朝から病院に行って薬飲んで会社に行ったが、頭がふらふらして、雨の中街中を重たい荷物持ってウロウロすることになって、ああいかんこりゃ今日はおとなしく家で寝ておくべきだった、腕が、腕が、あててててて。重たい荷物を持つようなことのない仕事をやりたいとは思わないので、たまに痛いくらいがちょうどよく生きて暮らしている実感を持てはするんだけども、やっぱりまだくっつき終わってないな骨折。順番まちがった。
FくんからGBA「NINJA FIZE-0」が返却されてきた。
先日「逆転裁判3」の体験版をやった勢いがあったので、「逆転裁判2」をまたはじめてみた。
買い物。DVD。
どれも見たことのある(「MUTHU」と「FIRST CONTACT」は何回も)映画だが安かったので、感覚的には買い直しというかんじ。DVDセールスはこの「買い直し感」に支えられている部分がけっこうあるはずだから、てことはおれもまっとうに「DVDを買うひと」をやってるかんじだな。
旧Tripodのiswebへの完全統合が10/24で完了する。
以降この日記は「旧Tripod上」ではなく「現isweb上」に存在することになる。当座の具体的な変化は「広告バナーがポップアップから埋め込み式に変更され、ページ上下にバナーが1個ずつ(計2個)表示されるようになる」ということだろうか。
引越しの検討を、そろそろ真面目にやらなければならない。べつに問題なければ引っ越さないわけだが、なんかちょっといやなかんじだったら引っ越すわけで、どうせやるなら移行時期の前後だろう。
はてなダイアリ完全移行も一応検討してみたが、やはり、
主に以上2点について腰が重い。ううむ。
地球防衛軍状況。
ねんがんの ライサンダー2 を てにいれたぞ!
射程1,000のダメージ2,500武器によって戦局は大きく変わる。ようするに、狩りの時間だ。
HARDもだいたい埋まって、HARDESTが主戦場に。死ぬ死ぬ。蟻の突進にはまだギリギリ一発は耐えられるかんじだけど1回ダウンしたら囲まれてまず助からない。蟻酸を根元で食らうと一撃必死なので乱戦の温度はほとんど沸点。真正面から突っ込んで勝つほどのスキルや運を手に入れる必要はないが、やはりスピードや正確さをもっと実戦的に磨かなければならない。
とはいえいまのところはマスを埋めるより狩りが楽しいので「侵略者集結」を延々遊んでいる(一応ライサンダーF獲得のためという目的もある)。このステージは敵が多くて各個撃破が容易なので稼ぎにもいいんだが、どうしても最後に欲を出して母船1隻残して武器稼ぎをやって、そこでミスして死ぬかARMORを誤ゲットしてしまって退却パターンになってしまう、考えがぬるい、戦術が甘い、対応が半端だ。貪欲に戦うなら、石橋を叩いて渡るどころか石橋を叩き壊して埋め立てて通るくらいの慎重さをもって臨まなければならない。
Windows Updateから「Protect your PC」へのリンクが張られていて、んあーと思って、おれはわりと企業のこういった「なんでいまさらそんなこと」みたいな初心者向けのセミナー的口上というか、そういうものが大好きなので(あのー、法事とかでお坊さん経を聴いてる感覚というか。経営者(おっさん)向けとかのネットワーク技術関連のセミナーなども全然具体的なこと言わずにわけのわかるようなわからないようなことばっか言うから好き)、それゆえに休日の自宅PCでWindows XPツアーとか起動してぼーっと眺めているのも好きなのだが、まあともかく「Protect your PC」にはムービーによる一連の手順の説明も紹介されていたので、これはきっとおれをアルカイックな気分にさせてくれるコンテンツに違いない!とおもって、見た。
そしたら「3.最新のウイルス対策ソフトウェアを使う」のムービー(本文右横にある「ウイルス対策ソフトウェアの使い方のビデオを見る」をクリック)で、McAfee社を「マッカーフィー」と読んでたのでちょっとドキっとした。マッカーフィーというと、どうもちょっとダグラス・マッカーサー氏を連想するというか。マッカーサー氏個人には何の感想もないが、終戦直後の状況を代表する名前のひとつだとは思うので、あんまり軽い印象ではない。あの顔のアイコンで常駐してて、たまに「老兵は死なず、ただ立ち去るのみ」とか言ったりとかして。
McAfee社的な見解では「マカフィー」と読むのが正解のようだけどもMicrosoft社的には「マッカーフィー」と読むんだなっていうか、まあたぶん(一貫性のある)全社的なものじゃないよな単にこのビデオの翻訳担当のひとがナレーターさんが読みやすいようにとむつかしい英単語に全部読み仮名を振ったりしたときにそのひとの手癖で「マッカーフィー」と振っちゃったってだけだよなたぶん。というかこの場合のマカフィーは一般的なMcAfeeじゃなくて特定のMcAfeeなんだから一貫した方針があるとすればMcAfee社の自称に準拠するはず。
こうなったらMcAfee社もビデオ作ってMicrosoft社を「ミクロソフト」とか呼んだりして対抗しなければ!しねえかべつにそんなはずかしい。
「マク」or「マック」問題には明確な分別がなくて、単に慣例とか音の響きで決めてるかんじがするな。べつにマッカーサーがどうだつったってあれだしな、ポール・マッカートニーとかも居るんだし。マクダネルダグラス社は、マックダネルじゃないしな。
あとここのページの「英語徒然草」にMac(Mc)の解説が。
URLメモ。
この連休。
「地軸が傾いても真っ直ぐに立っていようとする」のが詩人というものだ。
地球防衛軍状況。
難度HARD以上が主戦場になって、そろそろ熱くなってきた。精鋭相手などでは機銃掃射1セット食らうと即死なので最後まで気を抜けない。はやくライサンダーの、Fとはいわないがせめて2が欲しい。HARDESTの後半面とかやってると女王とか戦車に手間取って困る。
地球防衛軍をARMOR取らずに進めているが、母船一隻残して蟻を湧かせて武器を散々稼いだ最後の1個でARMORに触れてしまい撤退とかするとかなり滅入る。ギギギ。
高難度モードでTPSにあるシューティング性を追求していくためにはこの方法しかないわけだから(順番が逆の考え方だが「ハンターはライフルを持ってこそ野獣と拮抗しうる」というためには自機は徹底的に打たれ弱くなければならない。アイテムの取得によって自機の攻撃力が無茶苦茶上がっていくのは歓迎するが、体力が増大して一撃必死の緊張感が薄まってしまうのはNGという2DSTG保守派的価値観のゲームプレイ)、地道に稼ぐしかない。出撃時に自機の体力を編集できればこんなこたやる必要ないんだけど(「最大値を下げるのは自由」だったら最大体力=1で出撃するようにすればいい)、体力の編集は対戦モードでしかできないんだよね。
なぜPS2「GRADIUS III & IV」のタイトルBGMはあんなにファルコムくさいんだろうか?
sawadaspecial.comの2003/10/07のコメントによれば、カルチャーブレーンの公式サイトには「21世紀のデジタルコンテンツビジネスは数百億兆円以上と言われています」というコメントがあるそうだ。トリックスター氏の一連の九千兆箱も大概だったが、まあしかしカルチャーブレーン社に比べればまだまだスケールがちいさかったのだなあと思った。
というかべつに一文に限らず全般的にすごい。
◆開発装置 Generator21。◆
現代のゲーム開発はプログラム言語レスの時代となっており、従来のゲーム開発方法では生き残ることができません。当社では、日々進化する開発装置「Generator21」を開発することにより、コンピュータ知識の全くないクリエイターがテレビゲームの企画やデザイン等の制作に参加できる開発環境を実現しました。
◆人工知能対応戦略ソフトウェアの開発に成功。競争力は100倍。◆
当社開発ツールの人工知能がアシストしますので、全くの初心者でもストレスなく企画・開発・制作に従事できます。今までゲーム開発に携われなかった優秀なクリエイターがその能力を有効に発揮できるようになり、開発力も大幅にアップします。
◆数千億円企業を目指す。ゴールは2010年。◆
21世紀のデジタルコンテンツビジネスは数百億兆円以上と言われています。当社の開発ソフトは業界内で、ビジネス戦略上強力なアドバンテージを有しています。
第一段階のゴールは2010年です。
うう、なんかもうこの文章書いてるひとが騙してるんだか騙されてるんだかよくわからないよ。あるいは、考えにくいが、まさか、ジョークのつもりなのだろうか。それとも案外、カルチャーブレーンのサイト自体すでに人の手を離れてGenerator21によって制作管理されているのかもな…。それならそれでこのわからなさの納得がいく。
あーいやー、しかし、このページのこの文章って去年とか一昨年とかその頃にも読んで、そのときもびっくりした(←悪い意味で)ような記憶があるようなないような。
ぜんぜん関係ないけども、いずれPS4とかの時代になって、なにかの間違いで「香港97」(参考)とかが本気でリメイクされたりとかしたらおもしろいのかもなとふと思った。三国無双のすごいやつというか、Massive的ななにかを大胆に進化させたようなテクノロジによって12億人の敵キャラの動きを完全シミュレーション!みたいな。
すべての敵が自機が近くに居ないからといってサボったりしない(=棒立ちで待ってるだけにならない)。全員自機を殺すために常時動いて考えて連携して向かってくる。そのためのcellです!とか叫ぶ開発者のひとなど。まあでも現状で三国無双の遠くの敵がお休みしちゃうのはハードやシステムの限界なわけだがあれはあれで遠くの敵まで殺す気まんまんで押し寄せてきて的確に豪傑をいびり殺すような戦術を取ってきたならまあふつう死ぬわけで(というかそれで死なないようならそもそもそういうふうに敵の動きをデザインする必要がない)、そういう意味で限界が結果的にライトユーザを保護する(素早く戦場を移動したりせず小集団ずつ丹念にプチプチ潰していくひとに有利に働く)仕組みにもなっているのではないかみたいな話もあったしで。
それにしても、敵キャラの量で嬉しがろうっていうのはなんとなくあれだなー「BURAI」的なマッチョイズムってやつなのだろうか。
INFERNOクリア、体力5,120pt、ミッション100%、武器110個。
武器を残り1個取り残しているようだが、まあ一応やれることは全部やったかんじ。
以降は1日1回くらいHARDESTあたりでスナイパーライフルなど使ってまったりとハンティングなどをして楽しむ予定(なんとなくライフル狙撃を「狩り」、榴弾爆撃を「漁」と呼んでいる)。出てない武器もそのうち出るだろう。
あと貧弱プレイ用のセーブデータを作ってプレイ開始。なるべくARMORを取らず(武器や体力回復はOK)、初期体力200ptのままでクリアを狙う。INFERNOはまあ無理として、HARDくらいまでならなんとかいけるんじゃないかなと思いながら(2人プレイならHARDESTでもいけるかもしれない)。
どこかのステージで詰まって無理かな。最終面の場合は発狂レーザーがあるから無理っぽいかんじだけども。
あと「地球防衛軍」で検索しててみつけた東宝特撮映画ポスター館がおもしろかった。海外公開時のポスターも見れるというのがいい。
せっかく仕事が溜まってきたというのに風邪で寝込んだ。
デスアダーの呪いか。しかしデスアダーにしてもあんな貧相なデスアダーはデスアダーじゃないと思う。
祖母は「食いものなんて食えればなんでもいい」と言いながら、かなりの美食家だった。
この祖母の言動は一見矛盾しているようだが祖母なりの筋がとおっていて、ようするに祖母のいう「食えるもの」というのは「うまいもの」に限られていた。まずいものは、食えたものじゃないので、一度試したあとは二度と手をつけない。だから祖母は外食に行ってもたくさん料理を残したし、家でもちょっとでも味の落ちた食材は片っ端から捨てた。祖母には食べ物の種類による好き嫌いはなかったが、うまいもの以外を食わないという点での好き嫌いは強烈にあった。祖母は戦中・戦後の混乱期に、あまり運のいいほうではなかったらしく、相当苦労したらしい。子にも孫にも言えないような苦い出来事があったのかもしれない。祖母の食いものに対するあり方は、当時もそうだったのかもしれないし、でなければその頃の反動で以降そうなっていったのかもしれない。
食事に限らずおれの知る限りの祖母の生活は、だいたい何事もその調子だった。中にはわりと世間的に眉をひそめられるような言動もあったし、見方によっておそろしく残酷・冷酷に思えるふるまいもあった。曲がったことを嫌うけど、祖母は自分以外の定規の正しさを信じなかったので、徹底して誇りに生きて恥に生きなかった。
魂斗羅――それは熱き闘魂を生まれながらに持った、ゲリラ戦術の達人に与えられる呼名である――。
魂斗羅になりたい。THE 地球防衛軍で。
今日は「侵略者集結」をクリア。着実に進んでいる。おれもTもうまくなってきている。今は手におえない連中でもいずれ必ず全殺し。憎い母船もぶちおとす。そして魂斗羅になる。達人になる。達人王だ!
SEGA 3DAGESのPS2「GOLDEN AXE」を遊んで非常にむなしい気分になった。諸行無常を感じる。思春期なみの情感だ。まあ今おれの胸の奥底で煮えたぎっているのはまさに当時の情熱の延焼であるのだからしょうがない。ああ。あのな馬鹿野郎いいから座れこの野郎おれの大事な大事なギリウス・サンダーヘッドはこんなへっぽこじゃあねええーー!
あと「SPACE HARRIER」も、なんといいようもない出来だった。
3DAGESは「FANTASY ZONE」以外買ってはいけないと思った(「Phantasy Star」は買ってもいいのかもしれないけどあれにはあまり関心がない)。
不満点も見当たらなくはないが「きれいさっぱりとした割り切り」とのバーターなら現状で大正解と思う点も数々あり、大変よい。満足している。
ただ一点、怪獣ステージでヘリが使えないのが惜しい。
「巨獣ソラス」「双竜」「機獣」すべてのステージでヘリが使えないので、空中からビルの谷間の大怪獣を狙撃とかそういうシチュエーションが味わえない(当然アナウンサーによる「ご覧ください!云々」の脳内実況つき)。わりとTが運転する戦車の上に乗ってロケットランチャー撃ちまくりながらヒャーハーとかそういう楽しみを覚えてしまったので(どこかのステージでヘリの上に乗って敵の歩行戦車を空中から狙撃とかもして味をしめた)、怪獣狩りも是非やってみたいのだ。
地球防衛軍がそのようにデザインされていることについては、結果的に2種類の理由を推測できる。
どっちかまたは両方か、その根本は結局時間と開発費になってしまうのかもしれないけども、しかしINFERNOクリア後はステージに置いてある兵器を編集可能とかにしてくれていれば嬉しかったかなあ(実はできたりとかするの?)。
結論から言って不満足なゲーム性だった。
街の詳細度や景観全般に関しては問題なし。最高とまでは言わないが十分に楽しめる。狭くごちゃごちゃしたパリと計画的ですっきりなワシントンの差別化はわかりやすく成功していると思うし、ライバルキャラの健康な馬鹿っぷりにも好感が持てる(特にパリ)。ストーリーのどうでもよさも良い(こういうゲームのストーリーの肝は「それが狂言回しでしかないように」作られていること)。
不満なのは車の挙動。一様に素直で、それゆえに眠い。出てくる車種それぞれに特徴がないわけではないんだけど、ディフォルメの仕方がわかりやす過ぎるのが問題なのか、どの車種でも適当な角を2,3回曲がってみればもうだいたい特性が掴めてしまうので、運転すること自体に難度を感じることができない。ううむ。
おれがこのゲームにDC「SUPER RUNABOUT」のクセっ気の強い操作感を求めていたから不満ということで、逆におれ以外のひとにとってはMM3のほうが好感触なのかもしれない。が、ともかくおれは不満足。
それはそれとしていいこともあった。ボーナスムービーだ。
XBOXゲーで馬鹿ムービーといえばMotoGP URT2にも入ってたが、MM3に収録されているそれはやけに本格的で腰が入っている。
MM3のパリステージで、プレイヤ操る暴走カーを眼前にして「慌てて横っ飛びに避ける男」の避けるモーション、そのモーションキャプチャ風景を主軸として展開するドキュメンタリー。まあともかく一見の価値あるムービーで(特にFくんなどは好きそうだ)、大いに笑えたし、最後の撮影シーンなどは思わず手に汗握ってしまった。確かに金はかかってるがかかり過ぎているかんじはなく、手間も十分かけてあるがかけ過ぎているかんじもせず、幸福な馬鹿をコンパクトかつリッチに嫌味なく一本のムービーに仕上げている。馬鹿やっててやけに楽しそうですねこのトンカツ!こういうものがヒョイと出てくるっていうのは熟れた文明の証だ。
でもまあしかし、それだけに、これを見るためだけにMM3を買うというのはかなりアレであって、かといって、だがしかし、あー。ともかくおれはMM3買ってよかった。たのしい気分にさせてもらった。あーでも、どうせローカライズして国内発売するならボーナスムービーにも日本語字幕くらいは入れてくれよとは思った。最もスポットを当てるべきでないおまけ要素(っていうのか?)だから手間をかける順番でいえば一番最後にはなるんだろうけども。
PSやSS発売の初期頃にあった「ムービー付きゲーム」の付加価値の問題が、国内では歪んだ発展を遂げてしまい、あまりしあわせな時代をもたらさなかったが、海外XBOXゲーにあるこういったボーナスムービーっていうのはもしかしたら、あすこらあたりからはじまったような「ゲームに付属するムービー」の、しあわせな展開例のひとつなのかもしれないなあと思った。
誤解のないよう追記しておくが、もちろんこのドキュメンタリーは嘘っぱちだ。というかそもそも件のモーションはどう見ても手打ちのそれであってキャプチャじゃない。はなっから大嘘。こういう「最初から最後まで完全に嘘で塗り固めたドキュメンタリー調のおまけコンテンツ」て海外ではわりと有名な手法なんだろうか(ドキュメンタリー番組が飽和した社会ならではの冗談ぽいかんじするよな)。そういえば「POWER PUFF GIRLS THE MOVIE」のDVDにも同様のおまけがあった(超猿軍団おおあばれのシーンで、逃げ惑うモブの中の一人を演じたアニメ俳優(?)へのインタビュー)。
今週末にセーブデータ作って集中プレイ。
さっきまでで、体力3224pt、ミッション90.4%、武器97個。
INFERNO級の後半が埋まらない。死ぬ。きつい。適当にゴリ押しできるかんじじゃなくなってきた。頭も使って小ズルく生きねば。というわけで攻略サイトをメモ。
HAEDESTまでは全ステージ1人でもクリアできることを確認したが、INFERNOはまだちょっと序盤と大怪獣ステージ以外1人でクリアできそうもないので、Tと2人で遊ぶようにしている。こちらは現在「挟撃」で足止められ中(「双竜」と「機獣」は先にシングルプレイでクリア済)。
ちびちび読んでいる山田風太郎「戦中派不戦日記」が、そろそろ10月あたりまで来た。
敗戦から2ヶ月が経過している。
定食屋で読んでたらちょうどTVで所ジョージ氏の「1億分の○○」とかいうような、全国の主に田舎のあたりを取材する番組をやっていて微妙な気分になった。ていうかこの番組まだ続いてるんだな偉いな。
それはそれとして、その番組の中で地元のひとが職業を問われて「百姓!」と答えていたのが印象的だったんだけど、TV的に百姓は放送OKになったんだったっけ?
むかーし、なにかの雑談で黒澤明「七人の侍」の台詞「勝ったのはおれたちじゃない、百姓だ」の「百姓だ」がNGワードで放送していいかどうかみたいなすったもんだがあったとかなかったとかいうような話を聞いたことがあったっていうか、どっちかっていうとオタ的には必殺シリーズとかウルトラマン(Aなど特に)とかのローカル再放送見てたら台詞の途中で時々無音部分が入っててムカついたというか(「めくらめっぽう撃ちまくれ!」が「……めっぽう撃ちまくれ!」になってたりとか)。ドラマとかもそうだけど昔の邦画など見てると今じゃ差別関連とかうるさそうな単語がポンポン出てきて妙に小気味よいんだけどもその感覚もちょっと倒錯してるよな。
なんかそこいらへんの問題は最近なし崩し的に緩和されてんのかなと。ロリコン規制が締まったり緩くなったりするのとおんなじでこういうのも周期とかあるのか。
251 :名無しより愛をこめて :03/09/10 05:10 ID:5usuAWkm
>>249
百姓は自称ならOKらすい。
という情報があった。ふうむ。
Googleで「放送 禁止 用語」で検索とかすると、なんかそれっぽい情報を集めているページをたくさん見つけることができる。やっぱりネットのこういう側面は廃れないなあ。あーでもなんだ、確か、「放送禁止用語」っていう言葉自体は俗語っていうか正式にはないものなんじゃなかったっけ確か。実際に放送業の仕事してるひとが現場で使う言葉じゃあないみたいな。使うの?
シナリオ関係のサイトの1コンテンツと思われるものに「放送禁止用語」という単語は使われている。
んーどうなんだ、やっぱ「放送禁止用語」っていう単語はあるのか?しかし、
さて、最後の「放送禁止用語」を使っちゃった場合の事故。
これはちょっと難しくて・・・・、
実際には「放送禁止用語」というモノはありません。
「放送に適さないので、使用を注意した方がいい言葉、あるいは使用するべきでない言葉」
というモノはあります。
でも、その種の言葉が1冊の本とかになってディレクターに配られてる訳じゃありません。
あくまでも、「放送に適さない言葉」は各ディレクターの判断にまかされてるわけです。
でも、やっぱり「放送禁止用語」というモノがあるわけで、
それを使ったら「事故報告書」を書かなきゃいけないわけで、
そこんとこが難しくて、訳分かんないですな。
というような情報もある…あるのかないのかはっきりせんのだなあ。というかこの文中でいうなら「放送に適さないので、使用を注意した方がいい言葉、あるいは使用するべきでない言葉」のことが正式に何と呼ばれているのかが問題なんだけども。
まさにそれが「放送禁止用語」と呼ばれているからややこしいのか?
タブーに含まれるもの、またそのタブー自体を明示する(たとえば「放送禁止用語のようなもの」の呼び名を一種類に規定する)のは、べつにそんなことやったって得にならねえし、やったらやったで無駄なリスクが発生しかねないしで(顔真っ赤な圧力団体とかが「あすことは仲良くできそう」と牙をむいて(=笑顔で)にじりよってきそうっていうか)誰もが意識してあまり積極的に向き合わないようにしている問題なのかなというか、放送禁止用語という単語自体の曖昧さがなにかを象徴している気がする。
タブーを規定することが、だから「できない」というような意味にはならないと思うけども、幽霊のように見えるようで見えずどちらにせよつかみどころがなく、または影のようにはっきり見えてもその本質に触れることのできない、傍目に見てても意味のわからない放送業界のへんなところ。
とかなんとか調べているうちに、だんだん「放送禁止用語」より「放送事故」の情報のほうがおもしろくなってきたので興味がそっちにスライド。
など。読んでまったく何の役にも立たないところがすばらしい。
放送禁止用語のようなオカルトめいたわかりづらさが一切ない簡単明瞭な事件の数々。
生意気クリエーターという単語に他意なく笑った。
いまではクリエーターなどという単語は卑語か猥語かというほどいかがわしいものになってしまったが、こういう罪のない使い方もあったか。
CAPCOM「逆転裁判3」ムービー。プロモーション用とのことでボイスが入ってたりするが、プロモーションのムービーにしてからが大画面に対しては密度が希薄な印象。
逆転裁判の美しさは、画面・操作系・システム・シナリオなどゲーム内のあらゆる面で一貫してシンプルなところにあると思うので、これをPS2とかで遊びたいとかいってるひとたちの気持ちがおれにはわからんなあ。このシンプルさはハードであるGBAのコンパクトさ(というかチープさ)と合致していてそこんところがおいしいのに、わざわざ家庭用のリッチな環境で遊んでもたぶんしょぼいっていうかどこか物足りない印象を持ってしまって不幸じゃないかな(だからおれはGCのGBAプレイヤもあまり好きじゃない)。
それじゃあと画面情報や操作系やシステムをリッチに寄せていくならそれは逆転裁判のユニークさやもともと持ってた美しさを損なって平凡になっていっちゃうかもしれないわけだし。いやフルボイスとかほんといらねえから。なんでもありゃいいってもんじゃない。フルボイスは選択肢とか殆どないようなautoクリック設定を前提とするようなエロゲー(←よくある1ウィンドウ1台詞式で1シナリオ中必要クリック数(選択箇所)が数回〜十数回のもの)のゲームプレイにあってこそ至上命題だけどもプレイヤがわりと積極的にストーリー進行に参加するようなゲームの場合必須じゃなくて(そういう場合逆に邪魔な局面も出てくるし)、おまけに一部音声のチョイスのうまさによる(「異議あり!」とか)コントラストも逆転裁判のおいしい要素なわけだからそういうの薄まるっていうか埋もれる危険のほうがでかいような気がするし。リッチならリッチなりのすごいなにかをー、とか、期待するのはまあ単純にいいことなんだろうけども…。チープな環境で遊ぶほうが、逆転裁判のゲームプレイとしては幸福なんじゃねーのかなあとおもう。
大衆化ってやつなのかー。
ジャンボ宝くじ模擬実験、内容は見たとおり。
とりあえず寝るときからはじめて朝までで2億円出るかどうか確認してみる予定。2億円の夢…か。
あ、ちょっと大きな賞取るとウィンドウがポップアップして止まるみたい。じゃあほったらかしはだめか。
PS2版「GTA III」の国内版が発売された。
GTA IIIがおもしろいのは既定してるので、それ自体べつにもういまさらどうってことではないが、今回の一連の流れのなかで気になったことが一点だけあった。その広告の文章だ。

ゲームとは、何か。
いま世界で一番売れているゲームソフト。プレイステーション2の発売以来、世界が最も支持したというその事実。累計本数は800万本を突破。数字は歴史に刻まれた。ゲームとは何か。街という日常空間の中で、ひとはどこまで自由になれるか。その新たな解答に、世界中がしびれた。
「世界」だの「歴史」だのハッタリ語を持ち出す広告のやりかたはまったくスマートでないし、それは数字(多数派となる見方を示すこと)をもって提案しようというやりかたとも合致していて、どうにも現状における洋ゲーアピールの手数の少なさ(苦しさ)を感じるが、逆に「GTAならこれでいいんだ」みたいな、その野蛮さに対する信頼みたいなものが感じられなくもないのでそれはそれでいいような気もする。
と、まあ、そのへんもどうでもよくて、問題は「ゲームとは、何か。」と大見得きったその文句だ。
GTAの広告で「ゲームとはなにか」とくれば、そこで想定されている正解は「ユーザ各自がゲームの中に自分なりのルールを持ち込んでそれを楽しむことのできるゲームこそが、ゲームだ」あたりだと考えられる。それはつまりゲームをあそぶのではなく、ゲームであそぶ、というスタンス、そういった遊ばれ方に対して十分に配慮されている、またはそういった遊ばれ方を設計内に含めているゲームのことだ。
スーパーマリオ64とかの時代には箱庭感などとも説明された。全体が隙なく完結しており、個々が精密であり(単調であっても)、そこに干渉して返ってくる反応を楽しむ…ああいやしかしこれだとべつにGTAのようなゲームだけを説明することにはならないな。じゃあやっぱり箱庭感と説明するしかないのか。N64当時から比べればずいぶん大きな箱庭になった。最近だと「精密なものが美しい単純さで組み合わさった結果としての複雑さがある(影響しあうことで環境が変遷していく)」などの要素が加えられたりしているが、まあこのへんは技術発展や流行次第でどうとでも転がっていきそうだ。
つまりそうしたゲームとしてGTA IIIはすごいんだぜー、と主張しているわけだ。で、こういう毛色でいうと過去にあったすごいやつってなにかなーと頭を巡らしてみて「シムシティ」が思い当たった。シムシティは神視点であってTPSなGTA IIIとはゲームジャンルからしてまったく違うが、しかし遊び方の自由度の高さで共通している。「よくできたシステムをいっこ作ってみたから、あとはどうにでも好きに遊んでくれ」ということだ。こういうゲームは、それこそが最上とおれは思わないが、しかし確かにすごい。広告とはいえ「ゲームとは、何か。」とかハッタリかましてもあまり文句言われないだけの発想を備えている。
ユーザに方向を与えるのではなくユーザの方向を受け容れるべく待ち構えているゲーム。
平凡にゲームの設計を考えるなら、ルールと遊び方のラインを一本に定めてそれを合致させることでテンションを高めていくやりかたで落ち着いていくと思う。「最上の一種類の遊び方」の大雑把なモデルがあって、さておれはそのモデルに対してどういうスタンスを取っていけば一番きもちいかなーみたいなかんじで遊ぶゲームだ。国産のゲームの大半は(それが成功しているかどうかはともかく)そういう思想の影響下にあると思う。
例としては(ほとんど日本のみで独自の偏狭にして高度な発展を遂げた)2DSTGがわかりやすい。よくできたSTGを考えるうえで「最終的にすべてのゲームシステムがハイスコアに至るルートに向けて合流していく」ことは絶対の正義といえる。最初は各プレイヤごとにやりかたとか色々あるけど、やりこんでいくごとにだんだん雑多な入力が整理されていき(=ゲームシステムと同化していき)、「どれでもOK」とかそういう曖昧なゆらぎが消えて、ゲームシステムを最もうまく使いこなした(=ひとつの正解を浮かび上がらせてそれを楽しんだ)プレイヤがハイスコアを獲れる、というモデル。
STGにおいて、ゲームプレイがゲームの問題であって解であるのと同様に、ゲームシステムもまたゲームの問題であり解であると言えると思う。演繹か帰納かの違いで、その両者が逆に辿った道筋が限りなく重なっていく状態がSTGプレイにおける没入状態だ。まず完全になり、結果として最上になる。逆もよくある。溶け合ってひとつになる。どっちが先かとかそういうことがどうでもよくなる。
逆にいえばSTGにおいては「稼ぎ要素がいろいろありすぎて、どうすればハイスコアを獲れるのかわからない」「どうやったら安定なのかイマイチわからないんだよねー。けっこうランダムっていうか運っぽいし?」とか言われてしまうようなゲームの評判は長続きしない。精錬が雑、道がバラバラ、ようするに「ダメなゲーム」と判を押される。どうやってもいい(なぜならどうやることが正解だとわからないようになっているから)というような、一見それは「自由」でもありそうな状態だが、結果としてそういう自由はSTGではうまく生きないし評価されることがない。ダメ自由。それは自由ではない。
そんなに多くないとはいえアマチュアでSTGを作っているひとやコミュニティなど連綿とあるわけだし、同人やフリーのSTGタイトルとか実際数は出てるんだけども、そういう中にあってもやっぱり商業で出てくるSTGにある凄みが色褪せないのは、技術水準やデザイン能力の差とかそんなものではなく(そりゃ商売と趣味では集中力と作業効率の差は埋めがたいとしても、科学力の差などは実際もはや大したレベルではないだろう)、こうしたシステム設計からブラッシュアップに至る工程の精度の違いにこそ大きな理由があるだろうと思っている。
ひとつのタイトルで見せるおもしろさをひとつに絞る、なぜならふたつ以上は散漫だから、愛ゆえに切れないか愛ゆえに切るかみたいな、盆栽的な、職人的な方向への特化。で、それはGTAの逆だ。
一方向のおもしろさか全方位への自由か。STGにおいてプレイヤの前にひろがるゲーム世界は最終的に一種類になっていくことを指向する(STGはSTG自体がゲームである)が、GTAの場合プレイヤの前にあるゲームはプレイヤごとに違う、違ってもいい(GTAにおいてゲームはGTA自体ではなくGTAに内在するものである)という方向へひろがっていく。もちろんGTAの自由はまだ完全なものとはいえないが、それは今後技術が発展し、企画分野での実践や研究によるパターン化が進み、ゲーム業界に更なる大規模ゲーム開発を支えられるだけの発展があれば、いずれ現在ある限界を越えてさらに拡大していけるだろう。無限に発展していく必要はない、ゲームシステムの限界が人間自体の限界より若干でも大きければ、人間にとってそれは無限の可能性と同じ意味になる。
もっともそれ以前に現状では、インターフェースまわりの限界がはるか以前の段階で立ち塞がるので、そこまで考えなければならないというような段階ではないんだろうけども。入力系の設計思想の発展は着実ではあるが遅々としているから。
最近だとどんなんだろうな、キーを場所と対象の二軸にして、別思想の設計をうまい具合に混在させるやりかたが新しいのかな。日本ゲーのやわらかい設計思想はなにしろ細々行き届いててストレスがあまりないけどもダイナミックさに欠けるし例外的な処理が混じってたりしてそういう意味で逆にストレスがたまりやすいのが難点で、洋ゲーの場合大抵雑でおおまかなデザインだから細かいことが案外できなかったりとか「え?そんななの?」みたいな拍子抜けがあったりとかしてストレス溜まるけどあれはあれで原則的でわかりやすいしそういう意味でストレスには感じにくいとか。そんなかんじのあれ。
というようなことを書いてネット巡回していたら第二齋藤 土踏まず日記で大変優れたコスティキャンのゲーム論が紹介されていて、そん中でシムシティに関する言及とかもあってとほほ。なんか最近まじで頭が鈍重でメモっとこうと思ったようなことを腐ってから半端に思い出したりとかして何事もうまくいかないしきもちよくねーんだよなあ。
というかここんところネットのあちこちでゲーム周辺の興味深い言及がいろいろあってるようなので、なんかわりとそのへんを押さえていけばだいたいいいのかなと思うんだけど、どうにも箇所も対象も散っていてすっきりしないし(中心のない話題というか)、あたまがまわらないので整理できずになんとも苦しい。
いつにも増してアホ化しているかんじだ。細かいことはいろいろ浮かんで消えるがまったく筋道が立たない。なんだろうな季節の変わり目だから?なぜオタは秋口になるとアンニュイですか?ていうかどうも骨折によって財布を入れるポケットの位置が普段と変わったことが影響している気がする。普段どおりでないという違和感が奥歯に引っ掛かりっぱなしでちゃんと噛めない。
はやく生活を確立させなければ。