ、その「今日の5の2」を読んでみるつもりは今後もないんだけども、しかし「今日の5の2」と聞いて桑田乃梨子「月刊1年2組」をひさしぶりに読みたくなったので最近探していたんだけど、ない。「卓球戦隊ピンポン5」すらみつからない。結局最近在庫のある桑田乃梨子氏の漫画を適当につまんで買った。違う。そういう金の使い方をしたかったわけじゃなくて、というか今回は金を使いたいから使ったわけじゃなくて、それは手段でしかなくて、しかし結局あるものを適当に買うというのは目的がかなわないから手段で代償行為をしているだけで、まったくだめだ。単に金が減って持ち物が増えただけ。どっちも悪い。糞だ。
というか最近の本屋は、たとえば桑田乃梨子氏や伊藤伸平氏とかそういう、コマの内側と外側に微妙な「間」のあるようなかんじの漫画を描くひとなどへの理解が不足しているかんじで不満だ。それとも単にこれが噂に聞く「最近の本屋はいろんな事情から新刊本をガスガス入れ替えることでやっていくので手一杯でうんたらかんたら」みたいなあれなのかなあ。というか順当に時代に沿って新しい漫画を求めていれば不満にならないはずだからこれはおれの時間と世間の時間のズレが勘の鈍いおれにさえいよいよ感じられるようになってきてしまった(=おっさん度が深まってきてしまった)ということか。
思い出に囲まれて老化していくなんて糞だと、なるべく長い期間思い続けていたいんだけどなあ。
ここ数日カレーばかり食った印象。
会社の近くにいつのまにかできていたカレー屋を試してみたり、ふとっちょマリオとゴツいルイージみたいなインド人二人組がやってる池袋西口のカレー屋を紹介されて食ってみたらなかなかいけたり、ふつうに松屋とかココ壱とかで食うこともあったし、弁当屋のカレーも食ってるし。
あとTに連れられて下北沢のスープカレー屋にも行った。
スープカレー屋は、カレー屋というか唐辛子ラーメンから麺を抜いて黄色いごはんをつけたようなかんじの食いもので、北海道のひとがやってるお店だとのこと。具のゴロゴロ感とか、腹からあっためましょうみたいな仕組みが、あー確かに北海道って言われると納得だなあというかんじだ。「とても辛い」っていうのが売りのひとつのようなんだけど、辛さの帯域があんまり広くないかんじだったので(唐辛子なら唐辛子系でまとめてあって刺激される範囲が多岐にわたらないかんじ)、これはあまり辛さの上限を上げても楽しくないかなあと思った。「首からうえのあらゆる部位からへんな汗が出ます!」みたいな辛さだったら、魅力なんだけど、この辛さだと汗の出る部位は決まってるので、うーむ。そういうのはインド人でないとむつかしいか。
あとは店の(「波動」とか「空間プロデューサ」みたいな単語と相性のよさそうな)雰囲気などみながら、北海道のひとの全般的な気質というわけではないと思うけど、それはそれとしてなんとなく感じられる「おおまかにまっすぐで素朴なよさがあり、隣人愛に富み、しかしワキが甘いのでつっこまれると崩れやすい」みたいな特性を、下北沢の(これまた微妙としかいいようのない)土地柄にのっけていくと、こんなふうになるのかというか、これはこれで案外しあわせなケースといえるのかもしれないなあと思った。
(なにかがカタチになるまでの期間に批評的他者があんまり介在していない場合が多いという点では、このへんの気質は沖縄のひととも共通する部分がありそうだけど、「沖縄のひとに感じるスケール感」と「北海道のひとに感じるスケール感」はまたしかし全然違う。緯度の差ってやつなのか)。
この週末は「東京ゴッドファーザーズ」をズルズルと見逃した印象。
Kさんから「もうやってますよ」と言われて、あーしまったと土曜にシネリーブルに行ってみたらどうもやってない様子で、あれーと思いつつテアトルに行ったら「本日オールナイトでトークライブもあります」みたいな紙が貼ってあって、いやーべつにそのー作ったひとをみたり話を聞いたりしたいわけじゃないんだただ単に上映時間ぶん映像見たいだけなんだーとか思いながらスルーして翌日、下北沢に行った帰りに新宿でも池袋でもやってるんだからどっちかで見て帰るかと思ってたら街で買い物とかしてるうちに最後の上映時間まであと10分みたいな時間になってしまい、走ればたぶん間に合うけどもういいかという気分に。
で、今日は今日で「行くかなー」とか思いながらも昨夜からずーっと遊び続けているPGR2をやめるタイミングを見出すことができずにきてしまっており、そしてまた微妙な時間に飯の約束をしてしまったのでどのみち無理。やっぱ平日に仕事終わってから見ることにしよう、そうしよう。東京に初雪が降るまで待ってもいい。
ところで、そんなこんなで映画館周辺をブラブラしていたらなぜか「URDA」のフライヤが置いてあったのをみつけてちょっとびっくりした。
いやーひさしぶりに意識が途切れるまでゲームやった。今もやってる。やめどきが見つからず延々と遊んでしまう。Sさんが発売翌日に半休取ったのはこのせいか。おもしろさに不健康な要素がまったくなく、しかしなにか中毒性のようなものがある。特にKudosを稼ぐでもなく、タイムアタックで横浜の適当に走りやすいあたりのコースでぼーーーーーっと走り続けた。
この連休は、ほっといたらPGR2を遊ぶだけで終わってしまう気がする。
日記しておくべきことがいろいろあった気がするんだけどおもいだせねえー。というか今週末はいろいろやろうと思っていたことがあったのでゴッサム2ばかり遊ぶわけにはいかない、んだけど、ああーコントローラを手放せねえーていうかどういう条件のレースかも見ずに淡々と決定ボタンを押してしまうー。
このゲームには、まだ手に入れていない車などが一同に展示されている「ショールーム」というモードがあるんだけど(その車の前に立って選択すれば試乗もできる)、そのショールーム中の操作がFPSライクでちょっと笑った(サーキットの横に建ってる建物の中を自由にうろつける)。XBOXならではかな「いや当然わかるでしょこの操作系」っていうような投げっぱなしの感じは。右のアナログ方向キーを押し込んだらちゃんとしゃがむし。でもカメラの上下操作をリバースにできないのはちょっと歯がゆいかんじだ。あとせっかくだからジャンプボタンもちゃんとつけてほしかった。
まあおもしろかったんだけど、すごくおもしろくはなかった。
公開進行する犯罪モノ映画としては小品の部類かもしれない(メディアが状況に絡むけど、メディアをネタに話を転がす方向には発展しないから)。
この日記はPHONE BOOTHに関して重大なネタバレを含んでいます。ネタバレ部分はCSSで隠蔽していますが、お使いのブラウザでCSSを適用していない場合や、アンテナ等でぶっこ抜いてる場合にはそのまま表示される可能性があります。この部分→「」が普通に表示されており、かつゲームの内容を知りたくないひとは読まないほうがしあわせです。
以下ネタバレを含む感想や疑問。
http://a.hatena.ne.jp/map?http://doodle.at.infoseek.co.jp/
はてなアンテナの「おとなりページ」機能の、現状でのおもしろいところは、たとえば「「Doodleのおとなりページ」としてリストされているページのおとなりページは?」としらべてみると大抵Doodleは上がっていないことだ。
これはなんというかあれですか「AくんとBくんが居て、AくんはBくんを友達だと思ってるけどBくんはAくんのことをべつになんとも思ってない」みたいな微妙な図が機械的自動的に生成されているありさまですかなーみたいな部分。これを人力でやると「このやろうひとのページを勝手になんらかのユニオンの一部扱いにして格付けとかしてんじゃねえよ」と喧嘩になったりするわけだけども、なにしろまあ機械のやることなのでそういうカドが立ちがちな部分がうまい具合にまるく処理されているかんじ。
現状、おれのページを基準にした場合「こんなおとなりさんじゃあ堅苦しくっていけねえよ」というかんじであり、あんまりよろしくない。
なんでまたこういう現象が起きるのかと想像すれば、たぶんあれだはてなアンテナユーザがページを登録する傾向がそのまんま反映されているからだろう。はてなアンテナを使う際、なんとなーく多くのひとは以下のような位置付けによってアンテナ登録ページを認識しているものと思う。
こう分類してみれば、多くのアンテナ利用者から「定番」に認知されているページが、おとなりページなどの機能上で圧倒的に強くなるのは自明だ。アンテナ管理者の個性や関係性に拠らず、わりとなんとなーくたくさん登録されているのだから、そのページを登録しているアンテナ数が多く、よって多くのページのとって「おとなり」と判定されやすくなる。だけどそれっておとなりなの?
「上流」「下流」で分類するとより具体的かもしれない。
まあこの図は単純すぎるのであれだがこんなかんじ。実際にはむちゃくちゃ網状で中心のない全方位(というか情報だけの世界だから上下左右もくそもないので方位もまたないわけなんだろうけども)に拡散しており位置とかそんなのは無意味なんだろうけどとりあえずわかりやすさ優先で。でもこの単純化は雑な偏見も生むのでそれはアレだし、とりあえず今からこの図で説明するけど説明終わったらもうこの図のことは忘れてください。
赤い点がそれぞれwebページ。オレンジのラインがひとつのアンテナ(画像中だと3つのアンテナが走っている)。この図の場合だと、ページB・C・DいずれにとってもページAは「おとなりページ」になるはず。そしてページCとDは「おとなりページ」として互いを認識するかもしれないけど、ページBがページCやDに対して「おとなりページ」になる確率は低いんじゃないかなと思う。
ようするにDoodleのような、「定番」になることのないページの「おとなりページ」を見た場合、そのページが(それを見ている他人によって)分類されているなんらかの情報ストリーム(幾条にも走っているアンテナ群の平均値として)の、上流のあたりにあるページが多く表示されて、同じくらいの位置で波にもまれているページまでは表示されないということだ。
とはいえ、自分のページの「おとなりページ」から、真に「おとなりページ」を発見できる状況(つまり、それぞれの「おとなりページ」に互いのページが表示されている状態)になるための方法がないわけじゃない。どうするのかっていうとつまるところ多くのひとに対してそのページを「定番」と受動的に無意識させるようがんばって、図の例でいうならページAになればいいのだ。ストリームの上方、「定番」格、になれば、「定番」同士が鉄板で表示されるようになり、安定して「あー確かにここのページとあすこのページはおとなりだぁ」と自然に納得できる図になる。
というかそこいらへんの価値観がまた「自動的に」出力されてくるあたりもはてなアンテナを基準にwebを見渡してみることの魅力であり、毒でもあり、しかし機械は人間が設計するんだからやっぱりそりゃ人間の作為じゃねえかというか、しかし瑣末なことなど知ったことじゃねえからとりあえず作りましたみたいな仕組みに対して受け手が「自動的に」感じるこの感じ方はまた、うーむ、人間っぽいかんじが。仕組みは機械だけど感想は(あたりまえだけど)人間。人間がコンタクトレンズ入れてサイボーグになるように、社会もはてなアンテナ入れてサイボーグになってきとるのかな。「ワレワレハはてな、オマエタチノ生物的特性ヲワレワレノ科学技術ト同化スル、抵抗シテモイイケド別ニシナクテモイイト思ウヨ」みたいな。
まあ確かにアンテナというものは、ページ管理者とかそのへんの事情なんざ知ったことじゃなくてページ閲覧者側で勝手にwebを使いやすくきもちよくするための仕組みなんだから、現状の利便性の伸び方は正しいわけだけども(管理者にとってではなく閲覧者にとって都合のいい仕組みになっていくありさま)、でもなー、できればページBの「おとなりページ」を見たらページCとかが挙がってるほうが、うれしいんだけどなあっていうか、閲覧者側にだってそういう欲望はあるような気がするんだけどっていうか、おれだけか?なんかよさげなページをみつけてそこのおとなりページってどんなんだと見てみたらどっかで見たようなページ名ばかり並んでて微妙な顔をしているアンテナ利用者は。
というかだいたい好きでネットやってればいまさらおとなりページで教えてもらわなくたって自分が興味を持ってるストリームはわかってるわけだし、「あーまあそうすね」みたいなかんじでウキウキしながらクリックできねえよ。そういう意味だと「Doodleのおでかけページ」の表示機能が、欲しいなあ。全然関係ないわけじゃないけどほとんど関係ないストリームに属しているような、だいたい似たような位置で波にもまれている(とはてなマッシーン的に定義されている)ようなページ。
なんていうかそのー、いきなり「○△×漁業組合ホームページ」とかが出てきて「うおっマジか」と思えるような体験を欲します。
そういう意味ではアクセスランキングとかで大雑把に判定するような仕組みとか、そんなふうなものを試してみるのもいいんじゃねえかと思うけど、というか例えばReadme!とかそんなんかなと思ったけど、でもあれなんだよなおれReadme!っていやなんだよな何といってもその名前が。「Read me!」とかいってたら、他人に読んでもらうためにがんばって書かなきゃみたいな印章を自分のページにドカーンと貼らなきゃいけないわけで、そんな強迫感を背負ったら日記じゃなくなるだろと。強いていうならテキスト系とかになるんだろうか。べつにひとが読まなくったっていいんだよどのみちおれが読むんだから。
Fracasのマップエディタで、東京都のマップを作ってみようかと思ったのだが、東京には皇居とか明治神宮とかがあるので下手なマップ作ると怒られそうであれだなあと思った。考えすぎか。市区で大雑把に区切ればいいか。ふとネオランガを思い出した(「ご勘弁くださるということだ」つながりで)。あと日本地図マップはどうかといえば、日本て大抵の県が海につながってて、こりゃデフォルト設定のままだとどうやっても海戦力で圧す戦いになるなあと思った(港湾施設つきの県に999積みまくるパワーゲーム)。うーむ、島国日本。陸:海の戦力換算をきつめに調整すればいいのか。
ていうかしかし侵攻不可能エリアが作れないっぽいのがいろいろ辛い(隣接県の扱いや、路線図式マップ等での自由度制限のつけかたなど)。海にしちゃうとそこから繋がっちゃうし…。秋葉原マップを作ろうとしたときにも秋葉原駅の扱いをどうしたものかと悩む。
うーむ…。
そんなに悩まずまずはマップを描いて、それからセッティングで調整すればいいのかなあ。
とりあえず練習用に東京の23区あたりを作ってみた。
神奈川県とか埼玉県は大雑把に単一エリアとして統一。23区じゃつまらないので、有明あたりの埋立地を独立させてネオ東京区(西東京市みたいなもの)として、24区とする。
やってみたがべつにおもしろいもんではないなやっぱり。
毎度自動生成で適当に遊んでこそってのが前提としてあるわけなんだよなーっていうか、各エリアの接線の調整とかやんないとあれかもしれない。というかマップ固定ならやっぱりイベントも固定で多少自由度を狭めたほうがむしろおもしろくて…みたいなかんじでよっぽどしっかり完成していなければモノにならない方向(頂点あたりには「大悪司」がある)へとスライドしていくのでそれはダメ(大変だしむずかしいっていうか無理)。
そういえばFFDの新作(エロゲー)がそろそろ出る頃合で、古きよき科学力の香りが(主に音楽を鳴らす仕組み方面で)ふんだんに感じとれるかもしれないぞーという評判を聞いたので、プラス1点して注目していきたい。あとおれ一応弦楽少年だったのでそこいらへんでも物語上にちょっとは近いパイがあるかもな。ねえよ。無理やりだな。ふむ。
あーそれで思い出した、それにしても残念だなーというかひょっとしたらあぶなかったかもしれないなーというか、性格や性癖に問題のあるチェロ弾きの少年という点でおれには碇シンジに共感できる部分があったはずなんだけど、あれが放送される頃にはもう大学生になってしまっていたので、おれはエヴァンゲリオンをトラウマにすることができなかった。
あと5〜7年くらい早く放送してれば、ジャストミートでどっぷり漬かって死海文書とか買っていた可能性も、なくはないはず。
ぷちアン管理人の星乃だーつ氏の漫画が掲載されている雑誌(エロ)が出ているというので(←このヌルい動機は我ながらどうかと思いつつ)買いに行ったらフランスパン「Drill Milky Punch」という同人ゲーがあったので買った。
「月姫」は買ってから包装を破るまでに1年ほど費やし、インストールをしてみようとPCのディスクトレイに置こうかどうか迷う(結局CDケースから出すところまでいかなかったが)までに半年くらいかけて、結局自分のマシンでディスクにアクセスすることなくひとに貸してそれっきりにしてしまったりしたわけだが、アクションゲーなら話は別だぜ即日包装破ってインストール。さくっと起動。あー操作がわからん。あ、わかった。んむー。どういうふうにおもしろいゲームなのかまだちょっとわからないままとりあえず今日はここまでにしておく。
というかそんなこといいながら「えあふり」は買ってからまだ包装破っていない(まあひとの家でひととおり面や動きは見たというのもあるけど)。こういう買い方は(ヌルい動機と同じく)いいところがないのでやめるべきなんだけども、同人ゲーでアクション性の領域に踏みとどまっているところに対しては金を使っておきたいという意識もありつつ、「まあでもフリッキーはフリッキーが一番おもしろいってことがわかってるからなあ」という認識などがあやふやに衝突しあって、半端な現状を形成している。一貫させるための最も簡単な方法は、とにかく包装を破ることだ、が、包装を破るというきもちよくわかりやすい簡単さは、根本的な問題の解決にはつながっていない気がして、なかなか思い切れない。
そろそろまた荷物を減らす時期になっているかんじか。
Sさんに「WATARIDORI」借りたのに忘れてきた。明日こそは持ってかえってこないと。
メールで、
という指摘をいただいたので、あれーナゾーにそんな部下いたっけと調べてみたが、なかなかそれらしいソースが見つからない。
という説もあるようだ。
このふたつがどちらも正しいとすれば、「ロンブローゾはナゾー本人で、かつ部下」であればよいということになる。
たとえばそのー、以前はごくふつうのひとだったロンブローゾ・ナゾーさんの体に、なにかのはずみで悪玉ナゾーの霊体のようなものが憑依してUFO的存在になってしまったのであって、実はロンブローゾさんは犯人でありつつ被害者、とか。
アニメとか実写とか紙芝居とかで、設定がいろいろ拡散しちゃっている可能性もあるわけだしな。ネットで調べるよりは足でソース探したほうがいいかも。今度覚えてたら古オタの偉いひとにでもそのへんのことを聞いてみよう。
夢の中でだけども、ものすごくひさしぶりにひとから「あらあら、しばらく見ないうちに随分おおきくなって」と言われて頭をなでられた、ようなきがする。あれは祖母の面影だったろうか。祖母がおれに大して興味がないのは知っていたし、だからその関係はおれにとってありがたかった。
ああそうだ、そのとおり、わかっている、黙れ。これだから長命種は度し難いのだ。
おれは祖母をそういうふうには嫌う必要がなかった。
突然「ロンブローゾー」という決り文句の悪玉って誰だったっけなーと思ってしまったのでGoogleで検索したら、ティセ・ロンブローゾばかりがヒットしてかなしい気分になった。そうじゃないそうじゃないよ。
まあ「黄金バット」のナゾーだったんだけども。
http://homepage.mac.com/kurionet/ougon.html
結局Googleでヒットさせるより自分で思い出すほうが早かった。
で、そもそもナゾーがなぜ「ロンブローゾー」と言うのかという理由として、チェザレ・ロンブローゾという人物のことがあちこちで言及されていたんだけど、じゃあそのロンブローゾ氏がどんなひとだったのかというとこんなひと。
「PHONE BOOTH」公開は03/11/22。
例の「ニューヨークで公衆電話にかかってきた電話を取ったら相手はなぜか自分のことをよく知っている狙撃犯で、いろいろあってとにかく電話ボックスから出るわけにはいかなくなった男」が主人公、の映画、らしい、のがこの「PHONE BOOTH」なんだけど、公開前に実際にニューヨークで狙撃事件が起きてしまってお蔵入りになった(?)か何かでともかく見ることができなかったんだけども、このたびようやく見ることができそう。
無理やりカタカナにするこたないような気がするんだけどな。
血文字→http://www.bloodyfingermail.com/message.php。
日曜はヌードルばかり食った(豚骨醤油を含む豚骨以外のラーメンは、ヌードルと呼んで区別することにしている)。
東京のひとはわりといろんなラーメンを好むというし、メディアの煽り用語には「ラーメン党」なんていうことばもある。でもラーメン党とか言い出すと、どうにも例のイタリアのカルボナリ党とかを連想して不穏なかんじがする。
以前「フォントサイズが小さい日記を書いているひとは、個人性に拠ったきつめの意見を主張しがち」(体は意を表す式判定)という指摘があったけども、ということは同様に「フォントサイズの大きい日記を書いているひとには、「自分は標準的である」という錯誤というか油断をしてしまう危険を抱えている」(「標準的でありたい」と「標準的にちがいない」を履き違えてしまう危険がある)とも言えると思う。
「ゲームをクリアしたご褒美がギットリこってり重厚ムービー」みたいなゲーム作法を大艦巨砲主義と呼んでるんだけど(これは誤用というべきだが、しかしこの点で「超大作」の「大」と「大艦巨砲主義」の「大」が選択される感覚は非常に近しく、ということは「大」が適用されるゲームは大抵ろくなことにならないとわかる)、最近わりとまじめに和ゲーに触れてみたら、古きよき時代に生きてるひとたちってまだ居るんだなあという気がしてきた。さっさと現代戦へ移行すべきだ。