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03/09/01-15
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貧乏くさいのがいやだ その1

貧乏なのは平気だが貧乏くさいのは耐えられない。
貧乏と貧乏くささは全然関係がないとは言わないが、ほとんど関係ないと思う。貧乏と貧乏ゆすりくらいの関係だろうか。貧乏でも貧乏ゆすりをしないひとも居れば貧乏じゃないのに貧乏ゆすりをするひとも居る。

クレジットカードは貧乏くさい。
ドラえもんでいうところの先取り約束機の現代版といったところのサービスだ。今は21世紀だからまだそのシステムは先取り約束機のようにスマートではなく、野蛮で、それゆえに力強い(=現物の遣り取りが発生する)。
まとめて引き落とし。後払い。まとめるまで保留する。関係をズルズルと延ばすシステム。めんどくせえ。即金出せ。金を受け渡すその一瞬で売る側と買う側の関係が終了するニコニコ現金払いはスマートだ。たったそれだけの話だ。「○○を買った」なんていう事実は一瞬で忘れていい。その一瞬を過ぎれば「○○を持っている」事実だけを認識していればいい。「○○を買った」を一ヶ月先とかに明細とかで確認させられるクレジットカードのシステムはどう考えてもうざったい。その期間「買った」と「持っている」のふたつを意識させられるということだからだ。本来いっこでいいはずだ。一車線で済む道路が部分的に二車線になっている。科学は単純におれの生活からめんどくささをなくすために使われるはずだからクレジットカードは科学の産物ではない。これは生活をややこしくしてそこに韻や味を醸造するような、文化の産物だ。

単純は優れていて複雑は劣っている。単純なものは明快だが複雑なものは明快でないからだ。明快は、いい。考える必要がない。考える必要なんてないに越したことはない。だが実際には人間そううまいこといかないので、仕方なく複雑なこともやっている。単純だけでは実現できないことをやりたいからしょうがなく手を染める、それが複雑だ。その複雑なものが層をなし出来上がったのが社会だ。一人で生きていけるならわざわざめんどくさい社会なんか作る必要はないが残念ながら孤独に生きてるより複数で生きていたほうが効率がいいのでじゃあみんなで暮らしましょう多少のめんどくささはお互い我慢しましょう、となった。まあひとりじゃさびしいってのもあるがそこいらへんだって「効率」に含めることは、できる。
だが、だからってなんでもかんでも受け入れる必要はない。クレジットカードは便利だが、その便利さの代償としての「買ったひとの立場」と「持ってるひとの立場」の重複が、どうにも貧乏くさくてしょうがない。

23:52 2003/09/15

日々

Tに頼んで今日最終引越し予定。
といっても掃除だのなんだのがあるのでまだあと数回は旧居に戻る必要がある。

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そういえばAirH"はおれのCLIEでも使えるんよねと思ったのでぶっさしてみたが認識しなかったのでドライバを拾ってきてついでにほかにあといくつかバージョンが上がってるツールなどを更新したりして、さて認識、接続テスト、とおもったらそういえばプロバイダが対応してなかった。やっぱり月末解約する運命だな。
あと今借りてるノートパソコンが妙にハイスペックであることに気づいた。用途によってはおれのメインマシンより強いかもしれない(まあノートだしいろいろ弱いは弱いんだけど)。こんなスペックでなにするんだろうなふつうのひとは。デスクトップPCいらねーから強いノートPCくれ的な要求か。

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おれの中での強いノートPCのある豊かな暮らしっていうと、ノートのアドバンテージはなんといっても省スペースだから、その妄想図は「狭い部屋にあるあかるい暮らし」になるな。広い部屋だったらべつにデスクトップでいい。床とかベッドとかに寝転がってネットみる用のサブノートとかそういうふうな活用がせいぜいで、過剰な生活は豊かとはいえないのでやはり正解はそっちじゃない。
たとえばこうだ、四畳半にちゃぶ台ひとつ、そのうえにノートPCひとつ。マウス。場合によってはタブレット。あと湯呑み。ノートの電源ケーブルが壁まで延びてる。流しに歯ブラシと歯磨き粉の入ったコップ。エアコンついてりゃいいけどなかったら網戸風鈴扇風機、照明は蛍光灯ひとつで長いひもがついてる。家具といえるようなものは棚がひとつ。生活用品はなんでもそこに突っ込んでおく。部屋の隅には携帯の充電器とかデジカメとかの雑多なケーブルがひとかたまり。そんなに量もないので棚の上とかでもいい。衣類と布団は押入に。座布団は1枚か、せいぜい客用にもう1枚。普段は昼寝時の枕兼用。掃除道具はホウキとチリトリと雑巾1枚、掃除機はオーバースペックになるので不要、あっても車載用のちっこいやつとかが押入れの中にひとつ。筆記用具はなし。情報関連はすべてノートいっこにまとめる。書籍などはお気に入りなどをせいぜいゆうぱっく2個ぶん程度のダンボールに入れて押入れの中。たまに出してきて読む。CDとかはwmaなりmp3なりにしてノートで鳴らす。DVDはノートで見る。そのへんを贅沢する発想ならそもそも四畳半に住まない。TVや録画環境などもないほうがいい。ゲーム機も。TVみたきゃラーメン屋にでも行けばいい。ゲームはゲーセンとPCゲー。そのあたりのことを可能な限り外と家で分散、家でのことはPCに集約。無理ならあきらめるよう努力、どうしてもってんならしょうがない。とにかくいらない物を持ち込まない、ごみはこまめに捨てる、使うコンセントの数をなるべく少なく済むよう考えて、部屋の内側をなるべく四角形に保つよう努力。初回特典などはもってのほか、飾り箱など買った店で捨ててくる。データのバックアップは無線通信なら外付けのドライブなどで対処、有線で高速ならどっか友人の家のサーバなどにスペース借りてとかそんなかんじで。
そういう暮らし。

似たような暮らしはずっとやってきたが、結局情報の集約という肝心な部分をうまく処理できなかった。というか集約もできずに単に狭い暮らしというのは漫然と充実感だけあって不幸なのでろくでもない(薄いテンションが部屋の物理的な狭さによって圧縮され、高まって「感じられる」だけ)。今ならノートPCも強まってきているわけだし、こんなふうな暮らしだって設計できもするんだろうけど。
ちょっと逆行してしまったかなあ。

8:06 2003/09/15

小倉曼荼羅

話題としてはちょっとまえになってしまう。
なんだか小倉優子氏は漫画雑誌のグラビアとかに出まくっているなーという印象を持っていたが、なぜそんな印象を持っていたのかその理由が今日判明した。
おれは自分では漫画雑誌をほとんど買わないし立ち読みも滅多にしないので、おれが読む漫画雑誌というのは主に「(家や会社などで)誰かが買ってきて放置しているもの」になる。最近の場合だとつまり「Hさんが買って読んで放置していた雑誌」などがそれにあたっていたわけだ。
で、ふとその積んであった雑誌を並べてみたら、わかった(一応発行日順)。

写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真 写真

アニマルとかアッパーズとかチャンピオンとかそっち系。
周囲にこのへんの雑誌を漠然と読んでいるひとは多いので(アワーズとかアフタヌーンとかビームとかまんがタイムとかあのへんも加えておいたほうがより迷彩が利く)これ自体珍しいラインナップというじことはまったくないが、それゆえに見逃していた共通点に、さっき気付いた。こうして並べてみたら一目瞭然なのだがこれらの雑誌にはすべて小倉優子グラビアが載っているのだ。
…見ればなんでもないことのようだが気付いたときは「見たまえワトソン君」とかいってテーブルクロスを颯爽と払いのけて証拠品をガシガシ並べてみせるシャーロックホームズの後ろ姿まで見えた気がしたものだ。ものすごく「ありそう」なラインナップであるためにそこにそれ以上の共通点を探そうとする視点を欠いていた。いやー騙された。騙すっていうか騙すつもりなんてどこの誰にもないだろうけども。勝手に早合点して納得して自滅ってかんじだ。

「Hさんの買ってくる雑誌に、たまたま全部小倉優子氏のグラビアが載っていた」と考えるよりは「Hさんは、小倉優子氏がグラビアに出ている雑誌を選んで買ってきていた」と考えるほうが自然で、そういう意味でおれが流し読んでいた雑誌にやたらと小倉優子氏の名前を見たのは、それが意図的に抽出された結果だったからだと言える(→こんな状況下だったら「出まくってるなー」はあたりまえ)。
つまり真実は「Hさんが実は小倉優子オタだった」というたったひとつで(Hさんは職業柄か、なんの意味があるのかよくわからない資料を集めたりとかもしているようなので、今回もオタとかそういうのではなく単に資料集めをしているだけという可能性もある)、それ以外になにもなかった、というふうに一旦仕切りなおす必要が出てきた。この条件下でおれが「小倉優子氏は漫画雑誌のグラビアとかに出まくっているなー」という印象を持ったとしても、それをまっとうに判定することはできない。まあどのみち1年ちょっとですくなくともこれだけの数の仕事を(これら以外にもまだあるんだろうし)こなしているというのは、けっこうすごいことなんじゃないかなあとは思ったけど、そもそもおれはこういったグラビア仕事のひとたちが平均的にどれくらいのペースで仕事しているのか知らないので、それも主観におおきく寄った判断でしかない。すべてやりなおしだ。真実はかくも簡単に多様化する。ほんのちょっとの不注意、わずかな好奇心の怠慢で。なるべくトントンで生きて死ぬように、なるべくエントロピー(負債)を増やさないように、おれはもっと耳を澄ませる必要がある。

19:31 2003/09/14

がんばれまけるなエアーエッヂ

Tが「リロ&スティッチ」を持ってきてくれたので一緒に見た、が、途中で寝てしまった。
起きてからTにあらすじを聞いて満足した。もう見返すことはたぶんない。ディズニーアニメの悪いところはクオリティ管理の完璧さで、要するに完全な「いい話」を完璧なクオリティで作成してしまうために、わざわざそれを見る「必要」みたいなものが一切なくなってしまうことだ。
他のアニメと比べると、ある種それを見るために相当のモチベーションを要求すると思う。それがオタと非オタの違いなのかなあ。

ところでTはディズニー社とピクサー社を混同していたようだけども、たぶんそういうひとけっこう居るよな。それは日本でいうとどんなかんじなのかなハウス名作劇場シリーズがジブリコーナーに並んでるようなかんじかな。ゲームでいうとTAITOとVINGをごっちゃにするみたいな…それはちょっと位置関係が違うか。

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発作的にAirH"契約。これをもって新居に有線通信環境が整うまでの臨時の通信手段とする。
てことは環境が整ったら半月あまりで解約する可能性もある。

旧居ネット環境&新居その他環境という二重生活はこれにておしまいにする予定。さすがに健康な状態じゃないと厳しい。完全に引き払う。足掛け三ヶ月くらいだったっけか。いや過去形にするのは早い。なにしろ骨折してるので物が持てない。リハビリがてらパソコン担いでー、というわけにもいかんしな。人足を確保しないと引越しを完了できない。

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とりあえずおれの家でAirH"がまともに使えるかどうか確認。
まあ32k(!)つなぎ放題コースだし、有線環境に比べたらいつの時代だってくらい遅いんだろな実際メール確認とか文字ベースでのブラウズまでくらいがギリギリかなー、とか思いながら接続。

遅いとかいう問題じゃなくてつながりもしないんだけどこれどうすればいいの。おもしれえな。

ざっけんじゃねえ今西暦何年だと思ってんだボクのマイコンでニューヨークに住んでるお兄ちゃんに電子メールでご挨拶なんて時代じゃあねえんだ、それにここどこだと思ってるゴビ砂漠のド真ん中じゃねえぞ最寄駅には新幹線こそ止まらねえが(←地方出身者の大都市判定基準のひとつ)立派に東京23区内、どこのおしあわせなパトロンだぶっ殺すぞ店頭でよくわかんねえ店のにいちゃんの解説に「ええ、はあ、はあ、なるほど、ええ」とか生返事しながらこの使えねえ科学に金払った馬鹿は。おれか。おれのことか!じゃあおれが死ね!殺す!速やかに確実にぶっ殺してやる!と回線切って首吊ろうとしたがAirH"の場合無線接続なのでケーブルがないんだよね。速攻解約しにいくか。

…あれ、なぜか今いきなり、使い物になるレベルまで回線速度が向上した。Windows Updateにもつながる。重要な更新が27個もあってゲンナリした(借り物なので借りた時点で初期化されている)。この近所って時間によってものすごく混み合ったりするのか?まあいいや使えんだから、解約やめ。使う。使います。使わせていただきます。AirH"最高。うんこしながらインターネットできる(トイレん中暑いからしないけど)。

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使いものになるようになったとはいえWindows Updateのこの分量をダウンロードするとなると何年かかるか知れたもんじゃないし、かといってこんななにもパッチあたってないOSでネットうろつくのも物騒だし(いきなりBlaster大往生とかなったら洒落にならん)、そこでMさん家の光回線を思い出したのでノートパソコンもっていって修正修正。んあー、まともに出てるのかどうか怪しい32k直後のFFTHは速過ぎて意味がわからんなー。

ついでにノートン先生も更新して、あと低速回線だとやっぱOPERAだろ32kでOPERAを使ってこそ「まるでインターネット自体が自然にアップデートしたかのような」体験ができるのに違いないそうに決まった!と思ったのでOPERAをダウンロード、あと日記更新用に最低限必要なffftpjwitchも。

で、JAVAなし版で画像デフォルトOFFで適当に巡回してみたところ、一応なんとかなってるかんじがするね。回線の問題とか別にあるかもしれないので一概に言うのはあれだけどもIEだと明らかに不快だった応答速度の問題もOPERA使ってるぶんには感じないし。

あとは旧居からデジカメ用ケーブルとか一通りもってきたら一応更新環境整うかな。代用なのでやっぱし色々不便ではあるけども。

5:16 2003/09/14

[ 夏 / なつ ] の ロケット

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ひさびさに川端裕人「夏のロケット」を読んだので、それではとあさりよしとお「なつのロケット」を読み返したりしている。

そういえばちょっとまえ「明日があるさ THE MOVIE」ていうのがあって、数少ない「見に行った」という知人は全員酷評してたけど、あれ確か一応ロケットものだったよな。いっぺんくらいおそるおそる見ておくのもいいのかもしれない。あのへんにはなにひとつ琴線の引っ掛かる部分がなかったので全然視野に入れていなかった。時効が切れれば無関係の痛さや痒さを咀嚼できもするだろう。

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03年夏最大の怪事は「岡昌平氏のAPOCALYPSE NOWシリーズ完結」に決まった。
今日Mさんが(Mさんにしては非常に珍しく)興奮気味に歩いてきて教えてくれた。な、なんだってー!

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あの次で終わりか次で終わりかと思わせてなかなか終わらずっていうかアポなしだったりとかしてこりゃあポカリが終わらないとおれの中の昭和が終わらないな(←平成)とまで思わせたポカリが…終わる…終わった。さいごのページに「つづく」とか「楽に生きたい尿」とか書かれていやしないかとドキドキしたがちゃんと終わっていた。「APOCALYPSE NOW FINAL 2」とかもなさそうだ。おわった!おわった!

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PC Watchの記事「Microsoft本社 おのぼりさんフォトツアー」の、Microsoft Dining Servicesの写真がちょっとおもしろかった。

18:08 2003/09/12

日々

drahot.com でプレゼントしていた「魔法先生ネギま!ネーム&注釈集」が当たったので届いた。

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漫画のネームなんて見るのずいぶんひさしぶり。なつかしい。
こうして本にまとまったそれらは完成品と対比するのが正しい参照方法だろう。「らぶひな」以降赤松健氏の漫画を2ページ以上続けて読んだことがなかったが(最後に氏の作品を読んだのはたしか96,7年頃、「一週間で押しかけ女房関連作品を読めるだけ読もう」と漫画オタの友人宅に泊り込んだとき「守って守護月天」とか「電影少女」とかそこいらへんの年代の地層に埋まっていた「AIが止まらない」だったと思う)、せっかくの機会を得たので今度これらのエピソードが収録されている単行本を買ってこよう。

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そういえば、いつだったかわからないけどごく短い期間おれはよく赤松健氏と恋緒みなと氏を混同していたんだけど、そういう勘違いは一般的によくあったよなたぶん。

22:29 2003/09/11

怪光現象?

さっきからずっと遠くの空で雷光のようなものが走ってて、かなりの光量で、一瞬で、もう終わったかと思えばまた光って、というような状態を繰り返してるんだけど音がまったくしない。雷とかじゃなさそう。といっても人工の光にしてはかなりまぶしいかんじで、しかも光源が地上から伸びてるかんじじゃなくて空中が発光してるかんじで、雲に隠れてるのでよくわからず、夕方からずっとヘリが飛んでるし、てことはなにかイベントでもあってるのか、にしては人工っぽくないし、自然現象にしても無音で、気味が悪く、しかし夜空が明滅するありさまはなかなか美しい。よくわからん。

わかった。光の線が見えた。人工光じゃない。自然現象。相変わらず無音。
適当に検索してみたところ、

<ここから引用>

雷現象は、電光(でんこう)、雷鳴(らいめい)、雷電(らいでん)に分けられます。
電光は、雲と雲との間、または雲と地面との間の放電現象で、まぶしい光が見られます。
雷鳴は、ゴロゴロと鳴る音のこといいます。
雷電は、電光が見え、雷鳴が聞こえる現象です。

<引用ここまで>
20:30 2003/09/11 採録

とあり、光が見られて音がしないこれは「電光」にあたるようだ。

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かみなりねっとというサイトもあった。
「雷って何なのさ?」など妙にフレンドリーな解説や、雷にまつわるさまざまな情報。コラムも充実している。

19:57 2003/09/11

Movie / THE IRON GIANT

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よく作ってあるいい話、おもしろかった。
ジャポニカアニョータ調に有名どころで押さえていえば、ゴジラにはじまりラピュタロボと少年の心の交流に続きアトムに終わってオチまでついたというかんじだがこうまで正々堂々とやられるとかえって清々しい。そうだよなこういう話でならやっぱロボには少女でなくて少年でなくっちゃよ。
あと登場人物の一様な頬つやの良さが萌えどころ。ママの抑え気味な演技えろーい。
あれはアメリカ人にしか正しく納得することのできないノスタルジー記号なのかもしれない。

欠点を感じなかったわけじゃない。
一旦時期をはずす(=見逃す)と改めて「見よう」「見たい」と思い立つまで随分時間がかかった。作品としての重力を弱く感じたからで、それ自体が問題だ。反面、だからこそいい点もある。高重力でない、つまり無理に(善悪二極の対決!とか)センセーショナルに煽っていないぶん作品自体の歪みが少ないので、見ればけっこう出来がいい、なんだよいい話じゃねえのとなる。
全体的に色調が地味。特典についてたインタビューで監督のひとがディズニーアニメに言及して「あっちはいいけどこっち(ワーナー)は二流みたいなイメージがあったけど、この作品でうちもけっこうやるんだぜってところを見せたい(超意訳)」みたいなことを言ってたけど、近年のディズニーアニメの華のひとつは豊かですべてが鮮やかな色感だと思うので、どこかくすんだような色調のこの作品は(せっかくいい話なのに)華がなく、ディズニー作品に単純に見劣りしてしまうんじゃないかと思った。反面、だからこそいい点もある。地味を言い換えれば抑え目であり、宇宙時代到来を予感しつつもいまだ目覚めたわけではないちょっと昔のアメリカの片田舎を描くにはばっちりピッタリはまってる。鮮やかすぎたら「懐かしい今」みたいになっちゃうし、CGロボとの合いも悪くなるか、2D側まで軽い印象になってしまいかねない、ので、これはこれで正解とも思える。

うーむ、その「地味にいい仕事」ってポジションがちょっと歯痒いかんじなのかなあ。

あー、もうひとつあった。
あまりに役どころのはっきりしすぎている悪役エージェントが一人だけ浮いてる。ほかの登場人物たちにはそれぞれ二面以上の横顔が用意されてる印象があって、それぞれにリアリティというか「まーこいつは空気吸ってうんこするやつっていう雰囲気があるね」と思えたけどエージェントのひとだけが徹頭徹尾セコい悪役。そのふるまいが純粋すぎておかしい。なんていうか彼の一身でこの作品の中での「リアルじゃない部分」を背負ってしまったようなかんじ。それこそペーパーバックから抜け出してきたような。
なんの説明もなくただ登場したアイアンジャイアントよりよっぽど不思議な存在(というかこの作品中「そいつの過去が説明されるキャラクタ」はアイアンジャイアントを含めて一人も居ない、過去とか未来への保障でなくただ現在そいつが居るというその事実によって信頼を築いていくドラマだ)。あれはなんなんだろうな。おれはギャグとして見たけども、実はギャグじゃない可能性もありそうな気がするっていうか。

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それにしてもアメリカ映画の親は絶対に子供を殴らないな。やっぱり児童虐待だとかいわれちゃうんだろうかな。
いたずらがみつかった瞬間にまず頬に一発ビンタくらってそのあとひざ上に抱え上げられてけつをバンバン叩かれて納屋なりに放り込まれて鍵かけられて泣き喚いても出してもらえない、みたいなのもたまにはいいと思うんだけど。むこうのひとにとってはドラちゃんもけっこうバイオレンスって聞いたことあるなあ。

23:38 2003/09/10

Movie / THE GREAT ESCAPE

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「大脱走」。いやー、おもしろい!
一癖も二癖もあるきもちのいい連中が知恵と力を結集して大計画。状況・計画・準備・工作・準備・失敗・準備・アクシデント・修正・準備・準備・準備・実行・結果。じっくりとやる。淡々とやる。着々とやる。粛々とやる。黙々とやる。ガツンと一発ぶちかます。男の子的なわくわく感で一杯だ。映画がこんなたのしくていいのか。
見た順番でいったら最後にこれと比肩しうるきもちのよさがあった映画といえば「独立愚連隊 西へ」あたりか。あれ最後に見たのは01年01月だから2年と8ヶ月ぶり。

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ところで、いままで全然意識したことなかったんだけどこの映画て主要登場人物全員男なのな。というか一言でも台詞のある役は全員男。女はこの世界には「居ない」と言ってもいい。場面のほとんどが戦争捕虜収容所内になるのでそれが自然といえばそうなんだろうけども、脱走後の街中の描写などでも女はほとんど姿を見せず、せいぜい通行人とかそんな程度で、しかもおばさんとか老婆とかばかり。
んー、年頃の娘はおりませんかー。

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つーか大脱走という作品にはそういう一面もあったってことでいいのか。まあ衆道っていうようなじめっとしたかんじじゃないな。ゲイだ。相手を突き放したり否定したりしない、陽気な粘り強さとも合致する。考えてみればすべてつながっている。なんでいままで気付かなかった。おれの目の前でこの映画はこれまでに何度も脱走に成功し、しかもぬけぬけと戻ってきてみせていたのだ。夜が更けてから、朝が来る前に。この両眼のなんたる節穴っぷり!監視塔の死角発見。男所帯の、軍隊もので。刑務所みたいなもんだし。小学校の頃から何度も見ていた映画なので油断もあった。だが、次からはもう油断しない。

もういっぺんそういう視点で見直してみよう。それやんないとこの映画のほんとに痛快な部分をわかったことにはならない気がする。今度こそ逃さん、敵は友情だけではない。地上からフェンスを越えるだけとは限らんのだ。地下にトンネルを巡らせているかもしれん!もちろん愛情がすべてでもなく、むしろそれは一面でしかなく、友情や忠誠心、個人的な闘志もあるだろうが、そうであってもやはり、250人もの脱走を計画し準備し、実行する過程においてはそこに愛情の存在を見込んだほうが自然だ。
そういった個々人の心の動きを読み解くためには、これから何度も思い込みや決め付けを含みつつ違った見解を出し、それらを戦わせて妥当な解に近づけていく必要があるだろう。

あー、となると気になるのはたとえば「やおいのひとの「大脱走」観」などだな。
どのみち正解などはないだろうが、正解のないものの(であればこそ)読み筋をたくさん知っておくのは悪いことじゃない。

21:14 2003/09/10

ここ数日注目のゲーム
19:47 2003/09/10

Get ready for Bullet Time 2.0.

「MAX PAYNE 2」のバレットタイムは Bullet Time 2.0 だと。なんともまあ。
作法の確立したジャンルだからできることではあれ、そのゲームの根幹となりうるルール(要素)を、それこそ Pixel Shader 2.0 とかそんなんと同様に扱ってる印象でおもしろい。開発に関するドライでデジタルな自負感っていうか、ロックスターとかあのへんのひとたちのゲーム開発風土ってたしかにそんなかんじで間違いないよねみたいな。それでいてコンテンツに対する冷めた印象はない。システムではなくタイトルを作ってるかんじはちゃんとある。コラボレーションみたいなのがうまく作用してると思う。

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日本にもそういう例は幾つかあるけど(バーチャロンのMSBSとか)やっぱ幾つか以外はあまりないかんじだ。すくなくともプロモーションの前面まで出てくるようなことはなかなかない。また逆にプロモーションの前面に露出するようなら、それはシステムにではなくタイトルに寄った(ハッタリとしての、または実質的だが例外的な)作り方であり使われ方になりがちだと思う。ばっちりな例ではないがタイトル自体にバージョンがつく場合などは近い感覚だ、「ラストグラディエイター ver9.7」とか(タイトル=システム/システム←→タイトル)。いやラスグラはまた微妙にはずれた例か。うーん、どんどんずれていくな。
あれとこれは似てるけど違うとか、これとそれは違うけど同じとか、なんとも感覚的な話で、うまく言語化できない。

ウェットに(キャラクターに寄せて)外出しするのが日本の流儀ってやつだし、それはたぶん正解に近いだろう。仕組みのダイナミズム自体で感動するのは少数で、そのうえにのっかってくるものを見てはじめて反応するのがお客だ、という事実または想定のうえに成り立っているプロモーション。…個人的には、大陸相手に商売する場合にはこのへんもうちょっとおおらかにやっていったほうがいいような気がしている。

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KONAMI「METALGEAR SOLID」チームのひととかあのあたりは、単にタイトル作るだけじゃなくて開発環境やシステムの構築とか整備とかも好きそうだし(でなきゃああいうふうに高効率で似たようなゲームを作ることはできないだろうし)、延々PSやPS2用のライブラリをいじり倒した実績もあるだろうから、んー、あのへんのひとたちが案外日本で一番(「現場」の人間として)ロックスターとかに近い感覚を肌で理解できるのかなあと妄想してみたりしている、が、なんともわからん。でなければまあセガか。いやむしろセガはまったく逆か。せっかくいい状態まで仕上げたリソースを次回作でサクっと捨ててみせる会社としても有名なわけだし。
あとまあ「やろうと思えば理解できるのかも」という話であって、べつに「かれらが似たような気質なのかも」というはなしではない。

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だめだあたまが回らないのであほなことを考えよう。
実際ありうるとすればたとえばどんなのかな「マリオジャンプ5.75」「ラバーリングアクション3.0」とかそんなかんじか。ぎゃん自己アルゴリズム9.75とかは実際ありそうだ。

18:55 2003/09/10

Movie / PARTY7

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以前、Nさん家に遊びにいったとき途中から途中までしばらく見て、ひょっとしてこれはつまらないんじゃないかなー?と懐疑的な気分になってしまった映画。Nさんはわりとこれをおもしろく見ているようだったので「この映画のどこがおもしろいのか」を訊いたのだが明快なこたえは得られなかった。たぶんまともにやりだすと長くなる種類の(プロレスとかエロゲー論壇とかに近い種類の)説明が必要と判断されたんだろう。
まあ過去にそういった経緯があって今回じっくり見てみて、なんらかの文化なり系統なりの背景あっての展開(の結果としての映画)なのかなという感覚を得ることができたが、同時にやっぱり特に感想のない映画だということを再確認することになった。う。

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あとはこの映画見てて漠然と「非オタの笑いを作るっていうのもそれはそれでつれーんだな」と思った。
笑いに限らないかもしれないんだけども、話の間を持たせるのがけっこうたいへんそう。これがオタ同士の場合なら、話題を明示的に囲い込めるから無駄話を延々と続けることが(それ自体は)比較的容易だけど、非オタの場合散漫にしか話を展開させることができないので、毎回ちゃんと内容のある台詞をつなげていくか、または一定間隔で笑いを織り込んでいかないと粗がもろに出てしまう(=間が持たない)。この映画の場合物語はあんまり大胆に展開するようなことがないので意味のある台詞をつなげることで間を持たせる線はほとんど捨てなければならず、そうなると「ただ単に会話の妙だけで間を持たせること」が必要になり(たぶんその異常性こそ本作で意図されたものだろう)、結果「ちゃんとおもしろくつくるのって辛そう」という感想になる。
エロゲーがあのつまんない笑いを繰り返してるのは風土的なものもあろうけどもどっちかといえばやはり根本的には集まる人材(客も制作者も)の多様性のなさの問題だろうとやっぱりどっか頭のすみっこのあたりで納得していたんだけど、まあその納得の仕方もまだ捨てることはないけどもうちょっと根の深いところにあと2,3個納得がありそうだ。複製と大量生産、モジュレーション、念仏、テクノ、つまるところ産業革命または第二次大戦以降的な解釈、そこまではまあふつうとして、それ以外にまだなにかが。

まあそのへんは置いといてあれだな映画監督にしてからがこんだけ苦労してんだからふつうの非オタだともっと早い段階で間を持たすことが無理ってことになるよな。同じ話題を繰り返したり転調させたりして苦し紛れにつないでいくしかないけどそれでも限界はさっさと来る。てことは非オタには会話の間がもたないからセックスしてるっていう一面もあるのかもしれないな。
5時間会ってるとして2時間で話が途切れちゃうから残り3時間は、あー、どうしよ、んじゃホテルにでもー、となるのか。これがオタだと5時間あったら下手に4時間半くらい間がもっちゃって、あーしまったあと30分しかねーよ、30分じゃ無理かー、あーだめだ、次にしよ、ちょっと早いけど駅まで送ってくか、てかんじでまた来週ー。情報化社会では話題を多く吸収する努力を惜しまないほうが精神的にリッチな暮らしを送れる場合が多いっていうけど話題が貧困なほうがうまくいく場合もありそう。

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ところでANIMATRIXの「WORLD RECORD」はどっかで見たアクションのタメっぷりとかパース癖だなあなんかCMとかでこのひとの仕事見たことあったんだっけ?とか思ってたらパーティーセブンのアニメパートやってるひとだったんすね。マッドハウスだし。

21:16 2003/09/08

Movie / 蒲田行進曲

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映画撮影所を舞台とした映画、主役は大部屋俳優とくれば、そんなものはだいたいおもしろいと決まったようなもので、実際かなりおもしろかったが、あまり好きになれない。台詞回しが泥臭くてそのへんに嫌悪感がある。「泥臭いひとたちだから泥臭い台詞」ってんじゃなくて単純に脚本家の手癖みたいなものが見え透いていやだ。それは場の空気とかそういったもんじゃなくて単に場を描いたひと自身の泥臭さだろみたいな。
ところどころすごくいい場面もあるだけに(スター役のひとのガキっぽい演技などは一級品だ)いやな部分が気になって気になってしょうがない。

あと、ラストのオチのつけかた(病室のシーンから「カット」の声がかかってセットが解体されてキャスト勢ぞろいー)も、いまいち垢抜けないかんじでちょっと気になった。気分はわかるんだけど、そう落とすならもうちょっと事前から細々伏線(っていう単語は適切でない気がするけども)張っといたほうがいいんじゃないかみたいな。ああいうオチはある意味で約束されたものでなければ最高の結果を得られないんじゃないかなあと思うんだけど…。そういうのも含めた拍子抜け感を予定してたのかもしれないなあとは思いつつ一応。

21:50 2003/09/07

Movie / かあちゃん

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どっぷりのコテコテのベタベタ。
この映画ずりーよな。間違いようもなく1に1を足して2を出してくる。蚊のとまるような直球。厚顔にもほどがある。これだけ完全にあざとい映画を撮るっていうのが、市川崑氏の腹の黒さっていうかさすがの大物感っていうのか。ちょっとじんわりきてしまった。
しかしおれは認めん!こんなやりくちは断固として許可しない!やりかたがきたないぞ!

21:50 2003/09/07

Movie / 砂の器

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なにもかも「昭和の大作」。
ひとことで言って、老人になったひとたちの熟年の映画であって、いま見てもおもしろいものではない。昔の邦画独特の「じめっとしたよさ」は、この映画からも感じとることはできるものの、この映画だからこそというほどのことでもなく、だったら別の映画でもいい。

俳優を揃えて重たいテーマを万全の布陣でもって重厚にー、みたいな作り方自体どうしようもなく古臭くてつらい。大駒揃えて戦略で満足してそっから先の戦術がない、あったのかもしれないが03年の現在ではもはやそれは戦術とも言えないようなレベルでいまさらそれを戦術と感じとることがおれにはできない。平成〜世紀末までのゴジラ(特に後期)の特撮パートの組み方を見るような痛々しさっていうか(「砂の器」のほうが時代が隔絶しているぶん、生々しい痛さではないけど)。
高度であったり洒脱であったりとかが難しかった時代の、「その時代なりに挑戦した」映画だから余計に辛いのかもしれない。逆に言えば当時のひとたちにとってみれば雲上にあったような演出は、いまやおれたちの地面の下になっているということなのかも。

テーマにしても、やはり時代や血のこともあるだろうけどもこの時代ではこういった問題に対する感性は敗北か死しかなかったのだなあと思わせ、その解釈と共感する部分がない(だから泣かせ場でもまったく泣けない)。隠さねばならなかった、殺さねばならない、そこまではわからなくもない、が、おまえらがそこで泣く筋合いがまったく繋がらねんだよおれの中で。肺ではわかるが胃でわからん。
とはいえそれはこの映画の失点ではない。まさか2003年を見越しての映画ってわけでもないだろう。間違いは「おれがこの映画をいま見てしまったこと」だろう。ご時世のものを、時勢からはずれて見るなんていうのは間が抜けている。

21:50 2003/09/07

PV / MICHAEL JACKSON HISTORY ON FILM VOLUME II

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イエーーーア!!マイッコーーーーッ!!!Pow!!(←指先からエナジーを撃ち出す音)
イエッス、マイッコージャックソンニズキンゴブポップ!

何度見てもやはりマイコーはさいこうです。
PVとしては「Dangerous : the Short Films」のほうが好きな曲多いけども。つーかマイコーものなら全部いいわけだしな。でもHISTORYもIIの裏面になるとマイケルがあまり踊らなくなるのでちょっとさびしい。

21:50 2003/09/07

日々

Blasterの亜種作ってこないだFBIに逮捕されたというJeffrey Lee Parson氏の写真
18歳だというがやけに恰幅がいい顔してる…んだけど顔のつくり自体はけっこう優男風だよなと思った。レタッチツールとかで顔の形だけ細面にしてアゴをとがらせればけっこう見栄えのいいひとになるんじゃなかろうか。

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Mさん家でPS2「ファンタジーゾーン」を見せてもらって、その超3D移植っぷりに愕然。
3D化つっても適当にビルボードとかでお茶濁してんでしょーとか思ってたらまったく違った。画面止めたら2Dのファンタジーゾーンそのまんまにしか見えないんだけどしっかりポリゴン化されているのでスクロールによって微妙に動く動く。オパオパはもちろん3D(歩きもかわいい)。背景も敵も3D。SHOPのアイテムも3D。タイトルロゴまで3D。ステージ開始デモは必見(3Dが2Dに融合してゆく!)。ゲームバランスの移植度も良好(ただしアレンジモードは追加ステージがあるらしいのでアイテム購入プランを練り直す必要があるってのと、あと自機の当たり判定が原作より若干緩めになってるっぽい)。これはもうただの愛じゃないなと思った。キチガイ!

こうなるとゴールデンアックス(おれ内略称GA)の移植も楽しみだけど、でもまあファンタジーゾーンみたいな異常な愛情が注がれることは、ないだろうなあ。ハードの特性とかコスト効率とか考えてみても。ファンタジーゾーンのケースは奇跡的な場外ホームランと思っておこう。

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Tripod が isweb と統合した関係でこの日記のアドレスが http://doodle.at.infoseek.co.jp/ になったのはいいんだけど、ちょっと問題なのははてなアンテナだ。
TripodのサーバにあったすべてのページのURLが変更されたわけなので、 http://xxxx.tripod.co.jp/ (正式には http://members.tripod.co.jp/~xxxx/ )で登録してあるすべてのページを再登録する必要が今後出てくることになる。今はまだ転送かかってるのでいいけど、旧アドレスからの転送サービスが終了する04年01月末には、これらはすべて以降更新のかからないごみデータになるから。まあ自前で更新チェッカ使ってるようなひとならメンテナスも自前でやるしかないのでしょうがないけど、はてなアンテナ側で一括して tripod を at.infoseek に置換してくれるようなサポートがあれば面倒がなくていいんじゃねえかなあと思った。20や30の登録ならいいけど、ヘヴィユーザで400とか500とか登録してるようなひとだったら人力じゃめんどくさすぎてどうにもならんような気が。

20:17 2003/09/07

フリーセルロマニー

寝ても醒めてもフリーセル。
フリーセルをやめられるだけの意思力があれば禁煙なんぞは屁でもなかろうと思う。

フリーセル関連メモ。

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フリーセルの魅力はヘルプ起動時に表示されている、

という一文に集約されていると思う。
そこに一片でもロマンチシズムみたいなものを感じてしまうおれというものは根本的に文系であるなあと感じて、ちょっとさびしいような打ちのめされるような気分になる。たとえば言葉や名前、文化文明の薄皮一枚を通してしか本質に触れることのできない人間のことだ。それを「封印」と呼んでいる。それ以上分け入って触れ合う能力を持たないとき、そこから先、そのまた中にあるものを、まるごと包んで名前をつけて封じ込めるのだ。たとえば、ロマンとか。
封印は内と外を絶縁する。ロマンを通じて触れ合ったとしても得られる実質はロマンでしかなく、実感に思えるものは仮想だ。

世間は封印に満ちている。ということはおれのような人間は多く、おれはひとりではない、が、おれのような人間が多く居るという事実はさびしい。コンドーム一枚かましてしか生きられない連中は産まず増えない。すでにあるもの同士で侵食し合って地に満ちていくしかなく、その結果としてあるのが現在だ。世界が広がっていかない。広がらないが広げたい欲求は(動物だから)あるので細分化されていく。加速的に。1を足すより10で割れみたいな。
そりゃあおまえやっぱり緩慢に死んでいくよ。「フリーセルはどのゲームでも勝つ可能性があると信じられています(証明はされていません)」にロマンを感じないひとたちに祈るしかない。

18:38 2003/09/07

日々

なんか骨が折れたところと別のとこがだんだん痛くなってきたんですけど大丈夫かなおれの体。

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ノートパソコンもってきてもらったはいいがマウスがなくて、あのなんていうかタッチパネルっつーか名前よくわからないんだけどこれ、

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これでしばらく操作してみたがフリーセル遊ぶだけでも相当つらい。
ちくしょうこんな環境でフリーセル遊んでられるかとUSBマウス買ってきてさあこれで快適にフリーセルが遊べるぞと意気込んでみたまではよかったが、マウスでカチカチやってたらみるみる勝率が落ちてしまった。あれかもしれんな意外とあの操作しづらさの生み出す数瞬が、おれの場合けっこう勝率を左右する思考時間としてはたらいてるのかもしれんな。

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アリスソフト「大悪司」ようやくクリア。クリアといってもコンプリートとかじゃなくて最初の1回目。いやー長かった(この記事によれば大悪司発売は01年11月03日なので2年弱かかった計算)。いっつも宗教団体と戦う途中くらいで放り出していたんだけども、今回はなにしろ時間だけ無駄にあって部屋から動けないので腰をすえて遊んだ、ら、クリアできた。おれにもターン制SLGまともに遊べたよ!ACTやSTGだけじゃないよ!信長の野望(MSX版)さえクリアできなかったおれにでも頑張ればできるんだ的な気持ちでいっぱいです。
でもADVとかRPGとかは相変わらず無理に遊ぼうとすると反吐が出るのでだめだ。

しかしこのゲームほんまよう作ってありますね。感服つかまつった。エロゲーとか全然遊ばないTがこれだきゃ褒めてただけのことはあった。すごい大作感。てことは作るのすごいたいへんそう。死ぬほどめんどくさそう。イベント管理とかバランス調整とか。調整段階でゲームのかたちを見出すってのならわからんでもないけど、とはいえ最初から完成形を見越して設計していかないとこういうふうにはできないだろうし…。

後継作の「大番長」は今年秋っていうし、これは発売すぐに買ってみるかなあ。

0:58 2003/09/06

Movie / MOULIN ROUGE

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誰だよムーランルージュおもしろくないなんつったのは。おれか?いやおれじゃない。Nさんだったっけ。そうかもしれない。Nさんならふつうに「つまんねー」とか言いそう。それはそれでNさんが言うなら正しい。

話はまあどうってこたないが3回見てしまった。ムーランルージュというのはそういう映画だ。
劇場公開時にポスターとか見てイメージしていた内容と全然ちがった。なんかもっと場末感の高い紫煙漂うバーで踊り子をやってるヒロインと、這い上がったことがないから落ちぶれたこともないナチュラル右肩下がりな作家志望の貧乏留学生の悲恋的なアレかなーと思ってた。そんなんじゃなかった。愛を肴に歌って踊る。たのしい。そういうんだったらそう言えよみたいな。そんなものはたのしいに決まってる。

生も死も愛も陵辱するからこそエンタテインメントの凄みはある。それが軽薄であればあるほどに際立つし、ムーランルージュはその点で文句なしだ。コクのある舞台に色の薄い主役二人、脇を固める濃い役者たちとその演技(厳格な舞台監督やアドリブのわかるツルピカ指揮者やロクサーヌおやじ&嫉妬女やそしてもちろんボヘミアンちびなど愛すべき連中!)、計算された色設計にばっちり決まるライティング、エネルギッシュなダンスにヒット曲軍団大進撃な音楽、そしてベタベタに甘ったるいラブソング。見事に豪華!完全に浅薄!羽毛のように軽く、その場のノリですべてが決まる、未来や運命さえも、それは、ステージだ。
表を完璧に仕上げてショーを続けるため裏側のすべてを犠牲にして後悔のない連中。彼らにも苦悩はある!しかしそれを上品なシリアスさで(非音楽的に!)告白したりなどは決してしない。ただ踊るのだ。真顔で語るから重いとか笑顔で歌うから軽いなどということはないのだから(たとえば「青年の主張」や「真剣10代じゃべり場」などは多くの場合大真面目だがどうしようもない)、彼らが実際になにを懸けて(またはなにも懸けずに)演じているのかなどわかりようがない。スペクタキュラーは二人の愛を陵辱する。ショーに仕立て上げる。ゴージャスに!それは客にとっていかようにでも咀嚼できるようになっている。なにしろ本当のことなんざ知ったことじゃねえんだから感じたままがすべてであり真実だ。駄作として楽しむもよし快作として楽しむもよし!なんとでもいっとくれ!快楽は一夜限り、娼婦そのもののような映画、だからムーランルージュだ。
この映画が本当には重いのか軽いのか、おれにはわからないし、わかる必要がない。

あー、でも主人公の男の歌声(高音)はちょっとクセがあるかもしれない。おれはわりと好きだけど、のっぺりしてるのでさすがに4回目トラック飛ばしながら確認してたら気になってきた。まあでもこれはこれでいい。

23:29 2003/09/05

Movie / 太陽を盗んだ男

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ジュリー扮する平凡な中学校教師がプルトニウム盗んで原爆作って政府に「TVの野球中継を9時で終わらず最後まで見せろ」と要求したりするが自分でも自分がほんとはなにやりたいのかよくわかんなくてどうしたもんかーみたいな。すげえおもしろいってわけじゃないんだけども後引く映画。いや、やっぱりすげえおもしろいや。いろんなものを先取りしていて感覚は繊細だがやりくちはわりと率直で男らしい、自閉的だが優しくない、矛盾は抱えるが卑怯ではない、わき目もふらず寄り道するが遠回りしてることにはならない、若さと意地と勢いあまった娯楽大作一筆書き。
なんともいえず持ち味がいい。一本筋をとおす気概があるね。2,3ヶ月おきくらいで見たくてしょうがなくなる。

あと特典ディスクに関係者のひとたちのインタビューみたいなのとか対談とかが入ってるんだけども、このひとたちの口調がまたやけにおもしろい。あーいいおっさんがただねさすがは70年代で叩き上げただけのこたーあるみたいな。特に監督。いかにも腹に一物抱えてそうな。こういうおっさんはそう何本も映画を撮るべきでないような気がするが、いざ撮るとなったら思い切り暴れられるような映画の世界であればいいと思う。

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主演・沢田研二氏の映画といえば「妖怪ハンター比瑠子」もよかった。あんときは竹中直人氏と共演だった。本作では菅原文太氏と共演していていい味が出てる。濃い味の演技と絡むとおいしいわけだな。

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ほんとに全然関係ないが、この映画のカバー見てると風忍「地上最強の男 竜」を連想する。

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時代的にデザインの源流が近いから似た印象を受けるんだろうが、しかし両作の内容(物語の扱い方)は根本的にちがう。漫画的先鋭の行き着くところからさらにその向こうまでジャンプしてしまった感のある「地上最強の男 竜」は、あらゆる無茶を前提として説明しないことによるスピード感がビカーッと輝くわけだが「太陽を盗んだ男」は原爆をものすごーく一生懸命作ってみせたりして無茶をあくまでリアリティに踏みとどまらせる(そっから先は無茶苦茶だけども。刑事が不死身とか)。

なんていうかこの原爆製造過程に対するくそ真面目さは、「太陽を盗んだ男」が70年代にもう一度初代ゴジラみたいなこと(=無茶苦茶でも現実的に真面目なこと)をやろうとしたひとつの顕れのように思われてただ感心する。初代ゴジラの場合は「ゴジラの登場シーンで(せっかく積み上げたリアリティが崩れて)客が笑ったりしないよう苦労した」みたいな話だったが太陽を盗んだ男の場合もう一歩先へ行って「原爆を作ったやつがあほみたいな要求をする、それでいながらそれがリアルであるという筋を通す」というようなむつかしい領域まで踏み込んでいる。ゴジラは笑われることを怖れたが、太陽を盗んだ男は笑われることまで含めてリアリティを求めようとしたんじゃないだろうか。いろんな意味でもはや戦後じゃねーなと思った。

と、なんでゴジラに話が飛んだかといえば、さっき「地上最強の男 竜」の風忍氏の短編ゴジラ漫画を昔読んで妙に感心したことを思い出したからだ。確か「ゴジラコミックス」みたいな名前のアンソロジーに収録されていた。はなしの内容とかほとんど忘れてしまったが、なんか人間に滅ぼされたゴジラの魂がなぜか空手家に宿って邪悪の化身のようになってしまい、それを滅ぼすためにどうにかこうにかとか、そんなんだったような。ゴジラ関係ねえじゃんみたいな。いや関係ないってことはないが、風忍氏というひとは、お題が何であれ自分の描きたいようにしか描かないひとなんだなーと思った。説明とかリアリティとか全部ナシでむしろそうあることがスーパーリアル!みたいな。
というようなかんじで「あのデザイン」「ゴジラ」の2つの単語でおれの中の地上最強の男竜と太陽を盗んだ男はつながっており、正反対だ。その意味で特典ディスクの対談に樋口真嗣氏が出演していたのは印象的だった。

あ、つーかあれか、「そもそもゴジラと原爆は縁が深い」「この映画の監督は仇名が「ゴジ」(ゴジラのゴジ)」という二点もそれぞれ明示的な接点じゃないか。そのへんについてはあからさまなのについ今まで全然つながってなかった。なんでだ。

19:52 2003/09/05

Movie / BONNIE AND CLYDE

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いはゆる「俺たちに明日はない」であっておもしろいんだけどもこの邦題すばらしいんだかすばらしくないんだかよくわからんなー。よくわからんということはすばらしいのと変わらんので、すばらしいに決まった。いくらなんでも昔の映画だしこれまで何度も見たしで退屈するかなーと思ってたけど、今見返すとまた妙に新鮮で飽きることがなかった。

けど「明日はない」っていうような死に向かっていくかんじではないよなべつに。生の結末にたまたま死があるというだけで。昨日は捨てられない、今日があり、明日はない。かといって死ぬまでは生きているにちがいない。法をはずれても社会から脱することのないクライドとボニーは、漠然とまた具体的に死を予感しつつも二人の現在の生をその先にある死と向き合わせることがなかったように思う。
こんなふうな「正面から向き合わないズレ」みたいなものは随所にあり、そういった情景がさまざまに違和や納得を生じさせ、独特の雰囲気を作り出していると思う。

18:26 2003/09/05

Erogames Update

夕方、なんだかいつもと比べて近所の景色に色彩がないなあと思ってたら、空がこの世の終わりかというような暗雲に包まれて、吹く風も強く、みるみる真っ暗に(ほんとにこのまま地球の最期かもしれんなと漠然と思った)、続いて雷鳴→土砂降り。夕立か。
どうにも滅入るので画像加工して遊んだ。

PCにインストール済みのエロゲーの、修正パッチなどを自動的にインストールしてくれるサービスのイメージ。

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範囲限定のされかたが生臭くならないようにソフ倫とかメディ倫とかそういったところの音頭でとか。いやそれでも十分生臭いな。直接流通に絡まない媒体主導とかか。
いまいちだな。実際にないということは、ないだけの理由(なくても困らん・あったら困る・あっても効果なし・諸般の事情で絶対無理・金は誰が出すの?などなど)があるんだろうし。でもパッチ前提の商売上ユーザに一定の安心感をもたらす方法としてはWindows Update式はけっこういい線いってると思うなあ。細かいブランド提携とか去年あたりに流行ったけども「勢いはあるけど明日をも知れないぜおれたち」みたいなかんじなのかなあとか切ないので、ここはいっちょ明後日を夢見てサポート部分での超党派提携をー、とか、そういうのはきびしいかやっぱ。
「なかよしー」と「結婚。」くらい意味がちがうよな。

というかパッチ前提の商売じゃなくなるのが一番いいわけだろうけども。そんな余力がエロゲー業界にあるようならエロゲーアップデートみたいなサービスだってできもするわけだ。2chのスレッドとかエロゲー情報専門の個人ニュースサイトなどで事を足らしてるしそれで十分っていうような現状。

22:23 2003/09/03

便利なことば「たぶんラーゼフォンとか」

こないだTがノートパソコンを持ってきてくれたときに坂本真綾「ニコパチ」を聴いていたのだが、

ということで、おれとTの中でラーゼフォンは坂本真綾のボーカル曲をたくさん使ってるアニメということに決まった。

18:58 2003/09/03

tripod から at.infoseek へ

08/28 14:00 - 09/01 14:00 まで移行作業のためftpサーバ不通。更新不能となった。
Tripodがiswebに統合された。さらばTripod。
べつに理由はないがなんとなーく昔からinfoseekにはあまり好きになる理由を探せずにいたので、 http://doodle.at.infoseek.co.jp/ という新URLは微妙な感触だ。かといって引っ越すってほどではまだない。バナーもいまのところ一応Tripodと同等のもの。12月の統合第2段階で変わるのか。引越し考えるならなんとなく http://xrea.com/ かなあ。一応念頭に置いておこう。
べつに問題を感じなければこのまま継続。統合第2段階まで容量がもてば、50MBに増えるっていうし。

19:48 2003/09/02

Animation / ギャラクシーエンジェル(第1期&第2期)

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おもしろいんだよなGAのアニメ。

「アニメはここまできてしまったかー」みたいな華やかさのフラグメントや一抹の寂しさが脳内に次々去来する種類のおもしろさ。アニメ文明頽廃への曲がり角を垣間見る思いだ。頽廃ということは、(それがなんであれ)一応何事かは成ったということでもあるので、それが錯覚でも喜ばしいことではありつつ。

GAアニメのタチの悪さを喩えるなら、プリティサミーや小麦ちゃんマジカルてなどは遠く及ばずドッとKONIちゃんは近く及ぶがあっちがカニばさみから真空地獄車にかけてくる(90年代的なトドメ?)とすればこっちは正面からしゃがみ小パン連打で崩したあとナゲットにして食っちまう構え(80年代的トドメ?)。か?いやそうじゃないな。GAは伝統的なステップを案外踏まえて(省略しつつも確実性を伴って)、またはそれをおれの脳内データバンクから引き出しつつ物語?を展開させつつ世界を終わらせていっているように見える。真空地獄車というのはXライダーの必殺技(マーキュリー回路移植後)。

世界と楽屋のおおきさが、それぞれのことを考えるのがどうでもよくなる程度に成熟してしまったのでカフェテリアの一角と世界全体が等価になってしまったみたいな。あー、ということは実はギャラクシーエンジェルってセカイ系だったの?いきなり胡散臭くなってしまった。ラベリングて怖いな。怖いから強いわけだ。
愚かで下品で野蛮でモータルな、絶対の乱立する火と血と鉄の時代ではもはやない。キャラの魅力といいつつ場の魅力、とか、最近のアニメは多層化させていかないと自我を保つことさえむずかしいのだなあ。

というかこういう体裁のアニメが第3期とかまで続いてしまうこと自体おもしろいわけだが、これはあれだな「ファイナル言いながら延々続編の出つづけるファイナルファンタジー」ていうようなあれを外面ではなくて中身で実践している例なのかもしれないわけか。いいすぎか。

16:55 2003/09/02

Movie / THE STING

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「1936年、シカゴ。詐欺師たちの一世一代の大芝居が始まった。」

うますぎてなにも書くことがない。
あるべきなものがすべてあるようにある。
アメリカ人はほんとこういう映画うまいな。

16:55 2003/09/02

Movie / 猟奇的な彼女

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おもしろいとの評判があったし、Sさんもおもしろいと言ってたので結構信用して見始めたんだけども途中の展開でちょっとダレてしまいそうになった、が、終盤までがんばったらあとはおもしろかった。いい映画。1回は見る値打ちがある。

おもしろかったけど手放しではないので手放せなかった部分の不満っていうか微妙な点?を列挙。

  1. 「笑い」の作り方が若干苦しく感じられた。
    文化的にまだ段取りで笑わせようっていう段階から抜けてないかんじっていうか、日本だと萩本欽一氏の笑いの感覚に近い気がっていうか(欽ドコ見てるような気分にちょっとなった)。いまどきそれは笑えないよみたいな。べつにおもしろくもない掛け合いを読んでニヤニヤ笑いを返す訓練を積んでるエロゲオタ相手とかならまあいいんだろうけども、映像的な今っぽさがあるだけに、ぱっと見日本人とほとんど区別のつかないひとたちが演じているこの笑いの笑えなさ(がOKとして通っていること)に異文化感を覚えた。
    いずれ洗練されていけば韓国映画の笑いからも段取りっぽさが抜けていくんだろうか。むー、しかし笑いの感覚なんてそれこそ国民性に寄っちゃうものなんだしよくわからんのだよな。近隣だと香港産カンフー映画の笑いとかも時代を問わず延々段取りだし。大陸に住んでると地続きで異民族がドカドカ居るから「わりと根っこが違っても意味はわかる」程度以上に伸ばすのってむつかしそう。ていうか島国日本の邦画にしたって「映画的な笑い」とカテゴライズしてそういう空気残ってるような気もしなくはないような。ならそれは映画様式自体の問題であってそれ以外ではないか。
  2. 序盤〜中盤にかけての中だるみ。
    演出のテンポの問題と思う。まんべんなくじっくり見せすぎっていうか。でもこれも実はどうなのかよくわからん。ひとつにはこの作品が青春映画っていうか恋愛映画っていうかそのようなものであることと、もうひとつには(またしても)これが日本の映画ではないこと。
    恋愛をひとつの主題とする映画というのはようするに「スクリーン上の、おれと関係ない他人同士が延々イチャイチャしているのを眺める時間」というものを多量に含み、そんでもって他人ののろけ話を延々聞かされるのは鬱陶しいわけだから、恋愛映画はジャンル的に中だるみを宿命付けられているようなもんだから多少しょうがない面があるだろうっていうこと。そういう鬱陶しい時間をじっくりと見せないことには表現できない(自然に納得させるに足りない)ような微妙な心の交差っていうものはあるだろうし。
    で、それはそれとして本作は韓国人の撮った映画だから「韓国的にはこれでちょうどいい」という判断が仮になされていたとしてもおれは日本人だからそれを感覚(判断)することができない。技量や水準以前の文化の問題もありそう。
  3. 終盤の「どんでん返し→仕切りなおし」の回数が多すぎてくどいかんじ。
    もうちょっと切り替え少なめでスパっとギュっと削って凝縮したほうがさわやかになるような。延長戦ていうだけあってサイクルが短く早いが大展開が多すぎて「またかい」みたいな気分になった(ちょっとした対深読み・先読み用の引っ掛けはおもしろかったけども)。
    「ここで矛盾なく詰め込めるすれ違いシチュエーション全部やるぜ」みたいなブレーキの利かなさ加減と感じてしまった。しかも物語上まともに恋愛描写に割ける時間が後半以降のみになってしまったため、特に延長戦はほとんど恋愛映画っぽいカットを連番で並べるためだけのマラソンみたいな状態になってしまっているような。てことは時間配分の問題だろうか?でもこれはこれで作品性と納得しちゃってる部分もあるしで。
    最も迷うところは、これだけ短時間集中して二人の想いの交錯を畳み掛けてやったなら、作品がどうのこうのとかではなくて、この映画見に行った男子女子のみなさんは相当ふたりののろけっぷりにあてられて、さぞやいい気分で映画館を出ただろうということだ。デートで彼女と映画館に見に行って、見終わったあとに二人であーだこうだ言ってこそのものであって、骨折して寝込んでるときにひとりでDVDを見た判断が適正であるとは思い難い。つまり、出来云々は二の次として猟奇的な彼女っていう映画はこれでいいんじゃねえのっていうか。ガッデム。

上記3点いずれも(主に2と3について)長所とも短所とも判断し難い。どうなんだ。
どちらかといえば韓国固有の「"ホン"の血統」と理解するほうが自然な気もする。邦画も欧米映画と比べればはるかに湿度の高い画面を作るが、韓国映画は日本のそれと比べてより酸味の強い演出を得意としているようなっていうか。言ってみればJSAやシュリも中だるみの発生やダメ押し度合いとかの特徴が共通している。あれは、ああいうものとして見たほうがよりおもしろさを理解できるような気がする。

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ところで、なぜ映画界のひとたちは万国共通で女優のゲロシーンが好きですか?
「カルト」とか「芸術」に近いひとほど嘔吐へのこだわりを見せるような気がする、てことはたぶん性的または「フィルム上に立つ肉感」の定番表現か(性器もおならも排泄もダメなら食事とゲップと嘔吐で勝負だみたいな)?とかなんとか、なんとなーく理屈のうえでは幾つか候補を考えつかないでもないけど、直接当人たちから「なぜ嘔吐させるのか」について確かめたことがあるわけでもないのでなんともわからん。確かめなきゃわからんということは、おれ自身が体得したことがないということで、そんな状態では当人たちに確かめたとしても得るものはない。

つーかその理由(つまり映画における女優ゲロの意義)を直感的に受け取れていないおれは、映画作品から本来享受できるなにか醍醐味のようなもののひとつをまったく理解できていないことになるかもしれないなあ。変態性が足りないか、または過剰か。

16:55 2003/09/02

Movie / THE FULL MONTY

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最近でいうと「えびボクサー」を見ようかどうか迷った挙句結局行かなかったわけだけども、フル・モンティはだいたい似たようなツボを押してくれるかんじの映画だと推測しているので満足した。

16:55 2003/09/02

Comic / セクシーボイスアンドロボ2巻 / 黒田硫黄

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この漫画は読者に立場を要求する。
「おまえがこの漫画に対して何者であるかを決めろ」ということだ。立場を表明しなければ読み進めることができないようになっている。読者の立場というのはいうまでもなく読者なわけだが、それだけでなくより詳細に選ぶことが必要になる。それが立場だ。
書いてて頭がこんがらがってきた。つまりええとー、ニコがわかることをニコの視点でわかるか、ニコがわからないことをわかるかわりにニコの理解と一線を引くか、ニコと並んでわかることやわからないことを自分で決めるか、とか、そういうかんじだ。読者はふつうそうした「立場」をどんどん無意識に切り替えることで漫画を読み進める、ファーストパーソンだったり鳥瞰だったり俯瞰だったり、一芸だったり万能だったり全能だったりするがその境目はすごく曖昧なんだけども、そこんところの境目を意識させるつくりをしているかんじだセクシーボイスアンドロボの、特に2巻は。1巻と比べてずいぶんむずかしい漫画になったような気がする。

そうまでなったが、ニコはまだ少女か?いやいや、まだ少女だたぶん。
ニコが少女じゃなくなったらたぶんセクシーボイスアンドロボが終わっちまうか、または新しい漫画がはじまっちまうかするだろう。あー、そういうこと言うならこの漫画が2巻で終わったら少女じゃなくなったことになるわけか。そんないい加減な。いやそんなもの。たぶん。
ニコはともあれセクシーボイスは確固となった。アンドロボは、固まっているようでそうでもない。やはりこの漫画の天才はロボだ。

16:55 2003/09/02