バグフィクスが進んでいる様子。
おれの場合、漠然とダウンロードフォルダにあった平沢進氏の殺戮への抗議配信2曲をmusicフォルダに放り込んでは強制終了してありゃーを繰り返していたんだけど、jelliaを読んだらpolygon prompt氏のご家庭ではふつうに遊べているらしい。んー、氏の曲ならちゃんと動作してるのか、ならcomposed by polygon promptな曲を放り込めば動くはずと思ってやってみたら動いた。わーい。曲によっては落ちるっていうはなしだったのね。
調子に乗ったので物置に残っていたmodファイルなど適当に試してみたら動く動く。こいつはいいやとひさしぶりにmodまみれの時間を過ごして、しかも弾避けしつつで、ちょっと気分がよくなった。んー、やっぱりmodと避けは相性いいな。同じ時代を育った文明だからかな。それぞれが最も栄えた場所は微妙に食い違っているにせよ。
Scene Research Stationで紹介されていた「二二九」というflashがよかった。話も動きも適度な軽さ。いかにもflashっぽいサクっとしたムービーだなあと思って、だけどそういえばflashでこういうの見たのってすごくひさしぶりな気がした。単にあんまりflash探してないってのもあるけど。なんでだろ。
「メイドインワリオ」、あと2つですべてのゲームが出る。
Tさんに「OVERMAN キングゲイナー」DVD1巻を借りた!が、今日はとにかく体調が悪いので見るのは明日以降にする。
あとTNGの第7シーズン最終話収録のディスクを貸すっていう約束を忘れないようメモメモ。
GBAソフトの購入を検討している。候補3本+決定済1本。
とりあえず週末に秋葉に行って決めよう。
うだうだ考えていてもしょうがないことなので手っ取り早くケリをつけよう。適当に感想部分だけ抽出。
この日記は逆転裁判(1&2)に関して重大なネタバレを含んでいます。ネタバレ部分はCSSで隠蔽していますが、お使いのブラウザでCSSを適用していない場合や、アンテナ等でぶっこ抜いてる場合にはそのまま表示される可能性があります。この部分→「」が普通に表示されており、かつゲームの内容を知りたくないひとは読まないほうがしあわせです。
まずは1。
「逆転裁判」(以降1)は、とにかくシステムがシンプルなゲームだと思う。表示可能面積の少なさからくる情報の少なさ、システムのシンプル、ルールのシンプル。余分なものがとにかく少ない(「法廷劇のおもしろさを追求するだけでよく、探偵パート自体が余分」などと言うことはできるんだけど、そこを突き詰めるとドラマ部分の豊かさに関する表現を今とまったく違ったものにする必要が出てくるので、そっち方面への妄想は別の話になる)。このゲームはGBA用のゲームで、GBAは性能や想定するプレイ形態から制約が多いので複雑なゲーム内容を詰め込むには適さない。逆転裁判はまさにそのような仕様上にきれいにまとめるために、このようなゲームとして作られたのだろうと推測できる。GBA用だからシンプルであり、GBAで遊ぶからこのシンプルさがうれしい。
そして正義が明快。この場合の正義というのは「このゲームにおいてプレイヤはなにをやったらいいのか」という点だ。これがすごくわかりやすい。不審な点があったらとにかく突っ込む、「さらに突っ込む」が表示されれば迷わずそれを選択していさえすればどうにかなる。挑む相手は必ず悪なのでこちらのスタイルはいつもきまって明快だ。正義を行えばいずれ必ず勝つように、このゲームは出来ているはずだ、という信頼。。
さらに言えば。
そんな操作はゲームの中に存在しない。
1で引っかかったのはその点だった。。
…まあ、以上のようなことを差し引いても実にたのしく遊ぶことができた。、この枠内で使用可能な手管をうまーく選んでおいしく仕上げたなあと感心した。たいしたもんだ。
引き続いて、2。
「逆転裁判2」(以降2)に、新たに導入されたシステムが「サイコ・ロック」だ。このシステムが意味するものは大きい。
このシステム発動に最初に遭遇したとき(2話)、これが答えかカプセルコムピューター!とか、ちょっと震えた。これはただ「冗長な探偵パートの間延びをふせいで緊張感を演出する」ためにあるものじゃないと思ったからだ。このシステムは。おれはサイコ・ロックをまさにそのために用意されたシステムと判断した。これだけ単純に仕上げたゲームにわざわざ新しい要素を追加するに足る理由といえば、それくらいしか思いつかない。
。
。
…というかんじの話だと思ったので、非常に満足した。おれは油断していたというべきだろう。となかば諦めてかかっていたからだ。ところがそうじゃなく2はあっさりとぶち破った。勿体ない。惜しげもなく。
。
。
あーあと余談として、3話目の序盤まで遊んでセーブデータを間違って消してしまって、このゲームは内容としては「やるべきことを順番どおりにこなすだけ=ほぼ完全な一本道」なので、すぐにもう一度遊び直すのはつらいかなーと思ってたんだけど実際やってみたらどうにかなったのがおもしろかった。はみちゃんが萌えキャラだったからかな、たぶん、あれが理由でどうにかなった。
ADVにおける萌えキャラっていうのは再プレイ以降のテンションをどうにかもたせるという点で役に立つ存在なんだなあと、これはほとんどはじめて実感したと思う。ACTとかSTGとかだと、プレイ回数を重ねるごとにキャラクタなんてものは当たり判定以外の意味が剥離していくものなので、それと逆の意味になる場合もあるのかー、とか。
今日、病院帰りにキモオタを二人見かけた。
大の男同士が「ごきげんよう」と挨拶を交わす様はどうかしている。どうかしているが。
おれは限界だと思った。
(参考→2chスレッド「俺は限界だと思ったのガイドライン」)
ARTIFACTによれば「成恵の世界」のOPが「Wind」のOPに似ているという話があるらしい(おれは未見)のだが、もしそれが本当だったとしても、単にそのどちらもが定番のあたりさわりのない演出の教科書だとか参考書だとか、そのようなものをなぞってるっていうだけの話なんじゃないかなと思った。「見た目3D適用っぽいデジタル演出」みたいなのは全般的に技能者の育成っていうよりは手法のテンプレ化をすすめることによる普及が推しすすめられてるかんじがする。
かれらオペレータが持っている(≒使いこなすことができる)「妥当な演出」のバリエーションは現状そう多くないので、時間とか人数とか予算とかの都合によって枠がある程度決まってくると、演出も似たようなものが適用されがちになるのではないだろうか。おまけに配色とか構図とかタイミングとかの基本を押さえて無難に画面を作っていくならよりいっそう出来上がる映像が持つ印象は近くなる。
それはべつに珍しい話じゃないと思うので、今回のケースが偶然の勘違いに過ぎなかったとしても、今後「そのつもりがなくても同じ結果に行き着いた」実例を見ることは結構あるだろうと予測している。アニメーションの世界で、ほかとの差別化を推し進める方向で実験や研究に金を使えている現場なんて、たぶん滅多にないだろう。
それが建前に過ぎないとしても「あたらしいものを見たい」というユーザの声にも支えられている世界では、新しいものを生むために「実験&研究」と「現場の経験」というふたつの要素がどうやっても必要で、そして現状では現場に実験&研究の余裕がなく経験だけでは賄いきれない(新しい画面を提供できない)部分が多くなってしまっているからアマチュア出身(つまりプロに転向する前に十分に実験や研究の経験を積む時間のあったひと)の威勢がいいように見えるっていうかんじだろうし。
…とか書いていたら、Topic 2003/04/09で加野瀬氏の「これを似ているというのは言い過ぎでしょう」とのコメントが。ちがったかんじだったのか。今度録画してるひとに頼んで見せてもらおう。ていうかそれ以前に「Wind」のOPというのも探してこないといけないな。あのへんから先、新海氏の映像に加速度的に興味を失っていったので、ファイル残してないんだよな。おれはいはゆる「「ほしのこえ」は予告編2までのひと」なので。
URLメモ。
なんかむしょうにヤダモンが見たい、今。
新文芸坐のオールナイトがこれから三週おもしろそうなんだけど、どれも混雑しそうで尻込みする。
んー、それぞれ見たいんだけど混んでる映画館で長時間っていうのはつらいんだよな。
春の嵐が吹き荒れる今日。桜の花は、土曜の雨と火曜(今日)の土砂降りでとどめを刺された感がある。
昨日の夜からえらく体調が悪くてこれはあれだなデアデビルの呪いだなと思いながら風邪薬飲んでどっぷり寝て起きて寝坊して仕事に行くかーとおもって外に出たら街中に花びらが舞っていてびっくりした。付近に桜の木がなくても風で飛ばされて、まんべんなくどこにでも花びらが。今日はさしずめセーラームーンR劇場版の日だな。
TNG鑑賞中。非常に充実しているが、空いてる時間の大半を費やしているので体験を記録する時間が取れない。
第7シーズンともなるとさすがに脂の乗ったシナリオばかりでどのエピソードも見逃せない。
まあ、もともとどのみちどのエピソードも見逃すつもりはない。
こないだのつづきというか、余り。
ゲーオタ的に言うと、マップ型ADVの特徴はマップ(場所)と時間(フラグ)を縦横の軸として作表することでゲームの進行を管理できることだ。
べつにADVに限った話ではなく画面が3Dだろうが2Dだろうが基本的に、現行の(すくなくとも国内制作の)大抵のゲームは企画面において2次元的に(表やチャートによって)管理できるようになっている。逆に言えば、たとえば3次元以上(?)などの高次元な管理手法を必要とするようなゲームはあまり制作されてないのではないかと思う。
画面やプログラムなどゲーム開発を取り巻く状況は近年飛躍的に進化しているが、顕著に質的成長が遅れているのがこの分野、企画だ。そこにある変化の半分程度は単純な量的増加に過ぎないと思う。構成する要素が膨大になり、要する時間が長大になり、ひろげるチャートが広大になり、かかるリスクも莫大になったが、結局やっていることの内容と意味を変えることに成功している(そういう変化に適応できる)企画者はそう多く出ていないのではないだろうか。また仮にそうしたゲームが出たとしてもその意味を理解して楽しめるプレイヤは、少ないだろう。
企画分野の進化の遅れは、そうした進化が必要ない(という判断、これがおそらく最大理由で妥当な判断というべきだろう)、それを行うことが現行の制作体制上困難、またその体制が要求する水準に達しているスタッフの不足及び育成ノウハウの未確立、またはそうした進化が現在のゲーム市場に対し望ましくない(という判断)、それらのどれか、または全部だろう。
企画はゲーム制作の体制の中で対象とするプレイヤに最も近づかなければならない分野なので、企画分野において質的な成長があまりないのは対象とするプレイヤが昔から今まで質的にさして成長していない(少なくともそのように予測している)という理由が大きいだろう。プレイヤがゲームを遊ぶ際に、そのゲームを「どのような構造をもったゲームであるか」と認識することを気持ちよく感じるか、という点だ。おそらく大半の人間は、具体的に「紙に書ける程度の単純な構造」以上をゲームには望んでいないし、またそれ以上複雑な構造をもったゲームが出たとき、そのゲームを脳内で再構築することに困難を感じる、またはできないんじゃないかと思う。理解できないものは気持ち悪く、恐ろしく、遠ざけるのが人間の反応だ。客に逃げられるようなゲームを作ってもしょうがない。そうでありつつも以前と同じことをやっていても飽きられるので妥当な方策として2点、「趣向の循環」と「量の増加」となる。
また実際そういう構造をもったゲームを作るとするなら、その構造を形状を保ったまま正確に表現可能で複数人が互いに情報を共有するためのツール等を整備する必要がある。そしてそれを使いこなせる人間が十分に居なければならない。すくなくともゲームの企画に必要な人数分、逆にそれができる人数でフォローできる規模のゲームを制作することになるだろう。
いずれそのような変化は来るのかもしれない。そうなってはじめてゲームは次のステップに進むのかもしれないし、そんなステップは誤った進化でしかなく速攻途絶える枝葉になるかもしれないが、まあなんというかそもそもおれは、そういう「企画自体が次世代のゲーム」というものを、現在具体的に想像することができないでいる。
「めちゃくちゃすごいGTA3」とか、そのあたりをキーワードに考えていけばビジョンの一端くらいは覗けるのかもしれないな。そうやって得られるかもしれない収穫を既存ジャンルの展張としてのゲームに当てはめてさらに妄想するっていうのは、これはまた難事だけど。…んー、たとえば「チャートなどでは説明困難な構造体をもったADV」などか?シナリオ提供(進行)部分に仮想の人格を持たせるとか。「弟切草」を人工無能とするなら「人工知能的な弟切草」とか、か。なんだそりゃ。
Entangled Spaceから、任意の音楽に合わせて弾幕を生成する「Bullet Philharmonic Orchestra」がリリースされた。mp3、mod、wavなどに対応。おーすげー、と思ったが強制終了してしまった。ありゃー。
とにかく確実に言えることは、もし桜が年中花を咲かせているような木であったとしたなら、日本人の国民性は今とはちょっと違ったものになっていただろうということだ。
逆転裁判に関するメモをまとめようと思ったけど全然まとまらなかったというか、おれが今回やろうとしたような整理のしかたはこの日記のような一列の文章によるまとめかたが適していないんだよな多分。表とか図形とかスレッドとか使ったら多少ましになりそうだけどもそういうやりかたも最近は古いらしい。あたまをグラフィカルに切り替えて3次元でとかむしろ4次元以上でとかいう方法だと今風っぽいけどグラフィカルってものは見方によって無駄も多いと思うので取り入れ方を一考しておかないと面倒だ。
思考の整理法は古来何十何百と発明されたり再発見されたりしているが、この場合どれを適用するのが適当かっていうか、おれが日記に書く場合には現在書いてるこのやりかた以外を適用するつもりはないのでこのやりかたで整理できないものは整理しないのがこの場合正しいんだよなまあ。
それはそれとして切れっぱしメモ書き出し。
ADVのシステムの新旧というか選択肢のフォーカス対象に関すること。
探偵パート中の物語進行は、逆転裁判が明らかに旧態依然とした家庭用ADVの流れをごくまっとうに継承しているADVだと表明している。マップ移動によってフラグ→イベント→ゲーム進行が明示的に管理されているからだ。ADVとしての逆転裁判の骨格は家庭用のそれを基盤として洗練させたものであり、そのうえで当代一流のひとつと判断できる。
こんなめんどくさいシステムはいまどきのPC用エロゲなどでは滅多にみられない。エロゲはああ見えてADVのシステムや進行に関して家庭用のそれより数世代洗練されている。この場合具体的には「場所の指定」によって物語進行を管理するというシステムを既に排している。エロゲにおいては、場所指定によるゲーム進行は直接的な操作であるとは言いがたく、プレイヤにかける不要の負担と判断されたという過去がある。
古くはエロゲにもそういう時代があった。elf「同級生」とかあのへんが最終形か。
プレイヤは場所を指定し、場所から場所へ移動し、そこには意中のヒロインや登場人物などが居て、イベントが発生し、フラグが立ったり消えたりして、そうやって物語が進行した。だがそのシステムには無駄があった。プレイヤが指定したいのはつまるところ「その場所に居る(かもしれないと予測するところの)キャラクタ」であって「場所そのもの」ではないからだ。
場所を指定したところで目当てのキャラクタがそこに居るという確実の保証はない。ハズレも当然多かった。無駄に大作感を主張するようなゲームであればなおさらにマップが広く、ハズレ場所やハズレイベントも多量に用意されたが、結局そこにかかる制作コストをプレイヤが積極評価することはない。こうしたアタリとハズレの判定をもってゲーム性の正義を主張するゲーム開発者もかつては居たが、そういった主張の多くは「開発者の独善」とユーザに切り捨てられる時代になった。マッピング「だけ」で回避できる当たりはずれは予備知識とでもいうのであって、ゲーム性では、確かにない。
「プレイヤ→(選択)→場所→(判定)→キャラクタ」という構図だ。無駄な判定をなくせば「プレイヤ→(選択)→キャラクタ」となる。だから徐々に「場所の指定」システムはなりを潜め、直接的に「キャラクタを指定」する選択肢が台頭した。このあたりは開発規模の都合などからくる「ラクして開発する方法」でもあったと思うが、平易に作成できるゲームは平易にプレイできるという一種の消費者正義に(あくまで結果的に)迎合してもいったと思う。
キャラクタの指定というのは一歩進めるとエピソードの指定とも言い換えられる。というかキャラクタはプレイヤに対してわかりやすいかたちでエピソードを象徴する記号なので、自然そういう位置に落ち着く。その意味「キャラクタを指定する」ことと「エピソードを指定すること」は、形態の差はあれ内容としてはほとんど同じ意味になる。
たとえばLeaf「痕」などもそうだ。序盤の選択肢で4人のヒロインを2人に絞らせ、さらにもう一度の選択肢でヒロインを1人に決定する。場所指定のシステムに慣らされていた人間などからすれば「こんなモロにわかりやすい選択肢なんてアリなのかよ」とか結構目から鱗だった。場所の指定などで中継することなく直截的に「誰を選ぶか」を表示し、そして「どのエピソードを選ぶか」を意味している。
場所選択肢に対してキャラクター選択肢、そしてストーリー選択肢だ。どんどんADVは単純になる。そのラインは最終的に小説のラインと限りなく並行に近くなるはずだが、重なることはない(と思う)。
「キャラ選択→イベント発生→選択肢→イベント分岐」みたいな楽なゲームの後で「移動→移動→移動→キャラ出現→会話→正解選択肢→イベント発生→フラグ立った→次の場所移動へ」みたいなストロークの多いゲームは、きつい。
LeafといえばPS版「ToHeart」は場所指定選択肢時代から人物指定選択肢時代への転換の記念碑的なゲームだった。
PC版HoHeartはノベル形式でありつつ選択肢が「場所指定」という眩暈のするゲーム設計だったのだが、PS版になって「場所指定だが、場所にはどのキャラクタが居るかがグラフィカルに表示されている」というシステムに変わった。場所とキャラクタが並在している。どっちでもあり、どっちでもいい。半端だ。以降ここから「場所」が消えていく。あの選択画面はまさしく過渡期を象徴していた。そしてこの転換の意義たるやあまりに大きい。
で、そうしたPC用ADV(エロゲ)の段階を踏んだ洗練の過程を見ればいかに家庭用ADVの進歩の歩みが遅れているかがわかる、が、そのうえで逆転裁判のシステムはPC用の現在水準とよく戦えるくらいがんばっていると思う。前述のとおり場所移動は本来無駄を産むシステムなのだが、逆転裁判では物語進行上不要な場所や人物などを一切省いてあるため結果的に「無駄がない」。新しい方法を知ってか知らずかはわからないがとにかくにも採ることなく、古いやりくちの無駄を極端に省くことでシステムを現用レベルまでもっていった感がある。
だから、おれは逆転裁判をこれはこれで当代一流と思った。
ところで、突き詰めていくなら本当は「プレイヤ→(指定)→キャラクタ(またはストーリー)」ではなくその奥にさらに「プレイヤ→(指定)→イベント(またはストーリー)」となるはずだが、現時点ではそこまでやってしまうというのはさすがにまずいようだ(一部の鬼畜系エロゲーなどでは標準化されているようだが、純愛系エロゲーではみられない)。ここの部分での転換というのはストーリーを完全に解体して主体をシーンに置くっていうような、物語作成上の視点の転換にもあたるからなのかもしれない。
要するにそこまでやってしまうとユーザがそれを「ストーリー」として受け取ることが難しくなる。
…ああ、いや、もしかして、ひょっとしたら、シスタープリンセスは純愛系(?)でそれに挑戦してるゲームなのかもしれないな。ひょっとしたら。
TNGのDVDボックス第7シーズンが出ていた。
TNGのDVDボックスはふつうのボックスと豪華なボックスがあるので、豪華なほうを探して買った。
第7シーズンはなんといっても最終回「永遠への旅(原題:ALL GOOD THINGS)」が秀逸であり、こればっかりは絶対に買わねばならないのだ。うはー、"Q"の吹き替えはもう見事の一言だ。高級と下品は共存してこそのものだ。
So... five-card stud, nothing wild... & the sky's the limit.
映画「DAREDEVIL」を見てきた。
本日封切りのオールナイトだったんだけど都内は朝から晩までずっと雨で街を出歩く人影も少なく、場内もガラ空きで映画館のひともたいへんだなあと思った。呼び込みとかやってたし。んー、あんまし話題じゃないのか?マーヴェルってことはアメリカじゃ人気あるのかもしれないけども日本じゃそもそも認知度がなさそうだしなあ。
事前からちょっとだけいやな予感はしていた。
で、見たのだが…。
…ダメなかんじの映画だった!
うー、この不満足感はどう書けばいいのか。あまりにどうでもいい出来なので映画館出て5秒で内容の細かい部分とかみんな忘れちまった。ははは。
マクドのフィレオフィッシュバーガーのフライ部分って四角いかたちしてるけど、あれは実際に四角い魚がいるわけはなくてあれは魚肉っぽい味のする物体をごねごねと固めて最終的に四角いかたちにしてあるだけで、でもこの映画の場合モロに「四角い魚が泳いでます(しかも骨ナシの)」みたいな映像を見せられた気分っていうか、なんつーか、それでなかったらものすごく出来の微妙な5作目あたりのハングマンのアメリカ劇場版を間違って垣間見てしまった気分というか、なんというか。
あっちゃーしまったなー、せっかくの週末土曜日なのにまずい映画見ちゃったなーというかんじ。週明けの立ち上がりに悪影響が出るのは必至なので日曜(今日)にもうちょっとまともな映画の一本でも見て建て直しをはかる必要が出てきて困った。
なんというか静止画としてのコマひとつひとつはハリウッド的に無難な仕上がりだと思うしそれなりに鑑賞に耐えると思うけども、物語から設定から演出から人物描写からアクション時のカメラワークに至るまで、とにかくなんらかの「つながり」っていうようなものが極端に適当っていうかいい加減っていうか、ガタガタ。
まったく(つながりが)ないわけではく適当につながってひとつの絵にはなるかんじはあるんだけど、強引だったりそもそも無茶だったり全然意味がなかったり明らかにマズかったりとにかく見てて痛くなる(腹が)。ツッコミどころ満載とは言わない。こうまでどうでもいい出来だと、どこから突っ込んでもなんとでも通るからつっこむことに意味がない。
つまり責任者呼んで来いってことなんだが、んー。
この映画に対して唯一まともに意味をなす(←「有効」という意味ではない)つっこみがあるとすれば「なんでこの映画が存在しているんだ?」だろう。思わず笑ってしまう出来だったとは言えるが、間違ってもおもしろかったとは言えない。まあ金返せ…とまでは思わない、値段ぶんの映像ではあったような気もしなくはない(映像なんてものはその価値如何に関らず高い金をふんだくるものだし)。
しかしこの映画の監督とスクリプトを担当したそれぞれのスタッフの胸像を劇場にひとつづつ設置しといて、「500円払ったらこの胸像の頭を順番に備えつけのスリッパでひっぱたける券」とかを販売すればもっと儲かって、しかも客もすっきりした気分で劇場を出ることができるだろうと思った。
そんなことよりさっき「逆転裁判2」をクリアした。
一度セーブデータを消してしまって一度はげんなりしてしまっていたんだけど、なんとか前回消えてしまったセーブ箇所まで戻して、そこから先はぐいぐい行った。おもしろかった!といえると思う。デアデビルのげんなり感を払拭できた感じ(完全ではないが)。
クリア記念にとりあえずほんとにどうでもいいこと2点を忘れないうちにメモ。
もうちょっとまともな部分については、今日中くらいにのんびりまとめておきたい。
体調が思わしくなかったので昨日帰って速攻ガーッと寝てガーッと起きたら昼だった。平日はこんな寝方できないな。
Gooの特集「スローフードって何ですか?」の中のこの中見出し画像がちょっとおもしろかった。「今日本人が」という表記だ。
あー「いまにほんじんが(今、日本人が)」と読むのか「きょうほんにんが(今日、本人が)」と読むのか、外国の日本語学生のひととかだったらちょっと混乱するかもしれないなと思ったっていうそれだけなんだけど。ちなみにExciteテキスト翻訳だとどう訳すかなと思って試してみたら、
「きょうほんにんが(今日、本人が)」だ。ありゃー。
SleipnirにはExcite web翻訳を利用して「いま見てるページを日英/英日翻訳するボタン」もつけられるので、あーなんかおもしれえかなと思ってこのページを英語翻訳してみたらリンク部分がおもしろかった。
I news. そうか「俺→I」か。I knew とかと引っ掛かってそれはそれでおもしろいのかも。
artificial fact. ARTIFACTて単語を最初に知ったのは安田均氏(敬愛を込めて「ヤスキン氏」と読むことにしている)の書いたTRPG関係の薀蓄本かなにかだったと思うんだけども、そもそもこれはartificial factを略した単語であるかもしれんのかっていう発想はなかったな。案外そういうことなのか?
self-Ann system. 「系」が「太陽系(Solar system)」と同列の扱い。なんかシステムっていうとかっこいいかんじだ。
んじゃあれか、渋谷系ファッションとかだと「Shibuya system fashion」か。ていうかなつかしい単語かな渋谷系。
An end diary. はてなダイアリ…ていうか「果ての(な)日記」と解釈したのか。わはは。
ちなみに連邦のタイトルはストレートに「Federation」と訳されるのだが、「連邦」ならおれの連想野では第1にソヴィエトだけど第2にガンダムが来ることになっているのでまあいいとして、これがFederationになるとどうやってもスタートレックが最強なので印象がまったく変わってしまうな。
あーそういえばスタートレックのファンサイトとかならFederation所属船のコンソール風のデザインのページてけっこう見たことあるけども、日本語の個人ニュースサイト(雑然と主にオタ方面の話題を雑然と扱うかんじのページ)とかではFederation風のデザインを使ってるところって見たことがない気がするような。なんでだ。
あと最近はやりのBLOGなどではスタートレック風のデザイン一発変換OKみたいなテンプレートとか海外のサイトにはゴロゴロ転がってたりするんかなと思ったけど、そういえばあまり見たことがないな。スタートレックがオタ共通語であった時代は去りまくっとるのかなあ。
おれは「機動戦士Vガンダム」を「ママは小学4年生」の物語潮流的視点(←なんともへんな形容だけど、気分的にはだいたいこんな語感)における正当後継的存在と捉えていたんだけど、昨日Tさんにそのことを話したらいまひとつ理解してもらえなかった様子だった。
Tさんは、意図して自分の感覚を(Tさん脳内での)オタ的一般感覚線からあまり外れないよう心がけつつ生きているひとだと思うので、そういう意味でTさんはおれのそれよりはるかに「一般」というものへの感覚を持っていると思われ、ということはママ4とVガンを縦に並べて考えるおれの見方は、オタの中でもあまり賛同を得られる意見ではないのかもしれないなと思った。まあ他人の意見に積極的に賛成してみせるようなオタは、そもそもそう居ないはずだけども。けっこう居るのかもしれないけども。
そもそも、これに限らずおれの「○○と××は似ている」は、ひとの賛同を得たためしがほとんどない。
今日も今日とて朝っぱらから花見をして回っていたら幹から咲いてる桜があった。
おっさんおっさん花咲かす位置間違うたはりますよ。
よく見れば幹だけじゃなくて枝の途中あたりからも結構な数ぽこぽこ咲いている。咲きの勢いがよすぎて枝葉に届くまえに途中から出ちゃったかんじだ。足元のエネルギーをからだを通して先から爆発させるのが技の真髄というものだと思うので、この桜はもうちょっと功夫を積む必要があると思った。
まあそんな細かいこたどうでもいいのか。どこから咲いても花は花だ。
ネットのページといっしょだ。通信としてのパケットにはロスがあるが、コンテンツとしてのパケットなんぞはどっからどう経由してどんな花を咲かせたとしても、縁があればそれをおれがみつけて楽しむこともできるだろう。その花が実をつけるかどうかは、花ならぬおれの知ったことではない。
ああそういえばGooのお花見ギャラリーのこの写真とか、ちょっとセルシェーディングがかったCG爆発を連想させる咲きっぷりだとか思った、関係ないけど。
そういえば先日中国のニュースでビル・ゲイツ氏が暗殺されたという誤報が流れたそうだ。
ニュースソースの確認経路とか案外あやふやなものなのかな。日本のニュースは大丈夫か?主義や主張が偏向するぶんには他人のやることなのでどうでもいいが、誤報だけは勘弁だ。
ひさしぶりに指を切ったのでしばらく血を舐めて過ごした。
血はうまいよな、鉄とかなんとか必要な成分が詰まってるからかな。身体から出るものは飲み食いする気になれないものばかりだけど血だけは別だ。これだきゃうまい。格別にいい。腹がふくれるわけでもないんだけどなにか大事な部分を充たしてくれるかんじがする。今日おれの指についた傷は、傷口のわりに思いのほかいい具合に血が出た(流血ってほど大変でもなく、じわじわ出続けるかんじ)ので、あーこんなに舐められるとは今日はラッキーだなあとか思った。
あと他人の血より自分の血のほうがうまい気がする。他人の血を舐めさせてもらったこともあるんだけど、あれはシチュエーション的にちょっとおもしろいなとは思ったけど味自体はたいしたことがなくイマイチなかんじだった。やはり血は自前に限る。
おれの白血球と血小板は全般的に仕事が早いので、血は時間的にはさっさと止まった。
祭りは終わりだ。祭りはさっさと終わるからいいんだ。ケのためにハレはある。血の味のしない日常のほうがおもしろいから、たまに血を舐める日が楽しい。
それはそれとして「止血」で検索してみたらみつけた日本血栓止血学会というのがちょっと興味を惹いた。そんなのあるのか。
しりとりと揚げ足とりの類似性はなにか。
こちらの戦術を相手の戦術と一部同調させることで戦闘を簡単に泥沼化できることかな(「り」で終わる単語ばかり言い合うとか、論旨を枝葉だけ肯定するとか)。というかルール自体がそういう状況を指向していると思うので、しりとりや揚げ足取りは最初から自発的に泥沼を楽しむためのゲームとして設計されたのではないかと思う。
ひまでひまでしょうがないので連載web漫画などをまとめ読みする夜のためのメモ。
自動掃除マシン(?)「ルンバ(ROOMBA)」レビュー。
ルンバっていうとどうにも┗┫●皿●┣┛←こいつの顔が。
afismを見ていてふと思い立ったので検索してみたらIDが「afism」のひとが居るスレッドがあった。325から。
doodleはむずかしいかな。桁いっこぶん確率低いか。
Fくんからのメールによると、みんなの食堂ピラミッドが閉店していたとのこと。
あー、ピラミッドさえ貸し店舗になる不況だよ。
墓荒らしにめちゃくちゃやられてなきゃいいけど。
Gooによるお花見特設ページ。「ニュースになった写真ギャラリー」からモニタごしに花見するのもなかなかいい。
こうして見てるぶんにはJPEGのノイズもさくらの花のフラグメントに織り込まれてるように感じる。
8823.netが反米ページに。
NO RICEか。エイプリルフール更新なのか。
新條まゆ「快感フレ―ズ」がひさしぶりに読みたくなってきた。アニメもいい意味で(…?)噴飯ものなのだが、あれはDVDとかにはなってないみたいなので残念。BOXがあったら思わず買ってしまうかもしれない。どっかで全話上映会とかやらないかな。
野中英次「魁!!クロマティ高校」と池上遼一&武論尊「HEAT-灼熱-」を併読するとなかなかおもしろい。
甲子園のすごい写真。真剣な当事者のひとたちには失礼なはなしだけど、ほんとにこういう光景ってあるんだなと感心した。以前2chで、こんなかんじのAAにコメントをつけるスレッドがあったような気が。
…ああこれだこれだ、やっとみつけた。ホムーラン打たれて… in テンプレ集。
写真のひとは暴投でサヨナラ負けしてしまったらしいので、ホームランじゃないけど。
「逆転裁判」やってると3DOの傑作ADV「悪逆の季節」をやりたくなってきたけど手元にハードがないので遊べないので口惜しいからせめて情報ページでも探そうと思ってたらみつけた悪逆の季節を紹介しているページと、その元サイト。ほかにもいくつか3DOソフトが紹介されていてなつかしい気分になった。リターンファイアはおもしろかったなあとか。
「悪逆の季節」はなにしろいいゲームだった。「3DO」「実写ADV」という2つのマイナスイメージ要因によってこんにちでは半ば喪われた傑作扱いになってしまっているけど、あれを遊んだ人間であのゲームを悪く言ってる人間はまだ見たことがない(絶対数が少ないのであまり確かな保証にはならないのが残念な話)。
今後「悪逆の季節」の移植とか復活とかは(諸般の都合もあろうから)ないだろうし、当時のプレイヤが3DOごと墓まで抱えていく種類のタイトルということになってしまうんだろうなあ、それはそれでゲームプレイのありさまとしてはいいかたちのひとつだと思うので、いいんだけど。
桜の木、年に一度の狂気。
咲き誇る旦那芸、はたまた若気の至りか。
普段の黒々とした幹枝から思いもつかない小さく白い大量の花びら。
いや桜の硬く繊細な枝ぶりは春の狂気を予感させるかもしれない。一見ゆるぎないようでいてどこか神経質、そしてキレるとロボコンパンチばりにさくら色の天蓋。外燃機関かおまえは。ひとの桜に似た部分が呼応して、見ているとだんだん落ち着かなくなる。
早くも見頃かとコンビニで酒買ってきて即席の花見。
満開の夜桜は視界を埋めておれの脳の後ろのあたりを威圧する。
桜の花の美しさは、ガメラじゃなくてレギオンだからな。そういえば、そんなことを先日Tさんと話したような気もする。
昨日の更新で使った画像素材。

そういえばこのサイトの、サイト自体のための画像っていまはページ用のヘッダ画像と日記用のヘッダ画像の2つだけなのだった。作るにはいろいろ作ってみていたので、もっとたくさんあるもんだと思ってたんだけど、まあちょうどいいか。