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02/12/16-28
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おれの年末

思い立ったが吉日であり、さっき思い立ったので今から夜行列車に乗って九州に豚骨ラーメンを食いにいくことにした。青春18切符でガタゴトゆられながら片道22時間くらいかけてな。行くこと自体は決まってたんだけどまさか今日とは。といっても何の準備もしてないので夜行に間に合えば乗ろうというかんじ。

いろいろお世話になりました、よいお年を。

21:43 2002/12/28

鳩の年末

あーおわったおわった。などとさっぱりした気分になるでもなくわりと淡々と年末を迎えつつある。やっといたほうがいいことはあれこれあるけどべつにやんなくても構わないといえば構わないので、やろうかやるまいか考えることを保留してただ時間が過ぎるのを待つ。

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待ち合わせにJR池袋駅前に行ったら東口前が鳩まみれ。

鳩 鳩 鳩 鳩

ブロンズ像のあたりが立ち入り禁止区域になってるから、人通りを避けて翼を休める鳩集団が、あすこに集中しやすくなってるのかもしれない。ひとが入れねえからっててめえらが自由にうんこしていい場所ってわけでもないんだけどそのへんどうよとか思ったけどさすが鳩だけあって傍若無人、危機感なし。

鳩 鳩

ちっとは警戒ってものをしないと取って喰っちまうぞと思ったけど鳩食ったってうまくないっていうしどうしようもねえなまったく。

猫はそれなりにそれっぽく存在しているように思えるのに、鳩集団はどうやったってあほの集まりにしか見えない。たしか群集モデルの解説本だったかで鳩の動きの解説とかあったよなあと思いながら考えなしにノコノコ歩いている連中のかたまりを大雑把に眺めたりしていた。

19:17 2002/12/28

日々

忘年会。
段取りが最悪だったのは大きな反省点。
周到にやることもできたんだけど、そうした場合にはいくつか必ずやんなきゃいけないことを取り落とす可能性があって、それを避けた格好になるけど、多少こぼれていいからもうちっと枠組み自体をフォローしとくべきだったか。
ほぼまったくの投げっぱなし状態。

宴会

おもしろい話などを横で聞き流しながらわりとどうでもいいことばかり考えて過ごせたのでたのしかった。あとSさんと長話などした。Sさんと長話をするのは実はあまりない機会ではあった。ほかにもいろいろあった。

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ビキニカラテ買った。

BIKINI KARATE BABES BIKINI KARATE BABES

期待以上にダメなゲームで非常に満足している。
しかも筆舌に尽くしがたいほどにダメなわけではなく、逐一挙げていけばたぶん筆舌に尽きるダメさであり、そしてなおかつそんな無駄なことは一切やる気になれないという仕上がり。ある種のパッケージとして完璧に近い出来と言える。
あきれて、あるいは、あきらめて、何の不満も出ないという。

自アンで攻略ページつくるっていってたひとのページを探さないといかんかな。

1:21 2002/12/28

揮発性の日常の化石

過去、自分がなに考えて生きていたかなんて覚えてるひとはほとんど居ないだろう。おれはもちろん毎日をモリモリ忘れて生きている。下手するとさっき食ったメシがどんな内容だったかも覚えてなかったりする。がんばって思い出してみたら一昨日のメニューだったりとかもする。ものすごく適当に日常を処理できているということであり、これはたいへん喜ばしい。
そして、こんなふうだからある程度日記は必要だ。

それはそれとして、さっき寝がけにHDD漁ってたらなんだかほんとにわけのわからんものが出土したのでピックアップ。

地上最強の男 竜

見てわかるとおり、これは風忍「地上最強の男 竜」の序盤の舞台設定というか状況説明…をやろうとしかけて、すごくいい加減な段階で放り出してあるものだ。最重要キャラのひとりである竜の妹・悦子の説明は特に序盤において欠かせないはずだがそれもない。たぶん悦子を入れるとめんどくさかったからだろう。みっともねえなあ。
こんなもん作ろうとするのはおれくらいなもんだろうからこれはおれのファイルなんだろうけど、しかしなぜおれがこんなものを作ろうとしたのか、今となってはまったく理由が究明できない。なーんだったっけな、あー全然見当がつかん、竜のキャラ相関図なんか作っておれは一体なにをするつもりだったのか、特になんの意図もなくひまだから作ってたのか。

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あー思い出した。たしか当時ICQで竜のあらすじを説明しようとしてて、序盤の舞台設定だけでもいいから図でつくっといて送信しようと思ったんだった。ような。ちがったかな。

23:27 2002/12/26

日々

明日も仕事だっていうのに酒かっくらっていい気分だ。わはは。
サラリーマンおやじが会社帰りに赤ちょうちんで一杯やりたいねっていう気分がちょっとわかったぞ。

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連想Googleあそび。

やっぱ恋人はサンダークロスだよねーと思いつつGoogleで調べてみたらホンキでplayホンネでreviewでおなじみの山下章氏がブックレットに寄稿しているらしいサンダークロスのサントラの紹介ページみたいなものとかみつけてなつかしい気分になった。
全然関係ねえけど中学時代よく遊んだSくんいまどうしてるかなあ。

とか思いながら自アン+みてみたら「恋人がサンダークロス」箱とかがあって、あーさすがボンクラのかんがえることなんざみな同じだなと思った。寝る、寝る。

22:20 2002/12/26

ページ体裁を変更

ユーザビリティより優先と規定していた、サイトデザインポリシーっていうかおれのわがままであるところの「ページ横幅の固定」が既に形骸化してしまっていることは理解していたんだけどもっていうか、それっていうのは一行に表示される文字数をある程度固定しておきたいということだったんだけど、font-sizeを固定しなくなった時点でもうだめなんだよねーっていうか、それでもまあ多少の枠組みとしての実効は期待できてる部分もあるっていうかあったんだけど、今回やめにした。歳取るとどんどんこだわりがなくなってゆくね。
とかいってるとそれっぽいけど実際んところは「歳取るとこだわりが減るっていうから、歳食ってきたおれとしてはこだわりを積極的に減らす方向でいこう」というようにまず形から入る日本人的精神がまだおれの主流を占めている印象だ。いずれ板についてくるだろう、人間は慣れるし流れる、おれも人間なのでそれができるはずだし、そうなっていくことは予想できる。残念でもあり、安心でもあり。むー。

今回のスタイルシート変更によっていくつか問題がでてくるっていうか実際すでに出てるんだけど、徐々に対策予定。また明日とかまた来年とか先があるってのはいい。まずは寝る。

3:08 2002/12/26

Oh my honey

なんの気なしにいろんなサーチエンジンなどで「ハーマイオニー」で検索してあそんでいたら、

<ここから引用>

「ハーマイオニーって並べ替えるとオーマイハニーだよね・・・」と

<引用ここまで>
21:53 2002/12/25 採録

などというコメントが載ってるページがあって、あーーと思った。
ハーマイオニーがオーマイハニーか、よしファミ通町内会にでも投稿だみたいな。

ハーマイオニーっていうと濁音のないふわふわ感と国内ではあんまし聞きなれない音感のめずらしさと、それでいつつもちょっと伝統的な雰囲気が共存したようなかんじで、ふしぎ&なじみという難しい位置にいるヒロイン向きな名前だとは思ったけども、英語→日本語→いれかえ→英語でなつかしくあたらしい意味がポロっと出た現場の痕跡をあとで知ったような気分になった。

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その他メモ。

前者はOPERAがんばれーってことで。
後者は「くらし」「白血球」とかで適当に検索してたらみかけたのでひまなときに読んどく。あと冬に夏バテページ読むのもどうかと思った。

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先日偶然気づいたんだけどIE6.0でShift押しながらホイルスクロールさせると「戻る」「進む」になるのね。これ、昔からそうだったんかいな。便利…といえば便利だけど、知ったいまでもほとんど使わない。割り当ては適切だと思うけど…むー。OPERA式のマウスジェスチャーに慣れちゃってるからなあ。

22:08 2002/12/25

禁止語句という文化

おれはことばを禁じていいことなんていうのはあんましないという考え方をするひとだけど、特定条件下においてはやっぱし禁止しといたほうがおもしろい場合もあるだろうと思っている。
たとえばもしハリーポッターのファンサイトの掲示板を作るなら、おれはたぶん「Voldemort」をNGワードとして設定することを検討すると思う。あのお話はそうした禁止語句が「ある」世界なんだから、そのファン活動のうえでそうしたお約束を敢えて踏まえておくのは必ずしも悪いことではないと思うからだ(検討課題は、機械的な制約によってそのノリをどういうかたちでどの程度まで演出することができ、かつそれが絶対的なものに「ならない」ようにできるか、という点だろう)。

ただそれは、もっとも秘められた場所や、もっとも風通しのよい場所などでは、あらゆることばは開放されてあるという前提にのっとった話だ。

10:21 2002/12/25

日々

いい歳こいたこのおれにもサンタさんからプレゼントが来たので見てみるとおまえは白血球が不足気味かもしれんので再検査だという。健康診断の結果でした。

基準値スレスレなのな。ほかのひとの結果と比べてみても確かに飛びぬけて低い。おれだいじょうぶかよ年越せるのか、再検査は来年あけてからになるし、そうなると新年に今年の抱負とかうかつに決意してそのあと緊急入院→集中治療→ご家族を呼んでください的な展開になっちゃったりするといやだから年末年始はなにも考えずに迎えることにした。無我だムガー。ヨガー。

21:49 2002/12/24

@Niftyデイリーポータルで夜の山手線一周企画

昨日やってたみたい。
0:00-11:10だから約11時間。山手線を自転車で一周するのに半日もかかるわけはないっていうか、おれの場合で4時間弱(3時間40分程度)だったから、ということは大雑把に差分の7時間くらいはリアルタイム更新のための記事作成に費やした時間ということになるんだろうか。ギャー、たいへんそう。

リアルタイム更新しながら散歩するっていうのはやっぱ効率わるいやりかたなんかいな、しかしまあこの「リアルタイム」っていうところにワクワク感をこめられるから、なんとなく企画的にはのっけておきたいところではあるんだろうけど。
単に写真をビシバシ撮ってそれを片っ端からアップローダに自動投稿とか、そういうやりかたでやれば多少のコストは低減化できそうな気はする…けどネックになってるのはコメント文考えたりとかそもそもおもしろそうな被写体探したりするのにかかる時間なんだろうし、記事的な事情によって文章も書かなきゃだめーみたいな制約もあったのかもしれない。
企画でやるのと気ままにやれるのとでは負荷が違うだろうなと思った。

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しかしまあそんなこたおいといて、これらの写真を眺めているとたのしいのだった。夜の風景にだいたい見覚えがあるから、このひとがどういうルートを通って一周したのかその道筋が大雑把にでも把握できる。あーここあのへんか、つうか同じ道とおってる、同じ道だけど逆側の歩道だな、あーここはわからんな、ひとつ違う角で曲がったんかいな、とかなんとか。
またあとで眺めてニヤニヤしよう。

9:20 2002/12/24

日々

サンタ女

今夜はクリスマスイブだからクリスマスナイツでもやるか。
「ダイ・ハード」でも見るか。

7:50 2002/12/24

ゼルダの伝説の冒険のリンク

いまのうちにリンク関連の雑想メモ。

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64ゼルダにおけるリンクはまさしく個人だった。
世界とふれあいつつも孤独、妖精の集落に育った異種、成長したリンクの前でかわらぬ姿の幼なじみ、そこに埋めがたくある隔絶、能動的にしか世界とつながっていけない絆の細さ。
世間と人間はその意思如何にかかわらず干渉しあっていくものだけどリンクの場合にはそれがない。受動的、自動的に結ばれつながっていく関係がない。リンクには友達がいて仲間もいるが、家族はないのだ。楽しいときや強いときはそれでもいいけど、さびしいときや弱いとき、リンクは一体どうやって過ごせばいいんだ?

時間を共有することはできても同じところから生まれ同じところへ帰っていくというような連帯感をほかの誰とも共有することのないヒーロー、宿命的に孤独の少年。こいつがこうあるのはこいつがこの世界の純粋な住人ではないから、つまるところ「プレイヤーキャラクタだから」なのか、というほとんど罪悪に似た感覚。
ただのNPCとして、シナリオに生みだされプログラムに組まれスクリプトに動かされるほかの住人たちと同じようにリンクがあったのなら彼は旅をすることなくまったく違う時間を生きて死んだかもしれないがもちろんそんなことはありえず、リンクが主人公でないのならそもそもリンクは生み出されなかったのだろうし、またリンクと違う者がプレイヤーキャラクタとして作られるならまたそいつがリンクの孤独を背負うことになる。

だから64版のエンディングはおれにとってなんともいえずせつない。すべて為しおえたリンクはハイラルに戻ったが、ゲームを終えた彼に帰る場所は約束されていない。戻れる世界はあっても帰る我が家はないのだ。
ゲーム中に出会った連中が焚き火を囲んで宴会をやっていて、それは見ていて楽しいけど、連中のあのなごやかさ、あのシーンが持っている楽しさや良さは「かれらにはそれぞれ帰る場所がある」ということにも起因する。家でこもっててもいいんだけど広場に集まってみんなで騒ぐ、そして宴が終わればそれぞれの家に帰っていつもの生活に戻る、それはそうした循環で、宴会のない暮らしはつまらないし、いつまでも広場で踊ってるわけにもいかない。
リンクが帰れる家があるとすれば、それはゲームがエンディングを迎えて電源が切られたその後の物語如何にかかっている。「その後リンクはあたたかい我が家でいつまでもいつまでも幸せに暮らしました」となるかどうかはプレイヤ任せで、任天堂はそれを保障しない。

これはもう、かっこいいっていうことですよと、おれは思った。
ほかになんといいようもない。

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ドラクエも1はそうだったが2で王族(家族)像を得て、3になると家で待つ母に背を押され、はるか遠い父の背を追いそれを超えるという具合に血のつながりが帰る場所を約束した。血がつながってるやつが居るという意識のなんという強さと重さ。
あの、オルテガが死んだ場所から1マス上へ進む、そのとき十字ボタンに触れる親指のためらいと、押しちゃったときのなんともいえない感慨。あれだ。「オルテガが歩いていないタイルを踏んだー!」という。まだいかなる正義も踏み入れたことのない巨悪の本拠、新雪に踏み出すような勇者の本懐。こっから先はまさしくおれの物語だという。
あの一マスにこめられた手ごたえ。オルテガとゆうしゃ(仮名)16歳、勇者親子十数年にわたる戦いというゲーム上にある仮想時間が現実のプレイ数十時間と重なり、超える瞬間。

すべて成し終えた勇者はアレフガルドに留まり、再びアリアハンの地を踏むことはないのだが、それでもそこに大きな安心感があるのはなぜだ。それは「おれはどこの馬の骨でもない、アリアハンに生まれ世界を旅してここに来て魔王を倒した、父と母の息子(娘)、勇者ロトだぞ」という意識を1プレイ通した実感として持つことができたからなのかな。
たとえ帰れなくなっても故郷の確かさを信じることができて、だから前に進めるし、知らない土地に根を下ろせる。リンクの存在の希薄さとは比較にならない。

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FFは…なんだろ。友達感かな。血を意識することのない、場の空気によって流れていくかんじがする。あんましそのへんまで考えて作ってあるかんじがしないから気軽に遊べるんだろうなと思う。かれらの意識に「帰る」っていう感覚はないだろう。物語が終わったら自我に固執することなく幽霊が成仏みたいにスーっと消えちゃうかんじ。
友達感覚でとりあえず毎度世界が救えちゃうから、なんかこう「あー、まあそんなもんかねなんつーか実際んとこ」とか思っちゃうところがなくもないんだけど。

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どうでもいいけどGoogleで「ドラクエ」「ファイナルファンタジー」とかでなんか適当に絞込み検索してるとたまにエロページがヒットするんだけど検索ワードひっかけですかね。アダルトページも苦労してるね。

19:11 2002/12/23

キッズGooはサンタクロースの夢を見るか?

ネットワークによって情報が無差別につながれていくこの現在においてガキから大人の事情を秘匿することは困難だ。一昔前ならTVや雑誌、具体的には三面記事だとか毎日流れるワイドショーによって幼稚園や小学校の頃から大人のしょーもなさを圧倒的に叩き込まれたりもしたものだが現在に至ってはインターネットだ。もうあらゆる嘘と幻想で塗り固めた子供防壁は崩れ去っていると思ったほうがいいのかもしれない。
いまどきのガキはクリスマスやサンタクロースという現象の実体を知り尽くしており、もはや「サンタクロースはお父さんでしょ?」などというわかりきった確認行為さえ退屈だ。そうした疲弊のうえに成り立っている仮面舞踏会的余裕をたのしむ風情さえある。

さて、それはともかくとして国内こどもちっくサーチエンジンの牙城であるキッズGooにおいてサンタさんの正体はいかようか。キッズGooは清く正しくこどもに「サンタさんは居ますよ」と大見得を切っているか。

これに限らず、なににどう誠実であることによって、誰にどういう影響をおよぼすことになるかっていうのは、むずかしい問題なのだが。

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さっき公園で煙草を吸いつつ幼女がおおきな犬をひっぱったりひっぱられたりしながら散歩してるさまをなごやかに眺めていたんだけども、よく見たらその犬はちんこビンビンであり、あーなごやかという情景は所詮性的コンフリクトにある象限のひとつに過ぎんのかなあとかどうでもいいことを考えたりした。

年末が過ぎていくなあ。

11:23 2002/12/23

日々

しめやかに忘年会で鍋。

湯どうふ&しゃぶしゃぶ

体調わるくて全然食えなかったけどたのしかった。

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池袋から新宿までブラブラと散歩。

猫 猫 猫 猫 猫 猫

路地裏はねこまみれだ。

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高田馬場駅の裏、コアブックスのあたり。
新マルコメ君が誕生したらしいのだが、02年7月30日、ホテルニューオータニで行われたという「新マルコメ君最終選考会」の写真がなかなかに圧巻。

新マルコメ君 新マルコメ君最終選考会

一同に会した少年坊主頭を見るとおれなどからすればあーもー全員優勝だよという気分になるが、選考会を勝ち抜いた丸山達海くんが晴れて第12代マルコメ君に就任したということらしい。つうか名前勝ちってのもあるのかな、マルコメの丸山くんっていうのは。

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都庁にのぼってみたりとか。

都庁北展望室から

サンシャイン見えねえー。新宿住友ビルとか新宿三井ビルとかあのへんが邪魔、ちょっとどいてくれよ、てわけにもいかんし。そういえばサンシャイン展望台ライブカメラからも都庁はちょうど隠れて見えないんだった。がくー。

10:22 2002/12/23

ジ・エイジ・オブ・カタカナ

ARTIFACTこの記事を読んで、記事とは全然関係ないといえばないんだけど、ああいかんいまのうちにメモっとかないと忘れるということを思い出したっていうか単にここ数年おれの認識のしかたが誤っておりしかもそれに気づかないまま今後脳内認識が是正される可能性があるので書いておく。誤った脳内認識を持つことを悪いとはちっとも思わないけど、それが誤っていることに気付けないというのは数年後ふとおもいだして布団の中でのたうち回るという通過儀礼をスルーしてしまうことなってそれはいやなのでなるべく意識的に生きたい。恥のない人生なんてまっぴらだ。

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ものの名前っていうのか表現っていうのか、そうしたものには時期によって流行り廃りがある。たとえばおれのこの日記での一人称は「おれ」なんだけど、これもそれが決定されたそのとき、おれがこの(または現在の形態に近い)日記を書き始めた当時(99年末時点)のおれの言語感を反映している。場合によっておれはおれではなく「俺」や「オレ」だったかもしれないし、もっと違って「私」や「それがし」であったかもしれない。

ものを自然に呼ぶためにはそれに適した呼び名があって、それを文字で表現するためにもTPOに応じた適切な表現があると思うし、一人称はなにかを個人の視点で語るうえでの重要な要素のひとつなので、そのへんの感性が素直に出ると思う、よくも悪くも。

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はっきりしたことはいまとなっては定かでないんだけど(これ分野や業種によってはっきりと流行のリズムがズレると思うので、すべてにおいて言えるものではないと思うけど、すくなくともオタ周辺に関して)カタカナが流行ものとして通用していたのはだいたい去年の初頭あたりまでだと思っている。
なにしろこれは感覚の問題で、おれの判断が時代の気分に沿っているとはもちろん思わないけど、しかしなんというか、それはそれでどこまでをおれ自身だと線引きするかというような判断はむずかしい。

おれが、あーそろそろカタカナの時代ではなくなったのかなと意識した事件は2つ記憶にある。

たぶん00年まではわりとOKだったんじゃないかと思うんだけど、01年に入ったらもうおれの中でははっきりとNGになっていた。
んじゃ01年以降は何がOKになってるのかというと…ひらがなかな。たぶん。この流れは99年中期くらいからじわじわとあって、01年あたりではっきりと出た。「夜刀の神つかい」3巻の最後あたり(連載時01年1月)、銃で撃たれたヒカゲの全文ひらがな語りがいいかんじだなあと思ったし、「彼女と彼女の猫」の新海誠氏の新作「ほしのこえ」(予告00年〜)が「星の声」でも「ホシノコエ」でもなく「ほしのこえ」だったのは、あーたぶんこいつはけっこうなヒット作になるだろうという予感を感じさせた。

んじゃ現在はどういう言葉使いが主流になりつつあるのかというと、それはよくわかってなくて、たぶん01年ほどにはカタカナが痛くなく、ひらがなの政権もちょっとそろそろ危うくなりかけてきていて、英字の時代が来るにはちょっと世情的に(それは流行となるには)英字というよりは英語が普通に氾濫するようになってきていて、かといってルビ打ち漢字(たとえば…ええと、たとえとしてはあんまりだけど「星座(ほし)(こえ)」とかそういうふうに書いちゃう系)が再起するにはまだ早すぎるだろう、というかんじなのかな。混沌化してるようにも見えるけど、しかしたぶんまた1年くらい経過すれば「ああやっぱしあの頃はあれこそがOKだったのかな」とか後々には言えると思うし、べつに現在がとりたてて複合状況化してるわけではないと思う。むー、むー、案外普通に「漢字+ひらがな」に戻ったのかなあ。
はっきりとした予感は、現時点で発表されるタイトルが全文ひらがなだったなら、それは本編が公開される頃には十分に痛くなっているだろいうということ。1年とか長めのスパンでなにかを作る場合、タイトルは1年先を見越してそれで通用するよーにつけとかないとやばいよなと思う。普遍的なかんじにしとくのが妥当なんだけど、うまい具合に時代にのっかることができればおいしいから、危なげはありつつもタイトルに博打を打っちゃうひとは多いのかな。

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そうしたものとは全然関係なくっていうかあるんだけどないっていうのか、基本的に言語感覚は時代じゃなくて個々人にこそあるもので、世間の時間にあわせてみんなが使い分けてる部分っていうのはそんなに大きくないっていうか小さいはずだと思っている。んじゃなぜ世間にそうしたことばの流行り廃りがあると思っているのかといえば、たぶん「どういう言語感の人間にスポットを当てるか」だけが切り替わっていて、おれが「あー現在はあのへんの使い方が主流っぽい気がする」となんとなく認識しているだけなんじゃないかなということだ。

そうした切り口で「カタカナの時代」を見てみれば、これはたぶん言語の解釈について繊細(≒場合によって神経質)なひと(≒年代)に好まれるんじゃないかなあと思う。ことばは使えば使うほど消耗し消費されていくものだから、物心ついた時点で世間で流通している言語のほとんどすべてが手垢にまみれボロボロになっているように思えてならず、こんな言語で喋っていたらおれの言いたいことは正確に伝わらず意味が減衰されノイズが混じり、あやふやに消えていってしまうんではないか、みたいなかんじに思っちゃうひと。
こういう感覚を持ってしまうとカタカナは魅力なんじゃないかと思う。

カタカナは漢字のような表意語ではなく表音語であって、それ自体に意味を含まない。カタカナはひらがなより単純で、細かく組み合わせることができるかんじがする。カタカナは機械的なイメージがあり、それは清潔感につながる。既存の言語を解体し、カタカナによって再構成することで、言語を蘇らせ、それによって「誤解を生まず、より正確に、より清潔に」自分のいいたいことを伝える言語として使うことができるんじゃないかなという感覚。
「言葉」と書いたら、なんかそれだけで誤解を生みそうな気がする、「ことば」って書いてもなんか微妙にまだ分解が足りないかんじというか、ブロックのかたちにまだ従ってるかんじで、自分が本当に正確に伝えたいかたちになってない気がする、「コトバ」、これだ!まさにこれ!これなら完璧に自分を表現することができるに違いない!みたいな。

オレはオレのコトバでセカイをヒョウゲンしてみたいんですよ、と。

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あーいかん眠くなってきた、あー考えがまとまらないのにー。来年とかひまになったらもうちょっと考えてみよう、寝る。

9:31 2002/12/23

日々

買ってきたー。

かいもの

「PANZERDRAGOON ORTA」を買いに行ったらついでにLOTRの未公開シーン入りのボックスとクレヨンしんちゃんのオトナ帝国のDVDもかってしまった。
量販店の売り場の作りかたはさすがだなあ、術中にはまってしまう。

LOTRのは「THE LORD OF THE RINGSTM THE FELLOWSHIP OF THE RING - SPACIAL EXTENDED DVD EDITION」とかいうすげえ長い名前。劇場公開版+30分、特典映像7時間。7時間てよーそんなの見ねえよなーっていうかおれ通常版買ったのにまた限定版なんか買っちゃって。TWO TOWERSの直前くらいに見るか。
「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」は、買う予定のものをようやく消化。さっそく見た。感動した。ここでおれが感動するのは筋合いが違ってると思うんだけどもとにかくすごいアニメだ。あー、もー、おー。

13:30 2002/12/21

「THE ANIMATRIX」ポスター

なんか女のひとがむずかしそうな顔してゲームセンターあらし水魚のポーズを取ってるように見えるんですが、これはメリケンの連中にもすがやみつる先生の作品のよさがじわじわと浸透しはじめている前兆ですかね。

ほんと関係ないけどトラマガにももうちょっと盛り上がっていただけるとうれしいんですが。きびしいかなあ、ハイパードール連載されてるからあれが終わるまでは続いてほしいんですけど。ムー念平氏(さかさまに読むと「ペンネーム」になると自アンで知った)の同人誌じゃない漫画も読めるし。

21:22 2002/12/20

日々

取り急ぎメモ。

前者は短期的に、後者は中長期的に。

20:45 2002/12/20

日々

わりあい世間なみに師走気分を満喫しているかんじ。
世間ではXBOX「PANZERDRAGOON ORTA」の発売日だがおれの中での発売日は明日以降ということにしておく。ちくしょう。あとGCゼルダの年内の予定としては、最初の島から出ないでひたすら浜辺や山の上あたりでボーっとしておくことに決めた。
ストーリーなど先へすすめてやるものか。

というよりGC版をちゃんと遊ぶ前に一度おれのゼルダ妄想を整理しておきたい。

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書き忘れゼルダメモ。

よう作ってあるわほんま。
なんていうんだろ、ポリシーが明確。

なぜデフォルト名が設定されていないことで引っかかったのかというと、この仕様においては「リンク」という名前で遊ぶためにはプレイヤが自分で「リンク」と入力しなければならないという点。こういう仕様だと、(ほかのあらゆる)任意にプレイヤが設定する名前と「リンク」は同格に扱われているということになる。
なのでおれは「もしかして任天堂の公式見解として「ゼルダの伝説 風のタクト」の主人公の名前をリンクと特定しない」ことになってるのかと疑い、もしそうならマニュアルやパッケージでは主人公を指す際に「リンク」と特定することを避ける表現を使っているはずだと考えた。
実際にはそのようなことはなく、パッケージの裏やマニュアル本文に「リンク」という文字列を探すことができたので、GC版ゼルダの伝説の主人公の公称は通例どおり「リンク」であることがわかった。というだけのはなしなんだけど。

64版、SFC版、FC版ではこのへんの「リンク」という名前の扱いはどうだったんかいな。まったく記憶にないし現物も手元にないのでわからない。
GC版の扱いの場合、これをプレイする子供(それもマニュアルを読んだりするのを面倒くさがるような)は「主人公の公式の名前が「リンク」である」ことを知らないままこのゲームをクリアする可能性があるということで、これっていうのはなんとなくおれの中では結構でかい事件なのだ。
もちろん誰かとゼルダに関する情報を共有したい場合には結局なんのかんので主人公の名前を統一したほうがやりやすいから「リンク」という名をいずれ知ることにもなるかもしれないけど、「リンク、だけど、おれの中でのこいつの名前は○○」というふうな認識ではなく「○○、なんだけどみんなと話題にするときにはこいつをリンクと呼ぶ」という認識のうえにゼルダ体験がのっかっていく可能性、いままでおれが想定したことのなかった状況。興味深いことかもしれないので一応書き留めておく。

あんまし意味ないかもしれないけど。

23:33 2002/12/19

日々

冷凍マグロのようによく寝た。

9:27 2002/12/19

GAMECUBE / ゼルダの伝説 風のタクト / NINTENDO

GCゼルダを遊んでみてのメモ。

64版よりけっこう難しいらしいのでクリアするまで遊べるかどうかちょっと不安。
まあ大丈夫だろうけど、GC、これしか遊ぶソフトないし。

7:15 2002/12/18

GAMECUBE / ゼルダの伝説 風のタクト / NINTENDO

ギニャー、ゼルダのっけ買いしちまったー。

GC+ZELDA

GCは「F-ZERO GC」まで買う予定なかったのにっていうかゼルダはスルーする予定だったのに発売日にやってるの見てしまってうぎゃーまゆげナイスとかおばあちゃんイカスとかおもっちゃってでも週末越えたらまたスルー気分に戻れるだろうと思って実際そうなりつつあったのに今日Mさんが「さくらやは20:30まで開いてますから」とか言いつつそそくさと退社するのを横目に時計見たら20:00だったという按配。

とりあえず買ったはいいけど遊ぶひまがいつあるというのか。
今週はパンドラオルタも出るのに。

21:54 2002/12/17

pdfと昨日のロリとだめなおれ

まったく意味のある話ではないがGoogleで「あああ」とか「ぞぞぞ」とか「かかか」とか、なにげなく同じ文字の羅列で検索するとpdfのヒット率が高めになる法則があるような気がする。サーチロボットの、なんとなーくわかるようでもあり、よくわからなくもある仕組み。
そうやってネットにころがってるpdfファイルにはどんなのがあるんかいなとか(ほんと適当に)眺めてみるのもおもしろい。一応ファイル形式の特性上、めんどくさいひとはプリントアウトしてまとめて読んだり配ったりしてねという用途が主になるからその作成者は企業とか地方自治体とかなんとかほとんどが個人以外ということになるのかな。

ねらい目は、たとえばたかつき教育だより 平成14年(2002年)7月10日号とかここいらへん。Today'sロリShot、というわけではないが。半年前だし。
ガキ共がすこやかにがんばっとる様子などが泥臭いかんじでなごやかに紹介されとる記事とかを読むと活力になるね、あーちくしょう日本もまだまだ捨てたもんじゃあねえんだからいっちょおいらもまじめに税金払ってちっとはましな国になってもらわんと、みたいな。

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おれはだめだったがおまえらはがんばれみたいな。いやだめってことはないか、いやいやだめってことはないなんていうあまっちょろいきれいごとのみじめさは十分にわかっているんだからいまさら取り繕ったってしょうがねえしみたいな。というよりも現実のこの残酷さはまさに「だめってことはない」という解釈がそれなりのテンションで優れて正しく死ぬまで肯定的かつ徹底的なかたちで保留されてしまう点にあるともいえるわけだから、これっていうのはほんとにとても非常に実際にはシビアであり、おれにとってのリアルな問題でもあるんだけど。
つまるところあれだ、仏教的だ。さすがインド人の発想はいかしてる。ブッダっていうのはひとの生き様に関する約25世紀前に生まれて死んだスゲエハカーだったっていうことだ。こえられない。お釈迦さまの手のひらっていうのはひろいんだなと思う。

たとえ話とかで半死半生で薄く引き延ばされた人生なんていうけども「だめってことはない」の時点で長大にうすく引き伸ばされ始めているおれの人生を感じちゃうわけよね。ないよりゃもちろんあったほうがいいっていう理屈であまりにあっさりと正当化されてしまうかなしさと、そんなのは正しくて当然じゃあないかという十分に納得のいく理屈。

とかなんとか書き連ねてみると案外思春期っぽい文章なども、いまだに書けてしまうんだなあ。

6:24 2002/12/17

[別頁]TOKYOWALKER 021215

土曜の夜から日曜の朝まで。

6:14 2002/12/16