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03/08/01-15
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Googleカリキュレータ

Googleで 1+1 を検索。おおー。(Scene Research Stationより)

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確か今年の夏コミは今日からなんだけども一昨日の夜から降ってる雨が全然やみません。こんなんでも徹夜で並んでるひとって居るのかな。居るんだろうな。たいへんだな(たいへんらしい)。それを誘導するひとも災難だ。まあそれはそれとして、おれはひさびさに朝マックでも食いたい気分だから8時頃までには止んでほしいなあ雨。西口のマクドは5時くらいからやってたよな確か。あーいや6:30からだった。

で、営業時間わかるページないかなーと検索してるときに見つけた日本マクドナルド社史。藤田田氏ががんばるはなしなのかな?ひまなときに読んでみよう。

4:11 2003/08/15

日々

おジャ魔女とミニマルで有名なpolygon prompt氏が、今月結婚するそうだ。おめでとうございまーす。どうも最近南のあたりから入籍波動が漂ってくるなーと思っていたらそういうことだったのか。

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お盆って確か一昨日・昨日・今日だよな。
先祖霊を迎えて送らなければーと思いながらあまりきにせずなにもしないで過ごした。

GC「パネルでポン」。
S-HARDノーコンクリアはもういっこくらい脳内にパネポンフレーバーが降ってこなければ無理っぽいな。ふつうに圧殺される。生身(プレイヤ)と機械人(CPU)の勝負なら均衡状態が長引くほど生身の不利という事実は鳥山明「ドラゴンボール」が詳らかにしている。

GC「LOTR TTT」。
埋めてなかったレゴラスのオルサンク攻略と、全然プレイしてなかったギムリのレベル上げ。
レゴラスは20階のトロル3匹にちょっとてこずったけどどうにか制覇。
ギムリはレベルを10にしてスキル埋めはまだ。
ギムリのレベル8スキルに強-強-蹴-強のラッシュがあってこれが強く、トロルとかラーツ(アモン・ヘンのボス)とか相手に素で斬り込んで勝てるっていうのはおもしろい(もちろんタイミング重要)。爆弾トロルに直接攻撃を仕掛けまくってもしばらくは平気なタフネスもある。石の城壁戦まで進んだ。レゴラスに慣れていたので、弓に追加ダメージボーナス(一発当てれば火が付いて、以降延々削れる)がなく、苦戦。多少泥をかぶってでも突っ込んでいかないときついかな。ギムリで戦うならちゃんとギムリの戦術を作らなければなければならない。ていうか強いは強いけど攻撃範囲が狭いので大柄敵相手だと互いに空振りしてしまったりする場面多し。弾き飛ばしたあとダッシュで詰めるコンボとか適当にみつくろって織り交ぜていったほうがいいのかな。

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13日は冲方丁「マルドゥック・スクランブル」の読書会にいってきた。おもしろかった。
冲方丁氏の名前は「うぶかた・とう」と読む。しらなかった。よく見たら表紙にもローマ字読みが振ってあった。

「マルドゥック・スクランブル」はジリジリしているひとがあばれているかんじでおもしろかったし、あとこのひとの仕事一覧をみていたら、あ、あ、あの、あのののシェンムーのシナリオをやっていた(ページ下)らしく、うわーそりゃあ大変だったろう!!と心情的に応援したくなった1ポイントを加点して、今後ちょっとおっかけてみようと思った、けどあれだな心情面ていうのは余計だよなべつに上がってくるものの出来とかそれをおれが楽しんで読むということができるか否かとかいう部分と関係ないわけだし、というか関係ないということはなく実際には関係できたりもするんだけどおれはそういうことがいやでいやでしょうがねえから先祖を迎えたり送ったりすることなく盆踊りとかせずに今ここに居るわけなのでおれがおれの首尾を一貫するためにはないまぜにしても元々問題ないような(つまり実体的に社会に還っていく)感情の波を断固として分離すべきな。のでやっぱり単に「マルドゥック・スクランブル」が楽しめたのでおっかけてみようと思ったというふうに思い直した。

3:22 2003/08/15

百合丘キャッツアイ

こないだ町田まで自転車で行ったときに撮った写真から抜粋。

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下北沢。

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1:17 2003/08/13

日々

珍しいことに今日、母から電話があった。これがどれくらい珍しいイベントかといえば閏年の2/29なみだ。用件は「おれに近しい人間の誰かが死んだ」だと思った。そういうときしか連絡は取らない。ところがそうではなく「今朝起きてからずっと、父が死んだ日以来の強い胸騒ぎがするので、今日は死なないように注意しろ」とのことだった。そうか、おれが死ぬという電話だったか。
ちょっと驚いた。今日珍しくおれは、結果として無傷だったが、一歩間違えば死ぬような事故に遭うところだったからだ。いや、あれはかなりあぶなかった。無事でよかったよおれ(無自覚な死の危険は毎日あるんじゃなかなと思うけど、なにしろ気付いてないんだからわからない)。だがまだ死んでいないし、生きている。母の胸騒ぎは当たらなかったかな。それともおれ以外の誰かが死んだかもしれない。または今日が終わるこれから1時間程度の間でおれが死ぬのかもしれない。あるいは母自身が死ぬのかもしれない。

ともあれへんな日だった。ひさしぶりにおれは今日死ぬかもしれないと具体的に考えながら暮らした。日が暮れたあとで死ぬかもしれない。今とか。今日じゃなく明日のことかもしれない。それとも実は昨日既に死んでいて、それに気付いていないのかもしれない。おれは自分に感覚できる範囲のことしかわからない。おれの死に方がおれが自覚できる範囲外のものだったら、まあ、おれにはわからないし、これまでにおれは死んだことがないので、そういう死に方があるともないともわからない。なんともいえない。

一期一会ていうことばがあって、あれは確か今日会うひととはもう二度と会わないかもしれないみたいな心構えをもって後悔を生むことのないよう心からおもてなしをしましょうみたいなやつだったと思うけど、あれの自分版みたいな状態で居なければ怖れてなにもできんよなと思った。または、そうした怖れを維持することができなくて、やけっぱちで生きることしかできないかもしれない。今日自分とさようならするかもしれないと思いながら日常を過ごすというのは、なんだか、ほんとは毎日そういうふうでいたほうがいいと思うんだけど、なかなかそれを具体的なイメージとして脳内に置いておくことがむずかしい。
精神と時の部屋でゴクウと悟飯が修行をした、あれだ。常時スーパーサイヤ人状態で過ごす。そういう生き方だ。いつでも自分が死ぬことを考えに入れて生きる。単に考えるだけで、べつにそれ以上でも以下でもなく、しかし自分の死をいつもイメージし続けることで、おれはおれのなにかを変えることができるだろう。なりたい自分の方向性とそれはけっこう近いはずだ。できること、伝えること、持てる関係の種類は今より少なくなるかもしれないが、後悔などからは無縁になるだろう。それをやればいいということをわかっていてもなかなかそうできない。生にひきずられている。死にひきずられてもしょうがない。ちょうどいいバランスを見極めることはむずかしい。やけくそになったり、悲観したり、臆病になったりせずに、厚い面の皮で生死の境目を歩くくらいの境地に、いずれ至ってみたいものではある。

23:33 2003/08/12

日々

URLメモ。

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さっき唐突に思い出したけども、いつだったかMさんがおれに「ミニゲームはだめ」という話をした。
「ミニ」ゲーム、あたまにミニをつけることでそれがゲームとしてのおもしろさが不足していても、またはそれがなくても、勘弁してもらおうというような、馬鹿にされても見下されても舐められても構わない、むしろそう見られることで小銭を拾おうというような、その前提がいけすかない、ゲームになってないようなものを「ミニ」で誤魔化してゲームの名前のまま売ろうなんざまっとうなやりくちではない、というような話だったような気がする。

さて、プール。

12:43 2003/08/12

日々

昨日。
なつかしい街に行って転出手続きをして、あたらしい街に行って転入手続きをした。
ほかにもいっぱい住所や名前を書いて、書類を何枚も封筒に入れた。
おれの住民票がそこにあることを忘れていた。ほとんどはじめて知ったという感覚だった。不動産屋さんに調べてもらった。住民票はおれの内臓と関係がなく、役所がおれの戸籍や住民票をどう処理しているのかとかいったような仕組みに無関心で、ようするに興味がなかったからだが、まあこういうふうに他人(役所)が自分をどう見て(処理して)いるのかについて興味がないのはおれのオタっぽさのひとつだなあと思った。

そんなこと気にしなきゃ暮らしてもいけねえのかよめんどくせえ。いや生きていけるのが困りものだがそれじゃあ四角い世間が丸くおさまらないわけか。いやだな。知らなくても死なないという事実は残酷だ。その事実によっておれは忘れても死ぬことがなかった。おれを殺しにも来ないようなやつ相手にカロリー使ってやらんなきゃいかんのか。使ってやらなきゃいかんのですよ。むしろこっちが使わないでいると向こうに使わせちゃうからそういう迷惑をやめようっていう話だよ。それがストレスを生むということは、それはおれをしあわせにもするはずで、結局愛が足りないんだよ隣人とかへの。LOVE。信じたいものしか信じないのは個人的な強さだが、信じているものしか信じられないのは社会的な弱さだ。自然に衰えていくことには納得できるけど自分から衰えていかなければ強さを得られないっていうのはジレンマなのでいつになってもいやだなあ。
いずれ社会の仕組みが、人間が余計なカロリーを使うまでもなく暮らせるようになるまでは。いやそれこそがいやなのかもな。おれはHTMLを手書きしているから。ビルダー上でやっていくことを受け容れることと、矛盾する願望を抱えてもいる。

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ともあれ昨日でおれの住民票がどこにあるのかはっきりした。また忘れるまでおれはそれを知っている。知っているということは、おれはちょっと脱オタしてしまったのかもしれないなあと思った。

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ここもけっこういいとこなんだよなーとか思い出しながらなつかしい街の駅前を散策。よく仕事に行くまえに朝飯食っていたモスバーガーに入ったら停電中で、空調が止まっていて蒸し暑かった。バーガーを食いながら暗い店内で本を読んだ。

11:44 2003/08/12

日々

魔界塔士SaGaの第3世界よろしく大東京の地下を潜航、地下鉄伝いに有楽町線-半蔵門線を乗り継いで池袋-渋谷。滅多に地下鉄使わないけど(迷うしよくわからないから)場合によって使いわければ便利なんだろうねたぶん。混んでる時間の混んでる路線以外JRよりはだいたい空いてるかんじだし。テロとかあったら逃げ場がないので怖いけどまあ生き死にのことは確率を信じて納得して生きるくらいしかやることがないわけだし。

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早朝、会社の前でばったりSさんと会って「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」を見てきたというので映画の話などしていたらなりゆきで「インターステラ5555」のモーニングショーに一緒に行くことになったのだった。

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まあおもしろかった。DVD出たら買うよたぶん。
DAFTPUNKのPVみたいなもんだし。オタ的な笑いどころはけっこうあるし、話もアホでもわかるかんじでこういう割り切り方はけっこう好きだし。インターナショナル作品にみられがちなある種の無神経さ(=日本人専用ではないことからくる文化的な違和感)も含めて。
アニオタ先進国の日本人のおれからすればまだまだアニオタ未開人向けに遠慮して作ってあるかんじだよなーみたいな部分をあちこち感じたりもしたが、具体的にどこかといえばあまり印象がないよな。全部。もともとそういうコンセプトがあるかんじだからそれは計算されたものであるかもしれないわけだし。
まああれだけどもそれとは直接関係のない引っ掛かりだけどもたとえば銅像立てればハッピーエンドかよ?みたいな違和感は、あったけど、あれはおれだけかなそれとも日本人ならわりと感じることかな。異種の精神文明がそこにあるような描写が映像からは汲み取れなかったのであれで納得するっていうのはそのまんまフランス人の感性から生じたものなんだろうなあと思うんだけども。
つまりあの青肌人の文明や文化を地球人のそれとは別個のものとしてきちんと考証したうえにああした作劇があるっていうわけではなさそうだと思うんだけど。もっと気楽な映像だよなたぶん考えるなんてくだらねえよ的な。べつに地球人もリアルじゃないわけだし。青肌人も地球人も同様にばかでゆかいな連中なんだぜみたいな。

いやていうかあれはあれで頭悪そうなかんじでけっこう好きだ。下品でしょうがねえ野蛮人どもめ!みたいな。市民革命の国のひとはやっぱ流血的な世界を認めていく生き方に対して抵抗ないのかなあ。「市民世界にある自分」とは「DQNと共にある暮らし」だと思う。おれもドンキホーテとかで買い物をしているひとたちの中に入っていかなければならないよなあ。21世紀初頭はDQNがテーマなのだ。

脱線した。
あと松本零士氏のキャラクタにいい具合の萌えっぽさとかおしゃれ度とかエロ味を混ぜたような絵柄がなかなかに得難いかんじがするので(ふつうの作品でこういうふうに松本キャラを描くっていうのは、なんかあまりない選択肢のようなかんじがした)。

まとめると「インターステラ5555」の要点は3つ。

  1. DAFTPUNKは変人
  2. 妄想オタでも突破すれば英雄
  3. DQNの社会は幸いである

かな。そうなのか?

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Sさんは続けて「ホテル・ハイビスカス」を見るといってたので入口で別れてしばらく渋谷散策。
あー渋谷だね。渋谷っぽいねー。消費者を育てる仕組みがいっぱいある。

建物とか機材とかよく見るとボロかったりとかするけど貧乏くささがなくてちょっとした工夫でおしゃれがあって、広告とか宣伝とかには金かかってて、洗練されている。かといって街自体はどうしようもなく猥雑だからカドが取れて丸くなるということにはならない。腐っても渋谷だなさすがに。ううむ。
わりとゴミの臭いとかがする。くさい。まあ東京のでかい街はだいたい臭いけども渋谷は特に臭い。まあそこはそれ上品さを下品さのうえに無理やり集積してるかんじでお祭り気分があるとも持ち上げられるかな。いやしかし、臭い。早朝とかむちゃくちゃくせえよ駅のあたり。腐ってる渋谷。

街頭で流れている音楽が渋谷くせー。なんていうか消費前提でタレ流してるよなーみたいな。シビアっていうかリアルっていうか。頭文字Dとかパチンコ屋とかが好きそうなやつとか全然聞かない。あれは生き死にで言ったら渋谷的にぬるい音楽ということになるわけだなと思った。
オタもDQNもボンクラも攻撃されないと反応しないけど、渋谷の客っていうのはようするに挑発されれば反応するわけだ。街がそういうふうな仕組みになっている。街頭のBGMとかそう。とすれば秋葉や池袋の商売は狩りとか農業だけど、渋谷の商売っていうのは釣りに近いのかな。

渋谷歩いたらもう池袋とか野暮さに対する感性が磨耗してることがわかる。あーいや街はそこにある要素をすべて含めていかないと成り立っていかないからまあどこがどうだってんじゃなくてすべて「そういう街」ってことだろう。磨耗じゃなく、なるようになってそれ。池袋はさいたま圏からの入り口だしな。歴史的なものもあるし。
ていうか通りの明るさも違うかんじなんだよな。渋谷は通りが明るい。高いビルが案外少ないってのもあるな、小さいビルがゴミゴミしてて。でかいビルがゴンゴン建ってる街だとこういうふうな種類の活況は作れないかんじは確かにする。あと土地が平らじゃないのも。坂とか階段とか高低差がそこかしこにあるというのが文化度に貢献しているかんじがする。逆にいえばなにをやるにも若干の不便さが伴うから、そこんところをおしゃれと猥雑さで包んで長所を長所に、短所を特徴に伸ばす。こういう街だと車と歩行者の住み分けがはっきりして、歩行者の強さが通りを華やかにしているよな。

あとやっぱり人が多い。池袋もまあおれの地元に比べれば東京ドーム100杯分くらい居るかんじがするけど渋谷ははるかに多いな。不況の波とかあんまり関係なくない?これでも減ってるの?このクソ暑いのに。帰省とか避暑とか旅行とかしようよみなさん。

適当に入った本屋の品揃えとか並べ方とかが渋谷くさくてちょっと微妙な気分になった。おしゃれな考えによって整理されていて確かにこれはこれでいいんだけど画竜点睛を欠いている。1号とV3とXとストロンガーがあって、2号とアマゾンが無視されているかんじ。ライダーマンはこの場合なんだろうな、なぜか平積みされてるとかそんなかんじか。
ああーやっぱおれ渋谷は辛いよ。たまにだな。たまに。

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しかしチュンソフトのひとが「街」作りたくなった気分はよくわかる。
力と技が揃っていて合わさってV3にまではなっていなくて大量に雑然と毎日生まれて消えていくかんじ。そもそも場の力っていうようなものを借景してもの作るってのは楽しいだろうしな。98年でゲームだったら「街」、00年でTVドラマだったら「池袋ウェストゲートパーク」とかになるのか。最近でアニメの「魔法遣いに大切なこと」も忘れずにな。ゲームやドラマやアニメなどだと制作期間とか消費期間とか露出の仕方とか全然違うからその背景に対して作品が求めるものとか角度とかが(その選別のキレも)必然的に違ってくるけど、まあともかく「背景のディテールによっても作品の魅力を高めようとする」というようなものの、その背景になっていけるような街には、やっぱりなんらかの魅力があるんだろうな。なければ、そこにその街がある必要がないわけだし。

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帰りはバス。
バスもいいなあ。泉麻人「大東京バス案内」のルートとかダラーっと回ってみるのもいいよな。夏だし。暑いし。もしやるならこの季節なんだよなたぶん。うーん。

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地下鉄とかバスとか普段使わない交通手段を使ったのでちょっといい日だった。

2:15 2003/08/11

日々

C.G.I.によると「ネタばれ」は「Spoiler」でOKとのこと。
Tripodから引っ越して新しいサイトやるときにでも修正しておこう(ToDo)。

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はてなアンテナ編集。
骨月伝吉朗氏へのアンテナを骨身日誌から骨ニュースに移そうとしたらOTDの掲示板はアンテナ拒否だったようなのでhonelogのほうに張り直し。あと適当にアンテナを整理すべくドカドカ消していたらそもそもどこのサイトを登録していたのか思い出せなくなった。しまった。
おれとそのページに縁があるならまた巡りあうこともあるはずなのでそれはそれでよし。

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最近ネットサーフィンてやってねえよな。web巡回すらほとんどアンテナにおまかせ。ニュースサイトも子ニュースサイトも孫ニュースサイトも見なくてほとんどNCSにおまかせ。2chはもともとほとんど見ないし自アンも最近おとなしめだ。ネットひきこもってる。
だいたいその巡回ってのはなんだよ巡回とかやってんじゃねえよ巡回したって巡回した先にあることしか見るつもりがないからそりゃおもしろいことが足りないよ。足りないから巡回先増やすしかなくてブックマークとかアンテナとか肥大化するしそういうのはもう捨てたからないので得られないし新しく作る気もないしで。ようするにおれは巡回によってはこれ以上しあわせになるつもりがない。

ネットサーフィンはほとんど死語になってしまったけどもあれはやっぱり必要なのかな。最近で近いことやってるっていったらまあGoogleだな。サーチエンジン。あたらしいページ発見たのしい(かもしれない)な的な。刺激におけるゆらぎの部分だな。
でもサーチエンジンが優秀になっちゃったのであれも実はあんまりサーフィンってかんじじゃないよな。Googleとかだとまず検索結果の2ページ目とかまで行かない。1ページ目でだいたいみつかるので。で、ヒットした先のページに行ってもそこからリンクをクリックすることはまずない。ヒットしたページは知りたい文字列を含んでいるページでそのページがそのサイトのほかのページよりもその検索結果において上位にあるということはそのサイト内でその検索文字列について最も詳しく記述されているのはそのページである確率が高いのでクリックしない。せいぜいトップページに行くくらいか。about読むくらいか。2,3クリックもしたらウィンドウ閉じてしまう。こりゃあサーフィン気分じゃないよね。これでサーフィン言ってたら陸(おか)サーファーみたいだ。しょうもない。

サーフィンやんなきゃだめかなあやっぱり。web巡回っていうとどうしてもネットを縦断的なかんじで捉えてしまいがちだよな。たとえばBLOGっていうのはサーフィンとかそういった横断的というか斜断的というかそういうふうな要素を機能的に補助するかんじだからそういう意味でも「ネットを飽きづらくするツール」として評価されているのかもしれないと思ってるんだけど、その効用をおれはいまいち享受できていないな。

別の話だけど、ネット覚えたてで何もなくてただネットサーフィンやってるだけで毎日発見があったりした時代が過ぎてサーフィンしても得るものあんましなくなって無駄が多いわりに発見なくなってきて個人ニュースサイトが流行るようになってサーフィンから巡回に変わってみんな元ページから1クリックしかしない癖がついて、そろそろ個人ニュースサイトが流行らなくなってきたらまた違ったかたちの情報供給の仕組みができるのかなあと思った。RSSリーダとかあの方向性かなあと思ってるんだけどどうかな。クリックっていうか切替。なんともわからんな。
もうブラウザのユーザーエージェントさえよっぽどのことでもない限り引きこもってしまうような時代とか。結局末端のエージェントは毎日毎時ブロードバントで走り回るとしても。

なにかまとまったコンテンツを月刊ペースとかで公開してるようなかんじのひとなら、もうweb上には告知用くらいのページとかだけ残してあとはWinnyとかでまったりやってればいいように(仕組み自体は)なっちゃってるかんじもするしなあ。実際はむつかしいだろうけども。

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8月の6日は広島の原爆の日だったわけだけども9日も忘れるなよ!長崎!落ちてんだから!
8/15は敗戦記念日。あ、終戦記念日だったっけか。敗戦と終戦のニュアンスの違いについてちょっと考えてうざったそうなのでやめた。あ、もう10日になっていたか。忘れてた。遅ればせながら黙祷。

3:14 2003/08/10

class="netabare"

この日記上、感想などにいはゆるネタバレを含む場合

というように記述することにしている。で、netabareクラスには

が指定してあり、spanはインライン要素なので、これに class="netabare" 適用した結果はこのようなかんじで「hogehoge」文章の一部がマーカーで塗りつぶされたようなかんじに見えることになる。

まあなんというか標準的なかんじのしないおれさま仕様な香りを漂わせつつ微妙な顔でソースを書く毎日なんだけども、そういえばCSSのクラス名に netabare とかそれに類する単語とか最初に使いだしたのは誰なのかしら?と思ったのでGoogleで調べてみたらそれらしい記述が2件ほどみつかった。

どちらも2001年8月頃、PCエロゲー「君が望む永遠」関連の話題のためにネタバレ用のクラスを設定したらしい(時期もほとんど一緒だし同じコミュニティに属していたのかもしれない)。特に後者の霧生的備忘録というサイトの場合 <span class=netabare>hogehoge</span> という使い方までおれのサイトと一緒。直接のご先祖様と言ってよいんじゃないかなと思った。

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まあそれはそれとして気になっているのが、「ネタバレ」って英語だとなんていうんだろう?ということだ。

だってあれだもんな、いかに素人でもどうにかなるHTMLやCSSとはいえれっきとしたコンピュータ用言語なわけだし、となればパラメータとかクラスの名前には最低限なんらかの価値観世界観の統一があるべきだ(その価値観世界観が標準的であればなおのことよい)、英語とか日本語とか適当に混じってたりしかもスペルミスしてたりとかダルシムとかもう自己世界オンリーな、ごちゃまぜすぎるうえに間違いだらけな世界観混在スパゲッティコードを日夜量産していたら、いつ標準的コード記述おやじFXなどから飛び蹴りを浴びせられても文句を言えないのでそれは困る。
netabare て、もろに日本語じゃんそれみたいな。
米英の映画評論系のポータルサイトとかで感想掲示板とか探せばみつかるかな?

あーあとあれ、anime とか manga とか hentai みたいに、むしろ日本語が英語で通用するようになってくれるまで潜伏しておくてのもいいか。ガイジンのオタクコンベンションとかで「デイヴィスsan、ソレ以上言ッテハイケマセーン。netabareニナリマース」「Oh! Sorryネ」とかいうような会話が聞こえるようになるまで。通用する範囲やけに狭くていいんだなおれ。

0:03 2003/08/10

日々

さあ今日は銀行行ったりビックカメラ行ったり本棚買ったり契約したりするぞ!とおもっていたけど起きたら18:00だったので全部やめ。「インターステラ5555」もさっき時間調べたらあと30分で上映開始だっていうし明日明日。明日のモーニングショーを狙うのもいいか。でも起きてないよなまあ。

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↓の画像。「なんかBLOGっぽいことやってるね」と言われてしまった。

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F-ZERO GXはEMERALDクリア。まだNOVICEのみ。順次STANDARD、EXPERTを埋める予定。

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ひさびさにAくんと電話。

21:55 2003/08/09

夏の年賀状

もう03年も残り4ヶ月と2/3くらいで、暑くってかったるくってしょうがないけど、こんな時だからこそとHDDを漁っていたら02年の終わりくらいに加工して遊んでいた画像がみつかった。

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きゅうくつに楽しそうなモノホイール疾駆野郎写真。ソース不明。どっかのアップローダーで拾ってきたような?俺ニュースで紹介されていたのかもしれない。さっきまあだめだろう思いつつ一応monowheelとかで適当に検索してみたけどわからなかった。こんなの(GIF / 62KB)はみつけた。
それにしても見るたび思うけどモノホイールて運転してるとき正面見えなくて平気なのかな。案外平気なのかもな。視差補完で十分なのか。スチームボーイはよう知らんけどナディアのジャンは1話でモノホイール乗ってたときちゃんと横から首出して運転してたよなたしか。違ったっけ。違ったかも。ナディアに声かけるために横向いてただけかも。

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まあいいや。とにかく、このモノホイール野郎の写真を切り抜いて…

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こんなふうな年賀画像を作ろうとしていたらしい。

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↓やりすぎ失敗。

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ていうかこのモノホイール野郎写真はいろいろ応用が楽しそうなので(たとえば視力検査のあれに使えそうだ)、掘り出したついでにもうちょっと遊んでみよう。

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関係ないけど実は春くらいから、歯をかみ合わせると口の奥のあたりに違和感がある。まだ痛いってほどではない。親不知かな。いやだなー。いっぺん歯医者に行ってみたほうがいいかもしれない。

2:13 2003/08/09

日々

URLメモ。

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さっきまで知らなかったけど来週夏休みだったらしい。畜生そういうことははやめにおしえてくれよ!ひゃっほう。来週はもう一週間ダラダラダラダラダラダラ食って寝て暮らすぞ。あーいやしかしどっか遊びに行きたい気も。というか引越しの残りとかが。いやまさか来週休みだとは思わないからふつうに来週ぶんの仕事も。あああ。

23:31 2003/08/08

Comic / セクシーボイスアンドロボ / 黒田硫黄

おもしろいので買ってなかったけどこの機会に買った。

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天才的なのはニコだが天才はロボだ。すごいやつだ。

ニコとかがたいしたことあるのはふつうだ。だって主人公だからな。さらに言うと少女だから。14歳(だったっけ?)。そんなものは。少女だったらすごいことのひとつやふたつくらいできるしやっちゃってあたりまえよ。セーラー服美少女戦士になって人類を救ったやつも居る。高校生なら世界だって救う。中学生ともなればもう最強だから宇宙だね。漫画とはそういうものだ。驚くには当たらない。だけどもロボだよ。25歳(だったっけ?)。こいつがあまりに完璧なので痺れたおれは。どうすればいいんだ。

フリーター。ロードスターもってたけど2話で盗まれて3話で木っ端微塵。ロボットおもちゃのコレクション。ほかになし。特になし。なにもなし。こりゃすごいことだ。物語におけるなにか大事な部分はこいつひとりで賄っている。才能でも実績でも過去でも未来でもなく、現在あるがままのロボ単体がロボのあるべき姿を完全に支持している。こいつはこいつの一身のみで完璧なのだ。この漫画における「現在」を支えているのはロボだ。そういうことができているやつは、作品中ほかに出てこない。

ロボは一切のものから自由だ。
ロボはなにもわかっていない。わからなくて困らない。ロボは誰からも盗まないし奪わない。その必要がない。ロボは盗まれても奪われても構わない。構う必要がない。ロボはくれるというなら拒まない。拒む必要もない。既にして完璧だからだ。天才的じゃないからだ。水のようにあるがまま。ジークンドーを地でいっている。右から殴られたら左に転ぶ、左から押されたら右によろめく、それらすべての瞬間にロボはロボであり続ける。誰のどんな力でもロボをロボでなくすことはできない。
ロボは天才だ。天然自然の加工品。ボンクラの達人。こんなやつどこにでもいそうでどこにも居ない。

完璧じゃないやつには動く必要があり、たとえばニコなどはそうだ。彼女は弱い。天才じゃないからだ。天才的だからだ。才能があり、それを駆使し、活躍するが、彼女の最強はまだ見ぬ未来に支持されている。ニコは変わる。変わらなければならない。終わりがやってくる。死だ。ニコは死ぬだろう。それは最強ゆえの弱さだ。弱さからは逃れられないという点でいえばあの老人などもそうだ。彼は過去に支持されている。これも死だ。彼は殺されるだろう。よしとして死んでいくだろう。ロボだけがロボの自由を持っている。

ほかの誰も到達できない境地にただ一人ロボが居る。そして彼は自身が完璧であり続けることにさえ頓着しないだろう。セクシーボイスアンドロボ。見事。

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2巻を読みたいんだけど本屋に見当たらない。売れてるんだろうか。なんか賞とか取っちゃってたしなあ。

0:54 2003/08/08

♪死んでしまえと百舌が啼く〜

それはそれとしてビアガーデン。肉。
浴びるように飲んで騒いでひさしぶりにいい気分で酔っ払って頭痛い。んあー。げふー。
日記は明日に回す。寝る。

あーあとCLIE用になんか画像作ろう。時刻表とか。

0:52 2003/08/07

さよなら I seek you

ICQをアンインストール。大した理由はない。

  1. [感想]昔に比べるとICQはずいぶん挙動がうざったくなったなあ。あと動作が軽快じゃないかんじが。ていうか最近ちょっとうざったくなってきたんですけど。
  2. [検討]おれはICQがなくても死なない。
  3. [決定]アンインストール

捨てるかどうか悩むっていうフェイズで「おれは○○がないと生きていけないか?」くらいしか考えないので、捨てようかなあと思いはじめたものはだいたい捨てることに決まっている。

物心ついた頃それがあたりまえにあったなら、おれは捨てることができないだろう。おれは電気を捨てることができない。キーボードも捨てられない。いずれインスタントメッセンジャをアンインストールすることのできない世代だってあらわれるかもしれない。単に困るとか不便とかじゃなくてなかったらどう生きていいかわからないとかまで食い込んだら。

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Windows Messangerもアンインストールしようかと思ったけどWindowsの箱を探すのがめんどくさいからやめた(アンインストールするのにディスクが要るらしい)。インスタントメッセンジャは、使うけどなくても死なないからなあ。情報化の深度が深まっていく昨今だから、サービスを取捨選択していかなければならない。あるサービスを片っ端から利用しているようでは高度情報化社会上にある人間とはいえない。おれはそれになりたい。ので捨てる。
…けどこのやりかたはすでに後手に回っているかんじがするよな。「気がついたら最適の環境になってました」くらいでなければならなかった。そうなれなかったから無自覚なままでいられていない。かっこわるいひとはかっこつける必要があり、かっこいいひとはかっこつける必要がない。ということはつまり、かっこつけてるひとは残念ながらかっこわるいひとなのだ。
おれは自然に情報動物になることができなかった。意識的に動物化していくほかない。

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むかしは不便なものが単に不便でそれはゆるぎなくどうしようもなかったが、いまはむかしに比べると不便なものが不便なまま残っていたりしない(めんどくさいかたちで残っていたりはする)。かなり生活の舗装が進んでいる。道のないだだっぴろい駐車場のようなもので、新しい連中はまあそれがスタート地点なんだからどうでもいいとして問題なのはそうじゃない時間を経験している、つまりおれとかの今後の処世だ。

どうあるべきか。いきなり平面に放り出されても手がかりがないので動きようがない。またはやみくもに暴れて疲れるだけ。手がかりというのは、不便さのことでもあった。いかにして自分の暮らしの中に便利や不便を配置していくかが問題になっていくはずだ。うまくマップエディットするのだ。そうして自分でデザインしたサーキットを巡航したり逆走したりして楽しまなければならない。ゲームとは反復のことで、それは人生を箱庭化し模倣したものであるはずだから、日常をゲーム的にデザインするのは外れたことではないはずだ。
ゲームプレイに対するレベルデザインくらいには違ってきている。そういうことをやってまでして生まれついての暮らし方を通そうとしている。それは自然だ。残念だ。能うかぎり不自然に留まりたいんだけどむつかしいなあ。おれは動物になりたいが、なることを望んでいない。この自縛状態はオタそのものだ。

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かいもの。WORLD TANK BATTLES第2弾。
「陸上自衛隊 vs 謎の巨大怪獣」ときたので思わず買ってしまった。マニュアル漫画に岡昌平氏テイストを感じたというのも大きい(ていうかあまり関係なく「ゴジラ対北朝鮮」が読みたくなったので段ボールをしばらく掘り返した)。

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あーなんかこういうボードゲームなつかしいな。怪獣でボードゲームといえばおれが最後にやったのって「八岐大蛇をたおせ!」とかそんな頃だ。巨大怪獣を見守る会とか出てきて時事ネタもばっちりフォローしている(かつ絶妙に風化しておりタイミング的にまた良い)。怪獣ものはこうじゃなくっちゃね。
遊ぶときにはTに協力してもらおう。

あとは歯抜けになっていた「湯煙スナイパー」の9巻と10巻と12巻を補完したり、黒田硫黄「セクシーボイスアンドロボ」を買ったりした。雨の日に漫画を買うのは主義に反しているが今日はおれが数年ぶりに漫画を読むだけじゃなくて主に買ったりもしてあまつさえそれを行方不明にしなくてちゃんと本棚とかに保存しておくひとに戻る日だったので多少の抵抗感を感じたかった。
つうかなんかこっち系の(て一括りにしちゃうとあれだけどもまあなんか本屋の同じような位置の同じような棚にまとめてゴチャゴチャ置いてあったりしてしまうようなかんじの)漫画購入のキューが数年ぶんたまってるので当座一時的にオサレサブカル度が上がってしまうかもしれないなあ。

前の前の前に引越ししたとき片っ端からみんな捨てて数冊しか残さなかったので(さいばらりえこもヨシモトヨシトモも岡崎京子も南Q太も冬野さほもその他諸々も高野文子さえもみんなみんな捨てたよ、そしてほとんど消去法的に近藤よう子の数冊だけが残った)、そこからひさしぶりの再スタート。要買い直しの物件も多い。本棚を一杯にして、一杯になったらどうするか考えよう。

1:11 2003/08/06

HEALTH と HP の違い

ソースを探したんだけど見当たらなかったので偉いひとに聞いたら違うと言われるのかもしれないけども一応「ヘルス(体力)」と「ヒットポイント(体力)」の違いについて。まちがってたらすみません。

RPGとかで育った世代にはヒットポイント(HP)という単語は馴染み深いだろうし、FPSとかで目覚めた世代にはヘルス(HEALTH)という単語がより馴染むんじゃないかなと思っている。これらはほとんど同じ意味の指標として使われている用語だけども、じゃあ同じかといえばそうではなく、どのへんが違うのかといえば「意味合いが違う」という話になるんだろうと思う。

HEALTHっていうと健康っていうか健全っていうか「あなたもサプリメントをガバガバ食ったりへんな薬をガンガン注射したり通販フィットネス器具でたるんだボディを再ビルドアップしたりしてマキシマムヘルシーライフを送りましょう!」みたいなアメリカナイズされた雰囲気であってこれは高ければ高いほどゴージャスっていうような雰囲気だ。これが0になるっていうことは「まったく健康ではなくなった」ということで、つまり、死ぬ。

対してHP(ヒットポイント)ていうのは、直接体力と関係してるような用語じゃなくて、「あと何発(ポイント)食らったら(ヒット)死ぬ」という意味で「HIT POINT」だったのではないかなと。これは高ければ高いほど「長く持ちこたえられる」という雰囲気だ。これが0になるっていうことは「致死量の打撃を浴びた」ということで、つまり、死ぬ。

んーどんなかんじだ。
「生が目減りしていくHEALTH」と「死に近づいていくHP」というかんじでいいのか。
対を成すというか表裏というか。「プレイヤにとってみればどっちでも同じ意味」という点が興味深い。表だろうと裏だろうと、コインは人間にとって1枚のコインでしかないのと同じだ。それを解釈しないことはおかしくない、とても自然なかんじがする。人間の人間っぽさっていうのはこういう部分のことなんだろうかとか。なんかまあ、そんなかんじ。

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おれの場合は、用語自体の純粋なイメージとしてはどちらかといえばHPのほうが好きだ。
HEALTHにはなんだか「んあー、なんか増えたり減ったりするよー?」みたいなおおまかでブヨブヨした印象があり、その生がゆらいでいるかんじがする。HPには「0になったら有無を言わずにあんたは死ぬんです」みたいなシャキっとした印象があり、その死の輪郭は揺らがない。今生きてるってことはいずれ死ぬんですみたいな明暗を背負った用語というかんじがするということで、はっきりしているのでわかりやすくて好きだ。

でもおれが好きなようなゲームだと、体力表示はHP以外の用語である場合が多いんだよな。
ということはおれとおれが好きなゲームの開発者(体力を「HEALTH」で表現することを決定したひと)との間にはなんらかの根本的なギャップがあると予想できる。つまり、おれの「HEALTH」という用語から喚起するイメージがズレているか、もしくはおれがゲームを想定された楽しみ方をしていないか。

まあ日本の物産が海外で日本同様の評価を受けることはいい意味でも悪い意味でもないのと同様に、海外の物産を日本のおれがいい意味でも悪い意味でも海外同様に評価することはないわけだから、こういったズレがあることは自然だ。けど。

1:57 2003/08/05

ちぃ わすれた。くだらねーことみんなわすれた

新居初夜。
TVつないで「F-ZERO GX」ちょっとやって布団しいて適当にマンガ箱を開けて「湯けむりスナイパー」をつまみ読みして寝た。おれの荷物の中には生活に必要なものが含まれていないので、新しく生活をはじめるためにまとめた荷物を解く必要がまったくない。ウィッス。

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明けて今日、ひさしぶりに病院の先生に会いに行って説教を受ける。

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駅で山田風太郎「戦中派不戦日記(新装版)」を買った。以前に読んだことがある。まだおれが電気的なネットワークに接続されていなかった頃のことだ。今となってはきれいさっぱり忘れている。おもしろかった記憶だけがあり、今読んだらまたおもしろいだろうとの確信があった。新装版になって文字がでかくなったけど逆に行間が詰まって読みにくくなったような印象がある。といっても新しいのと古いのを比べてみたわけではないのでわからない。気のせいかもしれない。
果たして山田氏の昭和20年の日記はおもしろかった。おもしろい。どういうふうにおもしろいのかといえば、いうなればこれはインターネットがなかった頃に書かれた山田氏個人のweb日記の1年分のログとしておもしろいわけだ。というよりおれはもう、誰かの日記をそのようなものとしてしか読むことができないでいる。

昭和20年の8/4は土曜日で、山田風太郎氏はその頃上郷村をどんどん歩いてみたり行商人みたいな男が立小便するのを見たりしていたらしい。03年の8/4のおれは、会社で寝たり病院行ったり、これからひとと会ったりしてそれなりに多忙、貧乏、そして他人の日記を読んでほくそえむ程度の余裕がある。

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秋葉原でTと待ち合わせ、しかし申し合わせ時間+30分を過ぎて来ないのでさくっと見切ってOさんに電話、事務所に寄ってから喫茶店で談話。主にあほあほ話。

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夜はSさんに連れられて首都高。
荒川(?)で花火大会をやっていた。かなりの見物。川面に屋形船もドバドバ浮いてる。

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今年初めてまともに花火を見た。ああーちくしょうすごいきれいだかっこいい。

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夜半は新宿で酒と肴をご馳走になる。
しんみり話やまじめな話、あほあほ話など。Oさんも大変だしSさんも大変だ。Mさんも大変だしSさんだってどうなるかわからんのでおれも大変だが、あーどうなったもんかな。3ヶ月先も読めないな。山田風太郎氏の1945年に比べれば全然マシだ。すくなくとも空襲で死んだりはしない。まあどうにかなる。どう落ちぶれても落ちぶれる余地のあるうちはまだ大丈夫だ。

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お医者さんに説教されたあとなので控えめに飲み食いする。ていうか食欲があまりない。確かに体調はよくないわけだが。夏バテだろうか。早いなおれ。うーん。今週もう1回飲み会があるんだけども…。
ともあれご馳走さまでした。

1:16 2003/08/05

日々

半日ほどかけて荷物整理。
大した量の財産があるわけじゃないので手早く済んだがオタなりに容積に対する重さはあるのでちょっとだけ苦労。あとこれまで引越しをするたびにものを捨てて徐々に自分を身軽にしてきたけど今回は捨てる手間さえめんどくさいという理由によりあまり財産(の重量)を減らすことができずにそれが鬱陶しい。死ぬときに持っておくものなんて少ないほうがいいのに決まっていて、おれはいつ死ぬか自分で知ることができないのに(運が悪くて今日とか明日死ぬかもしれないのに)、なんか妙に持ちものが多くてうざったい。
ああもうこんなにたくさんものがあったらおれの「即死する自由」が薄く引き延ばされちまうよ。

引越し作業が落ち着いたら(まだ当分先だけど)、「持ってきたものの中から捨てて困らないものを順番に捨てる」作業をやろう。

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Sさんに車を出してもらって、とりあえずゲームとか本とか書類とか衣類とか布団とかをひととおり引越し終了。PCと書類棚と冷風扇がまだ。というか新居はまだ通信環境がないのでPCもっていってもネットできないのだ。なので通信環境が整うまでは新居と旧居を行ったり来たりする生活になる。

ネット環境だけが切り離されている状況というのは一見して(いやどう見ても)不便だけどもまあこういう不便はゲーム的で慣れている。ひのきのぼうでゾーマを屠殺できるようになっても結局転職はダーマの神殿に行かないとできないみたいなもんだ。ぼうけんのしょに記録するには王様とか神父さんのところまで行かないといけない。ものの性能と場所の機能が明示的に区別されている。これはたぶんそういうふうな旧来的な生き方だろう。

ネットは旧居に行かないとできないし、それ以外は新居、給料もらうためには会社。
役割と重要度が距離によって明確化されるわけだ。その不便さ(それを感じてでも行く距離)は、おれがそのことに与える評価であり感じ取る価値だろう。まあ、そんな状態を実際に続けるのは1ヶ月ほどで十分だ。というか1日でも十分で、ていうか一瞬感じるだけでもいいわけだが、それをおれは当分の間やる。
かける必要のない部分にコストを投じて暮らしを加圧するという考え方は、ゲーム的な気がするので、ちょっと金は無駄になるけどこの状態を飽きるまで延長させてみよう。ドラクエ的な生き方におれは何日耐えられるか?

1:08 2003/08/04

日々

Tが昼に自転車で秋葉原まで来ているというので、んじゃ落ち合おうと巣鴨で合流、池袋で「茄子 アンダルシアの夏」を見た。おもしろかった。地味だ。べつにこれといったきっかけがあって見るような映画ではないかんじ。なんにもなければ見るがよいみたいな。そういう雰囲気だった。今日はなんにもないかんじだったので、踊る大捜査線2でもなくえびボクサーでもなく茄子にした。客は多いといえば多かったが少ないといえば少なかった。

この作品のわかりやすくすごいところは、ペペが日陰になったとき気付いて呟く「…おまえか」のあたりだった。
あのシーンを見ながらこれはここだけが単にすごいのかなあと疑っていたがそういうわけでもなくレースが終わってからもう一度登場したのであのすごさは偶然できたものじゃなくて意図されたものだったんだなあとわかった。ほかにもいろいろあったが、あまり重要ではないかんじがした。それらが重要でなく存在することがこの作品には必要なかんじがした。
あと、あの場所にもう一度立ったとき、ペペは信じられないくらいいい顔をしている。勝ったり負けたりとかではなく超然としているようでいて、しかしこれまでそういうことしかやってこなかったしこれからもそういうことばかりやっていくわけだけどもとにかくその時間だけはペペはあらゆるものから完全に自由な立場を取っているかんじだ(そのうえにある自由な意志で関係を選択しているかんじ)
そうか、ペペはああいう顔なのかと妙に感心(?)した。

何度も見れば幾つか発見がありそうだったので、DVDとかふらっと買ってしまうかもしれないが、そういうことはしないほうがいいような気がした。やはり1回見て1回だけで2回以上見てはじめてわかるようなことは、わからないまま忘れるのが一番いいのではないかなあと感じた。
茄子のアサディジョ漬けは、指でつまんで一口で食うらしい。あれはどれくらい噛んで飲み込むのがトラディショナルなのかわからないが、まああんまりいつまでもクチャクチャやってるようなものでもないんじゃないかなと思う。ツルっと食ってサクっとかんでゴクンと呑んで次のやつを食うのではなかろうか。でなければ、皿に盛ってあるあの量は多過ぎて食い尽くすのに時間がかかりすぎるような気がするし。

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茄子を見終わったあと、Tと秋葉原まで自転車。
先週の町田往復と比べればぷらっとそのへんまで散歩〜みたいな距離だ。池袋、雑司が谷、護国寺、飯田橋、水道橋、御茶ノ水、秋葉原。のんびり片道40分くらいで行ける。

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護国寺・講談社のあたり。閉店時間を過ぎて照明も落ちたグッズ直販店?の入り口にある等身大ちぃが異様だがこれくらいは講談社的には朝飯前なのかもしれない。撮影時刻20:54だから晩飯の時間ではある。おそるべし音羽グループ!かんけいないか。

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秋葉原駅前。ゲーマーズもシャッターが降りている。
秋葉原は20:00過ぎるとほとんどの店が閉まるので(最近アソビット効果でちょっと遅めなのかもしれないけど)人がパタっと居なくなる街だけども、それでもまだこの時間ならまったく居ないということはなく表や裏通りからポツポツとオタ然としたひとたちが湧いてきて駅のほうに向かっていく。たぶん閉店処理終わったあと帰るショップの店員とかなんだろうけども、やっぱりこのへんの業種のひとは客と店員の区別がつかないなあ(というか店員は客でもある場合が多いし)。

肉食ってビール飲んで(パオパオビールではなかった)、Tと別れて来た道を戻った。

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かいもの。

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WTMで遊ぶボードゲーム「WORLD TANK DIVISION」。GBA「STUNTMAN」。

WTDは要するにルールの冊子とコマのシートと、おまけの第1シリーズ未塗装8輌つきのセット。WTM第4シリーズの箱にはいってたフライヤーを見るかんじ、なんとなーく雰囲気的に「海洋堂関係なくてライセンス運用的な企画で昔ながらな企画会社のひとのデザインした」のでないかなーと予想していたので、べつにWTM関連だったらなんでも買うというような話ではなくルール確認目的で買った。自分で適当にルールとマップ作って遊べば一番安くあがるわけだけども、テストとかデバッグとかひととおり終わってるルールを確認してみたほうが手っ取り早いわけだし、もしほんとに昔気質なひとがボードゲーム初心者向けにデザインしたようなルールだったなら、おもしろいだろう。
一点、ルールブックがボックスに収まらないという仕様はどうにかしてほしい。

GBA「STUNTMAN」は、ふつうに買ってふつうにあそぶかんじ。
また洋GBAゲーが一本増えてしまった。国内タイトルは逆転裁判の新作とかまで買わないのかもしれない。うー。

3:26 2003/08/03

日々

F-ZERO GX、SAPPHIRE CUPをクリアすることに成功。
やりかたがわかったのでサクっとNOVICE、STANDAREDと星を埋める。

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F-ZERO GXもF-ZERO的にがんばっているのでいいゲームなんだよな。
ちゃんとほかのいろんなゲームから吸収しているし、それらほかのゲームが目指したであろう到達点なども可能な範囲で包括してみせようと努めているかんじがする。それでいてちゃんと雑多な印象のかぶさることなくピュアなF-ZEROっぽさを感じるし、N64版「F-ZERO X」で実現させたほかのレースゲームにはないルール(「↓=重力」じゃなくて「今↓にあるコース=重力」のルール。非ワールド重力/是コース重力的なもの)の独自性を保ちつつどうやら内部的に発展させることに成功しているように思われる(N64版のキチガイ重力方向は例外処理的なものの塊であったように感じられたが、今作ではマシンの挙動を見る限りそうした重力管理を基本的な仕様内に収めることに成功しているような印象を受ける=とても自然)。
あーいや、なんかPS2で似たような世界ルールにチャレンジしていたバイクレースゲーみたいなの(洋ゲー国内発売ナシ)があったけどあれは単純につまらなかった。

たとえばF-ZERO GXの世界には、そのコースの前後に関して「傾斜」というものがない。
現在立っている地点は、常に正常な下方向への重力が働いていて、完全に静止することができる(一見どんな無茶な角度に見えようとも)。なにも力を加えなければ機体は静止したまま。「自分が居る場所=重力に対して直角」。傾斜なんてもんじゃなくそもそもコース自体縦になってたりひっくりかえってたりするわけなので、F-ZERO GXのコース上というものはそもそも坂とか傾斜とかいうような些細なことを言ってられるような世界じゃないのだ。コースアウトした場合にはじめてワールド重力が働いて、機体は「↓」に落ちていく。
そんなかんじ。まあ、磁力なのかもしれないし、なんだかわからんけども。プレイヤとして関係がある部分では重力と感じられるので、そういうことにしておく。

1:26 2003/08/03

駅馬車@MotoGP

今日も今日とて鈴鹿で負けまくっていたらgun-boyがジョン・ウェインばりのノースタントアクション。

写真 写真 写真

ていうかsingle playだとpause中に現在やってるレースのreplayが見れるっていうのが、ちょっと時間感覚的にわけわかんなくていいかんじ。あれやこれやと視点変えてひととおり分析したあとpause解除してレースに戻った瞬間の奇妙な懐かしさ。ああこれはさっき見たリプレイのつづきかみたいな。夢から覚めるような。ここから先にあることはまだわからないはずだがすでに知っているもののうえにそれらはあって、おれはもうそれらに関してなら客観したことがある。

4:23 2003/08/02

日々

Mさん送別会。
そのMさんから文字通りに置き土産としてもらった半端にでかい箱をもって帰ってきた。
どうにもならないうえに扱いに困る。見事だ。せめて1/144だったらいいんだけど。ぬあー。

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「リカヴィネ」(←略語じゃなくて正式名)。
Mさん(送別会のMさんとは別のMさん)が会社用と自宅用に全種類揃えてそれでも余ったというので1個譲ってもらった。

写真

ふつうにスカートつけ忘れましたがよくできてるね。ていうか完成したと思ったら手元にいっこ余りパーツがあったのでふしぎに思っていたらそれがスカートだった。おかしいな。対象年齢15歳以上。ワンフェスをコンビニ向けに翻訳したら確かにこういうものも出てくるかもしれないけども。
んーしかしどうなんだ。これは。日本は。おれは。

3:01 2003/08/02

日々

超連射68kサントラを試聴。
うわこの曲(mp3 / 1.2MB)で使ってるサンプリング声(うしろで「EARTH」繰り返してるやつ)すげえなつかしいよなつかしさを"o"の数で表現するなら"OldSchoooooooooooooooooooooool"くらい。

これあれでしょアルファベット学習マッシーン。ひらべったい角の丸い赤いちょっと小ぶりなビート板みたいなかたちのやつ。確か当時の映画「E.T.」とかでも出たくらいポピュラーな。中産階級家庭の子供部屋に最大公約数的に転がっていた系の。おれこれ持ってた。小学校の頃。起動だかスタートだかのボタンを何度も押すとランダムにダディデディとかディゴデドとかドゥディドゥデとかディデディダとか切り替わるんだよね。

銀のエンゼルという単語によってエンゼルが天使であることは知っていたが「ANGEL」が天使を指すとは知らずにエイエジーイーエゥ、"エィンジュゥ"などとI/Oを楽しんでいた。"ムヒーン"にしか聴こえないmachineとか。完全に覚えたあとは目つぶってプレイとか逆向きプレイとかもやった。

意味とか関係なくて暗記&反復のみで遊んでいたからまったく英語学習の役には立たなかった(というかそれが意味を持つ単語であるという意識さえなく、おれにとってそれはパターン&ランダムでしかなかった)。ゲームウォッチ「うちのタマしりませんか」などと同列の扱い。ともあれたのしいおもちゃだった。おれが米英人の子供だったら多少は役に立ったかもしれないけど日本人の子供だったのでべつに役に立つ必要はなかった。

ていうかこれほかでも聞いたことあるしなんか有名どころなサンプル集とかにひととおり収録されてたりするのかな。探せばMOD音ネタアーカイブとかに転がっていそうでもある。つーかそれ系昔ひととおりダウンロードしたような記憶まである。なんだそりゃ。いい加減だなーおれの記憶。

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lowlifeが画像だけ更新していて暑中見舞いモードになっていた。はてなアンテナに引っ掛からなかったけど「はてなアンテナへの登録件数は歳の数以下にしておくの誓い」をなんとなく脳内で立てているおれの場合は下のほうになっているページも結局巡回するので辛うじておっかけられた。しかし毎日見ているわけではないのであぶなかった。ふう。

ていうか、はてなアンテナは

といったわかりやすい正義観によって評価が偏向していく仕組みになっているみたいなので、やっぱりあれはあれで一種類のバロメータとして扱うということを念頭に置いておかないとwebに対するバランス感覚を崩す原因になりうるよな。

13:43 2003/08/01