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02/11/04-15
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sucre

なんかメールで更新できる写真付日記のヤプースというサービスがあるという。
あー骨月伝吉朗氏が使ってたやつかとかひとり納得していたんだけども、たくさんある中で漠然と眺めてみた「しゃくれがメモライズ。」っていう日記を読んで軽く首の後ろにチョップをくらったような気分になった。
ごくあたりまえに世の中にあるおれと遠い感覚。

糞先生が実は女でそれをゲームセンターいがらしと足してえびで割ってコンソメ味にしたよーなかんじか。違うな。なんだそりゃ。なんかともかくそういえばおれは世間にはこういう感覚で暮らしを処理する脳がいっぱいあるということを知っていながら滅多に視野に入れることがなかった。珍しいものではない、んだけど。
彼女らの日々とインターネット、そういうものとほとんど同じ仕組みで動いているはずのおれの日々とインターネットはやっぱりなんだか随分違うっていうことがわかる。あたまではわかっちゃいるんだけどそれでもやっぱり同じアーキテクチャで動いてる人類と納得するのがむずかしい。インターネットの広さを、世間の広さの延長として実感する珍しい経験をした。言語差、民族差、性差、とかいうようなものではなく、そういうものも大事だけど、これはもっと身近なものだ。

考えるっていうか感じてるだろうおまえ、みたいな。時間の捉え方が一面でおれよりとても長く、またとても短いかんじ。不思議だ。
役者は実在して彼ら自身の鼓動と呼吸を持っているとわかってはいながらもフィルムに焼きこまれ1秒間を24個に切り分けられてスクリーンに投影され1/24秒ずつ変化する静止した世界上に存在する仮想のキャラクタとして改めて現出するさまを見るような気分。

おれの日記が漫画のようなものだとすれば、このひとのような感性の日記というものは、いうなれば動画なのだなと思った。瞬間瞬間それぞれは固着していても、それは連続的で、つなげてみればそれを切り取った感覚の血脈を感じることができる、ような、気がする。

なんか読んでて妙にすがすがしい気分になった。ありがとうってかんじだ。

22:32 2002/11/15

麻雀

昨日の夜から今日の朝までGさん宅で麻雀。

麻雀

2回やって負け。ぐはー。
んでおれが抜けてPさんが入って3回戦をやってたんだけど、仕事もあるしで早朝に結果を見ることなく退散。というかそろそろイニシャルでリストを管理するのが難しくなってきたような気もする。麻雀の記録だけじゃなくて日記全般そうなんだけど。
MとかSとかTとかGとか同じ頭文字のひとがかぶってるから混乱するわな。

name 1 2 result total
Gさん
+37 +7 +44 -51
Mさん -18 +28 +10 +10
おれ +13 -33 -20 +93
Iさん -32 -2 -34 -34
-
Kさん +53
N2さん +49
T +42
Hさん -28
Nさん -134

どっかにメモとっときたいんだけど、どうしたものか。別ページでつくっとくか。

21:42 2002/11/15

統合型メタサーチエンジンCeek.jp

Googleっぽいかんじで。
あーなるほどと思って使ってみるとなんか既視感のある操作系っていうかオプションだなあと思った。元multifindなんだろうか?単に、近いことやってて最適化していくとああいうかんじになっていくんだろうか。

-

それにつけてもGoogleの検索画面が妙に目になじむのはなぜだろう。
まあ青緑赤黄色の原色からちょっとはずしたあたりのたのしげな配色っていうのは王道なのだなってことか。ていうかガンダムに緑のイメージを足せばGoogleになるわけだよな。だからか。そういう意味ではたとえば、バーチャロンのテムジンのカラーリングをちょっといじってGoogle機に仕立て上げるのはけっこうお手軽なのかもしれない。

15:29 2002/11/13

黒猫の時間

池袋駅から歩いて10分くらいのところに死なない黒猫が居る。
彼、または彼女は空間的に存在しているが、その時間は凍っている。時間のうえに生きていない以上そこに生命のおわり、つまり死はなく、ゆえに不死の黒猫だといえる。
動くことはない。というより一日のほとんどを、彼、または彼女は猫としてではなく、ただスプレーで描かれたらくがきとして過ごす。

黒猫 黒猫

彼、または彼女が猫としてふるまう時間は主に夜(ごく稀に昼間も)、ひとがその通りに視線を投げる一瞬にある。とおりがかってふと目をやると、そこに黒猫が居るのだ。
一瞬後には彼、または彼女はまたらくがきに戻っており、おれは我にかえる。

ああいや、こないだ見かけたときにはこの猫は、尻尾を下ろしていなかっただろうか?10歩くらい歩いてみてふとそんなことを思い、しかし振り返らずにそのままとおり過ぎる。そして5分もたてば黒猫のことを忘れ、次にまたその一瞬に出くわすまで思い出すことがない。

-

おれがこれまでに見た街中のらくがきの中で、たぶんこれが一番出来のいいらくがきだと思う。黒一色で仕掛けも単純、工夫といってもとりたててない。一発芸みたいなものなんだけど。

この黒猫はたとえ消されても、ブロックごとこわされても、もうたぶん死なないと思う。
空間的な死をもって黒猫を殺すことはできない。黒猫を殺す手段は時間的な死によってしかなく、そして一瞬以外の時間を捨て去った彼、または彼女を殺すために要する時間は、それはもう「その黒猫を知っている人間全員の死」をもって量るしかないだろう。
黒猫の時間、その一瞬は、黒猫自身ではなく、おれやおれと同じように黒猫を見てしまった人間の側にこそ発生し、蓄積されていく。そういう生命としてこそ、彼、または彼女の生はある。

猫はかれら自身以外のなにも所有しない。
だから、すべてはかれらのものとも言えるんじゃないかと思うことがある。

2:01 2002/11/13

日々

夜も遅くに公園に立ち寄ると、なんか小学生の男子や女子などが5,6人たむろしており、なごやかに談笑したりしているのである。塾の帰りかねこいつらは。22時も余裕で回っているわけだけど、かれらの夜はまだまだ長い。

なにやってんのかねと思ってしばらく見てたら携帯電話取り出してメールアドレス交換などをやっていた。PC持ってるらしい女の子にメッセンジャのアドレス教えてるガキもいる。
男子女子のうち一組だけが知り合いで、かれらが間をとりもった、別々のクラス同士の初顔合わせらしく、軽くジョークも交えた自己紹介や、講師らしき身近な大人の品定めなど。要するにこれっていうのは彼らなりの合コンなのか。
おのれ21世紀。

1:05 2002/11/13

ケイブ、「ゲーセン横丁」で504iS専用フォトフレームサービス

ケイブのフォトフレームは素晴らしいと思う。
「よくぞここまで来たものだ」とかおれも言ってみたい。
まあ「私自らが出る!」でもいいのか。

3:25 2002/11/12

同人誌生活文化総合研究所 イベントレポート

11/4日付で、先日池袋で開催されたという「Heartful Communication」という同人誌即売会のレポートが載っており、これがなかなか興味深い。
大雑把な枠組みと、いくつかの繊細な調整と、そしてなにより膨大な仕事量によって組みあがっている即売会というイベントだけど、その中にもやはりいくつもの視点を置くことができて、それぞれの立場でのOKとNGがある。発言力、政治力、影響力、処理能力、諸々いろんな要素でそれぞれの立場権限に基づいた「理想の即売会」へのアプローチを行い、それら衝突や軋轢や折衝や妥協や協調の結果として、現実のひとつの即売会ができあがり、終了する。
イベント運営はおもしろい。
何回やってもなにかが違い、それによって展開が変わり、違った終わり方をする。次は今回やっちゃったあのヘマを繰り返さずにすむかもしれない、次は今回できなかったあれができるかもしれない。イベント運営オタはこうして出来上がる。

とかなんとかまあ、そうした妄想をふくらませてしまいがちに読める文書をこうして公開してくれているページがあるのはありがたい。

22:11 2002/11/11

i-mode用Google

そんなものがあるのだということに今日までまったく気がついていなかった。
i-modeなんぞは一生使う予定がないけど一応。

22:11 2002/11/11

未見:おジャ魔女どれみ「どれみと魔女をやめた魔女」

TVアニメ「おジャ魔女どれみドッカーン」の、「どれみと魔女をやめた魔女」という回がとても名作だったというので、見たいと思ったっていうか見たいのでビデオもってるひとを可及的速やかに探すことにする。おれは変態だから女の子が重要な選択を迫られるとかそういったお話が大好きなのだ。
わはは悩め悩め若人よ、てかんじか。少年の場合はやりようによってしまうが、少女の憂鬱なんてものは、そんなものはどこをどう描いたっておもしろいにきまってる。

魔女をやめたひとっていうのの声優が原田知世だったっていうし。尾道世代のおっさんオタたちの家庭でも、ご自慢のデジタル録画環境がフル回転していたのだろうか。

21:42 2002/11/11

「どどんぱち」と入力して怒首領蜂と変換されるところが何とも...

ATOKだと「どどんぱち」で「怒首領蜂」が一発変換だというので、へえーまじかよと思ってそういやCLIEはATOKはいってたなと試してみたら確かに変換される。んな単語いちいち登録しとるんかーと思って試しに「こんとら」と入れたらばっちり「魂斗羅」と変換しやがった。やるなジャストシステム。
ていうか、しかし、こんな辞書は自分で登録するのにとどめておきたい。
おれの楽しみを奪うかATOK。

0:16 2002/11/11

「AKIRA」DSR版

で、AKIRAみてきましたよ。テアトル池袋、劇場としてはけっこう小さいかんじ。

テアトル池袋 テアトル池袋

スクリーンもちいさめ。ただ、位置がけっこう低いので、前列で見ても首はあんまし疲れないんじゃないかなと思った。

テアトル池袋

金田ジャンも飾ってあった。売ってたのかもしれないけどよく見てない。
つーか全身金田コスプレのひととかも居た。おお金田金田。山形いないか山形。
まあ金田のひとりくらいは居るのかもなーと思ってたけど、館内にはケイのひとも居てちょっと驚き。女がコスプレするよーなアニメだったっけかAKIRAは。カウンタにはレーザー(バッテリーつき)も置いてあった。

-

はじめにDSR版のプロデューサーのひとが舞台挨拶。
DSR版ということでなにが変わったかとかツラツラ。位置的に前から8列目あたりがスウィートスポットじゃねーかなという話。おれの座った場所もそれなりにいい位置だったか。「今回編集意図として、お客さんを疲れさせようっていうものがあったので、いい位置で聴いちゃうと、かなりへとへとになるんじゃないですかね」とか言ってた。のぞむところだ。

つーか次は8列目のまんなかで見てみるか。
ソース自体が古いものを新しい技術でつなぎ直すのはやっぱたいへんな作業であるらしく、編集がときどきぶったぎりな気もしたけど(←べつに普通に見るぶんに気になるかんじはしない。また、Mさんは「台詞のタイミングとかがLD版とかとは微妙に違う気がする、デジタルになってからそのへんも全部つなぎなおしになってるんじゃないか」とか言ってた)、音自体にはかなり満足したので、あと1回は劇場で見ようと思った。

-

で、話。

さすがのAKIRAです。こいつぁ大作です。
無駄にでかすぎます。さすが若造のアニメです。健康優良不良少年です。パワーです。ベクトルはどうでもいいんです。しかし、芯はあります。感動した。

AKIRAは誰の映画であるのか、という捉え方によって随分見方を変えなきゃいかん気がするんだけども、とりあえずおれの目には金田が主人公に見える。いつだって金田だ。こいつがいなきゃはじまらないし、終わらない。

ありがちの腑抜けたアニメと違ってAKIRAの金田が主人公として見事であるのは、それは金田にはストーリーに絡む、外からの動機付けがなにひとつないことだ。こいつはほんとはべつにがんばらなくてよかった。鉄雄が事故った時点でAKIRAのストーリーと金田の接点は終わったのだ。それなのに金田はどこまでの関係ないところに首をつっこみ、強引にあるように流れていくストーリーに干渉し、それをしめくくる。それらをすべて自分で決めて、行った。なんておとこらしいやつだ。これぞまさしく健康優良不良少年なのだ。彼の意思のちからの健全っぷりは、これはもう半端ではない。
未来少年コナンのコナンなみに金田は、どこに出してもはずかしくないほど少年漫画の主人公しているのである。

本当は、金田はいつでもやめられたのだ。
ケイを追っかけなきゃよかった。ラボに潜入する理由はなかった。鉄雄を追いかけなくてよかった。バイクもどうでもよかった。しかし、彼はいつでも向こう見ずに突っ込む。自分の意思だ。いつでもやめられる、やめればいい、しかし、やめない。むしろ行く。火中に飛び込む。彼はやろうと思ったことをやる。それを行うための理由を探さない。ほかに支えを求めない。己、それで十分なのだ。運命的とか必然的とか主義主張とか、そういった要素は金田にはない。
そういうのは鉄雄にこそある。事故によって見出され、超能力にひきずられ、鉄雄はストーリーに流され逆らいあがく。彼のちからは大きくなったが、彼は最後まで金田の自由さを手に入れることがない。金田の自由さ、意思、その影で鉄雄はあがく。

金田のシンプルさにほかのすべての複雑さが集約していく。全然まとまってねえけどまとまった気にさせられる。納得とかはする必要がない。とにかくにも、こうやってひとつおはなしが終わってゆくのだ。
昇華っていうのはこうやるのだぜ小僧、と画面から叩きつけられるようだ。こうしたお話をしかし、こうおおっぴらにやれるというのは、若造の発想であるのに違いなく、だからこのAKIRAは、若い映画だと思う。88年の日本には、若いアニメを作れる連中が居たのだなあ。

23:17 2002/11/10

[別頁]AMLUX東京見物

土曜はAKIRAを見に行ったんだけど、ちょっとはやめに出てしまったので時間つぶしにアニメイト本店のAKIRAの世界展とか行って大して時間をつぶせなかったりして、というかアニメショップに足を踏み入れたのはじつに十数年ぶりであって(このおれが!)、もう完全に世代の違う婦女子どもがテニプリとかなんとか意味のわからないテクニカルタームで高速会話しているのを漠然と聞き流しつつ、ごく短時間の滞在だったのにも関らずガックリと疲労して、どっかでちょっとひと休みしてえなおじさんはもう疲れちゃったよという気分で横を見たら、そこにAMLUXがあったっていう、そういうわけなのだった。

16:00 2002/11/10

TECHNIC BEAT

Mさん家でテクニクビート。
きもちーけども星が6つも並ぶとわけがわからなくなる。覚えるべきことを完全に覚えてからがゲームのはじまりという点で、このテクニクビートは見方によって桃鉄と通じているとも言える。おぼえるまでの過程を十分楽しく演出できていれば、そういうゲームは負けない。

テクニクビート

さすがARIKAゲーだけあってゲームバランスに容赦がないのだ。
じつに単純で、単純ゆえにきびしい。なーんとなくごちゃごちゃ複雑にしてみて、それによって全般的にプレイヤを保護する、というような仕組みがない。ハードボイルドゲーミングってやつですか。

確かに容赦のある世界というのは文明的ということで、それはそれでいいことなんだけど、容赦がある世界でしか生きていけないようではゲーマとしてはまだ雛鳥以前の卵の中なのだ。それは「容赦ありの世界」と「容赦なしの世界」を選択する能力がないということで、そうなるとその選択は自動的で、自由選択ではなく、自分で選ばない進行に身を任せるのは、それはゲームプレイしてることにならない。
なんかARIKAゲーを遊んでいると、そこいらへんの自分の意識を試されている気分になる。

こういうのを自意識過剰っていうわけだが、オタは自意識過剰でちょうどいいのだ。

14:28 2002/11/10

「AKIRA」DSR版@テアトル池袋

本日、11/9(土)より12/6(金)まで毎日レイトショー。20:50開始。
とりあえず今日一回見てみて、環境がよければ二度三度見に行く予定。

12:40 2002/11/09

議会制弾幕回避機関 - Googleキャッシュ

あほなことを実行しつつ、それをこういうふうにわかりやすく説明してくれるひとが居るというのはうれしい。

なんか夢のあるweb日記コミュニケーションが行われているのである。いやむしろ逆なのか。かれらが語っているのが夢やまぼろしじゃなくてとても実質的なことなんだから。

-

STG関係ということでもうひとつ、「武者アレスタ」とか「蒼穹紅蓮隊」とか幾多のSTGを手がけている外山雄一氏のページの10/22付の日記がおもしろかった。

<ここから引用>
ゲームの中で人が何億人死のうがフィクションなので全然気にならないし、殺した人数を競わせるゲームデザインにも抵抗が無いのだが、その死に方や殺し方(の順番やタイミング)に点数をつけて競わせるゲームデザインがイヤなのだ。
<引用ここまで>
22:04 2002/11/08 採録

あー、なるほどってかんじだ。自分がどう考えるかとかそういうのは関係なく、こういう感覚のことをあたまに入れておくのはたぶん、わるいことじゃない。

22:15 2002/11/08

「本日のニュースはありません。」

突発の、予定にないことが起きてしまった場合の報道に関して雑考してみた。
当然ニュース番組には「予定されていたことが予定どおりに行われました」というような、タイムテーブルどおりの進行を伝えるっていう役割だってあるし、それ以外の役目もあれやこれやたくさんっていうのは、前提としてある。

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TVをつけたらニュース番組がはじまって「9時になりました、こんばんは、wwwニュースです。本日のニュースはありません。それではごきげんよう」とか言って速攻終了するニュース番組があったらおもしろかろう。…というような小説だったか、コラムだったか、単なる小咄だったか、そういったものはけっこう前に読んだか聞いたかした覚えがある。

もし実際にそうしたニュース番組があったとするなら、そのニュース番組の番組作りに対する姿勢(だけ)は信用に値すると思う。
キャスターに「ニュースがない」と言わせるということは視聴者に伝えるに値するニュースがその日起こらなかった、あるいは取材してもみつけられなかったということで、それは瑣末な出来事をフィルタリングして重要なことだけを選び出すという作業をきちんと行っていることの証明だからだ。そのニュースのキャスターが「今日はニュースがなかった」と言うんだから実際なかったんだろう、という一方的な(あくまで一方的な)信頼のうえに、視聴者は安心してTVを消してふとんに向かうことができる。自分のアンテナを他人(が作っているニュース)に委任しているなら、自己責任でそう判断するというのはとても自然だ。

ただ、実際のところそんな番組を実際に目にする機会は稀だ。
なにしろ予定ってものがある。番組表がある。時間に対してソースを放り込んできっちりかっちりまとめなきゃいけない。ニュース番組クルーの仕事は実際のところ「ニュースを伝える」ことではなくて「ニュースを伝える番組を作る」ことなんだから、与えられた枠内の時間をきっちりと使いきらなきゃ仕事をしたことにならない。
放送業界は時間の仕事だ。幾重にも保険をかけて、散々調整と確認を行い、あたりまえに、つつがなく、ときどきは奇跡のように、タイムテーブルが埋められていく。たとえば30分枠のニュースが12秒で終わってしまったので次の番組をはやめにどうぞと言われても予定や準備ってものがある。出演者のスケジュールが合わないかもしれないし、テストやリハーサルの予定も立たないし、視聴者側にしてみてもそんなことではビデオの予約だってできやしない。それならあいた時間は砂嵐でも流しておきますかなんていうことにでもなれば、それは放送事故以外のなにものでもない。
夜中なら癒し系映像、民放ならCM、それならまあ、いいのか。

とかなんとか理屈をこねくりまわしてはみるんだけど、そんなことは必要ないよという話もある。なにしろ世間は広い。すごいことやひどいこと、あほなことや信じられないこと、そしてなにより予定通りのあたりまえのことなどは、そりゃもう山ほどあふれかえっている。だからニュース番組を始めてみれば「本日のニュースはありません」なんてキャスターに言わせる機会なんてないんだと。
ほとんどすべてのニュース番組におけるニュースの選定っていうのはこういう理屈のうえになされているんじゃないだろうか。「ないか」と探すよりは「今日も山ほどあるけど、さてどれを何分、何秒使う?」というふうな。
…というのもしかし、やっぱり大義名分というか反論を抑止するための正論としてあらかじめ置かれている場合もあるように思う。先に書いた「時間を使い切らなきゃ仕事したことにならない」という職業意識を肯定するために(べつに悪弊でも構わないんじゃないかと思うんだけど)。大粒のニュースが見当たらないときには小粒のニュースも拾いにいくっていう感覚を、報道人として「なんかこれって結構けちくさいことやってんじゃない?」っていうように意識することがないように、保険として。
このへんいいように解釈するか穿って解釈するかでずいぶん変わってくるので、たぶんどれだけ書いても終わらないよな。心情的っていうものは、人間が人間に関して言及するっていうことだから、むずかしくて果てがない。というかまともな話をしたけりゃ心情なんていう曖昧なものは解釈すべきじゃないのか。

一応上のような考えかたを踏まえたうえでももちろんキャスターに「ニュースがない」と言わせることは可能ではある、つまり、報道するニュースの選定基準を極端に上げて、それをいかなる場合にも落とさなければいい、「一国が滅亡したとかそういうレベルのニュースでなければ報道しない」というふうに。そうすれば地球上で国がひとつも滅びず、またそれより大きな事件が起きなかった日には、その番組で報道すべきニュースはないだろう。

だけど仮にそういう条件設定をやっちゃったとしたら、それはそれで視聴者側が不満を持つんじゃないかなと思う。ほとんどのニュース番組を見ているひとにとって「ニュースを見る」っていうのは「その日起こった事件を知るため」だけじゃなくて「ニュース番組を一日だいたい決まった時間だけ眺める」という、自分の生活リズムを消化する行為にもなっているんじゃないかと思うからだ。
制作者は制作者で自分の都合によって時間ぶんのニュース番組をやるし、そうして作られたニュースを見ているひとの側もその時間を組み込んで自分自身の生活にリズムを作っている。この相関関係を崩すっていうのは「番組」ではなくてまさしく「ニュース」そのものが主役となるニュース番組ということであって、つまりは視聴者にとってのニュース番組が「事件」そのものと同義になるということだ。
たぶんそれは視聴者にとって歓迎したい状況じゃない。

ふつうのひとは安定した情報供給は歓迎するけど、事件性の大小や多寡によって生活のリズムを毎度狂わされたりするのは嫌うだろうと思うのだ。一日何分放送するのか決まってないニュース番組なんて安心して見てられない、どんな大事件も小事件も同じ姿勢で毎日眺めているからそれを受け容れるて受け流すだけの体勢を作れるのだ、というかんじで。
多くのひとは、事件そのものと向き合うなんていう面倒で疲れることなんかしたくないんじゃないだろうか、すくなくとも、毎日は。報道される事件は確かに珍しかったりシリアスだったりするんだけど、それはやっぱりモニタの向こうの出来事で、視聴者個々人はそれぞれに別の、もっと実際的にシリアスな問題を抱えている。
事件じゃなくて「ニュース番組」だから、それはカプセルとして視聴者自身の生活リズムに組み込めるから、毎日時間を割いても苦にならないけど、自分と関係のない「事件」そのものに毎日リソースを食われている気分では、もたないだろう。

最後に、んじゃ実際にありえる「ニュースがありません、おわります」とキャスターが言う状況っていうのはなにかというと、大事件は起こったときの特別番組。
たとえばニューヨークWTCに飛行機が突っ込んだりしてしまったりすると特派員だとかカメラマンだとかなんとかいろんなひとが取るものもとりあえず現場に飛んで必死に情報を集めて整理してある限りの情報を筋道立てて流そうとするんだけど、ときどきそれが途切れたときに「新しい情報はこちらのほうには入っておりません、スタジオにお返しします」と言って中継が終わるときがある。
そういうシーンに出くわしたとき、おれは「ああ、ひさしぶりにニュースを見るつもりでニュースを見てんだなあ」と自覚する。そういうふうなときにそう感じてしまうっていうのは普段の自分と対比してどうよとか思うけど、やっぱしそう感じてしまうのは確かだ。

-

蛇足だけど「もし仮に本当に、その日がはじまって終わるまで一切なんの事件も起こらなかったというのなら、その日のニュース番組はそのこと自体を世紀の大ニュースとしてこぞって報道するだろう」とかいうのも、これまたわりとありふれたはなしだ。

1:31 2002/11/08

あずまんが魔王

おれも高校の頃は夜中に黄金の蜂蜜酒を飲んで笛を吹いたものだ。

窓に!窓に!

22:58 2002/11/07

TV→ビデオ録画→音だけダビング→CD化→スピーカ出力→PEG-NX70Vで録音

仮面ライダーの必殺技叫んでる声とか予告編とかナレーションとかばかりを集めた自作の編集テープというものをおれは持っていたりするんだけども、今回それをPEG-NX70Vの録音実験のサンプルとして使ってみた。
実際に使用したのはそのテープをCD-R化したものであって、すでにデジタルになっている音をまた一旦スピーカから出してマイク(っていうかNX70V本体)近付けてwav録音とかいう、大元のソースから辿ると何回無駄な変換かけてるのかよくわからなくない状態。

で、こんなかんじのファイルができた。
無調整につき音量がかなりでかいので注意。

音声メモというだけあって、確かにマイク近くで喋ってればなに言ってるのか程度ならきっちり判別できるかんじ。やっぱしまともなクオリティで音が採りたければマイク持ち歩けっていうかんじですかね、これはデジカメも同じなんだけども。静止画も音声も音声付動画もとれるpalmOS機っていう意味でのフットワークにこそ真価がある。AirH"でネットにもつながるしなあ。持ってないけど。
とはいえやっぱおれの場合だと音声メモはいまひとつ使い道がないか。コミケとかに参加して「ただいまから、第n回コミックマーケットを開会いたします(パチパチパチパチパチパチパチ)」とかあのへんの放送をリアルタイム中継したりとかすればオタ的にモバイルで機能大活用野郎なのかもしれないけど、行かんのだし。

どう遊ぼう?

2:12 2002/11/07

palmで人間失格の確率

旧PCが壊れてから新PCが届くまでの一週間はほかにすることもないので延々CLIEをいじって遊んでいたんだけど、なにしろおれのやることなのでべつにその一週間でビシバシ使いこなしまくりで今日からおれもかっこよさげにモバイルライフを満喫さ!とかには全然ならないのだ。まあしかし生活のリズムに組み込んだりとかグラフィティで一通り入力をこなせるようになったりと一応の進歩はあった。

あとはあれか、太宰治「人間失格」とかを延々と読んだりしていた。
以下CLIE日記。

palmで読書っていうと、おれの周囲ではなぜか決まって太宰なんだよな。なぜだ。
せっかくpalm買ってみたからなんか読んでみるかと思ったときに、特に意識することなく「人間失格」を選んだ人間っていうのは結構多いんじゃないだろうか。
サブリミナル信号でも浴びてるのかおれたちは。というか、おれのまわりだけか。

1:34 2002/11/07

有限会社草薙

アニメ・ゲームなどの背景の仕事を手がけている会社。
アートギャラリーから参加作のサンプルが閲覧できる。
アニメとエロゲーの仕事ではよく聞いていたけどスクウェアのゲームにも参加していたのは(おれはスクウェアのゲームをあまり積極的に遊ぶことがないので)知らなかった。
FFVII以降ってことだろうか?イメージボード制作とかから入って、みたいな。どちらにせよ家庭用ゲームで作り手に表現力がないといいビジュアルが作れないとかなんとかそういう意識が出てきたのは32bit機以降だから、たぶんその時期からなんだろうなと思う。たぶん。

9:42 2002/11/06

SQUARE

国内でスクウェアのゲームを買うと裏面には「SQUARESOFT」と書いてある。「SQUARE」ではない。SQUARESOFTがブランド名で、SQUAREは会社名っていうことなんだろうか。ていうかグループ企業に草薙が入ってんだけど、草薙ってSQUAREの系列会社になってるのか?よくわからないことが多いので、ちょっと調べてみよう。

どうでもいいんだけどもSQUARESOFTのページはswfが表示できないと何も表示されなくなるのはどうかと思った。

9:56 2002/11/06

DER HERR DER RINGE DIE ZWEI TURME

「THE LORD OF THE RING」はドイツ語(?)ではこう書くらしい。

指輪物語 二つの塔

ツヴァイトゥルム、なのか。違うか。なんかまあそんなかんじ。
こう読んでみると、上に写ったアラゴルンの野性的な表情が、オスマントルコの大軍相手に今まさに絶望的な戦いを挑まんとしているワラキアあたりの貧乏騎士のそれにも見えてくるから不思議だ。いや不思議っていうわけではないか。ことばちがうし。

おれにとってはこの写真っていうのは結構な事件で、なにかっていうと、LOTRをドイツ語でやるっていうのは、これは島国イギリス生まれの物語であるところのLOTR(に対しておれが持っているイメージ)と大陸ヨーロッパの真ん中で散々切った張ったをやってきたドイツ周辺の文化圏(に対しておれが感じているディテール)の極小微量の脳内激突なわけなのだ。果たしてこの混じり合えるんだか合えないんだか判然としないふたつの要素の競演によって醸し出されるハーモニーはどうよ、みたいな。

トールキン氏描くところの、イギリス生まれのファンタジーである指輪物語が持っているイメージは、しかしおれには(ちょっと微妙なところもあるけど)基本的には大陸的に感じられていて、しかしやっぱり、大陸で生まれるファンタジーは指輪物語のようではないのだろうなとかも思うわけで、おれが指輪物語自身に対して感じているスケール感というのは、つまるところこれが「大きなファンタジー」だと思っているのか「小さなファンタジー」だと思っているのか、自分でもよくわからないのだ。
まあその、読みものとして大作であることは間違いないと思うけど、それと別の問題としておれはこのおはなしが抱えている視点の高さというか、地平線のひろさみたいなものがまだよくわかっていない。おれが島国の人間だから「大陸的」という自分自身が抱えている幻想を見極めることができないでいるのか、あるいは指輪物語のミドルアースは十分に「島国的」なスケール感で語りきってもよいものなのか。もしそうだったら逆に大陸で育った人間が指輪物語を見たときの感想ってのは、これまた興味深いものだな。

まあなんだ、その、よくわからん。うう。

23:08 2002/11/05

disable interrupt.

プロバイダを東京めたりっく通信からYahoo!BBに換えた高本伸一郎氏の新ページ。BGにひっそりパネポン絵が織り込まれていたりなどしてスピリッツは変わらずといったところなのか。
ジェノサイドサーキット2の完成予定はなくなってしまったようだけども、今日見てみたらJ-phone用のゲームなどが公開されていた。そういえばジェイフォンも今度ボーダフォンに統合されて、消える名前となってしまうなあ。あのへんの業界の無常さといったらない。おれの携帯端末の裏にもいまはなきデジタルツーカーのロゴなんかがしぶとく残っていたりする。関係ないけど「デジタルツーカー」っていう、そのネーミングはとても冴えてると思うんだけど、どうなんだ。

まあデジタルツーカーはおいといて、やる人間はどこでどうやっててもやることをやるのだなとか思う。できるだけうまく、なるべく好きにやれるようにやる、という戦略は生き方によって変わるけど、戦術まで場によって変えるひとはあまりいない。

-

そういえばマルチプラットフォームに活躍しているABA氏はいつのまにか「Noiz2sa」とかもリリースしており、これがまたずいぶんコンパクトにかっこよさげなのだ。なんだか目に付いたよしなしごととよしなしごとを適当に引っ張り込んでこねくりまわしてサクサク料理してポコポコならべてみせられる精力と技能っていうのか、こういったやりかたもまたひとつ正義のプログラマなのだろうなと思う。
こういうひとたちはネットワークをたのしくしているよな。

22:13 2002/11/05

[別頁]注意:寄生虫標本画像あり

11月3日、Tと一緒に目黒の寄生虫館に行ってきた。

23:17 2002/11/04

せっかく似た名前を取れたのだからと

あんまりやりすぎるとGoogle社から怖いひとが迫ってきたりするのだろうか。

17:14 2002/11/04

matakimika から doodle へ

移転してきました。
PCがぶっこわれて、ついでに入っていたパスワードとかなんとか一切合財なくしてしまったというのがその理由であり、非常にあほというか、まぬけというか、ようするにボンクラです。パスワードリマインダでどうにかなるだろうとおもってたんですが、前のアカウントを取ったときのメールアカウントが消滅しており、どうにもこうにもなりません。なのでもういっそ新しく取り直して仕切りなおします。
現在工事中です。

12:22 2002/11/04